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10/11

最終話 ずっと待っていた



和也との離婚が成立してから、3ヶ月が過ぎた。

季節は巡り、街路樹の緑が鮮やかな初夏を迎えている。


私の生活は劇的に変わった。


まず、仕事。あのプロジェクトの成功が評価され、私は正式に管理職へと昇進した。

給料も上がり、自分の裁量で働けるようになったことで、以前のような無理な残業も減った。


そして何より、家に帰った時の空気が違う。


散らかった部屋にイライラすることもない。誰かの機嫌を伺う必要もない。

自分でお気に入りの家具を買い直し、好きなアロマを焚き、丁寧に淹れた紅茶を飲む。


そんな当たり前の「平穏」が、これほど幸せだとは知らなかった。


「相原、今日の夜、空いてるか?」


金曜日の夕方。

仕事を片付けていると、堂島くんがデスクにやってきた。


この3ヶ月、彼は私の生活が落ち着くまで、友人としての距離感を保って見守ってくれていた。

仕事の相談に乗ってもらったり、たまにランチに行ったり。


心地よい距離感だったけれど、今日の彼は少し様子が違った。


「うん、空いてるけど。どうかした?」


「いい店を見つけたんだ。……仕事の話じゃなくて、プライベートで誘いたい」


その真剣な眼差しに、私の心臓がトクリと跳ねた。


「……うん。行きたい」


***


連れてこられたのは、都内の夜景が一望できる高層ビルのレストランだった。

普段の居酒屋とは違う、落ち着いた大人の空間。


窓の外には、宝石箱をひっくり返したような光の海が広がっている。


「すごい……こんな素敵な場所、初めて」


「気に入ってくれたなら良かった。今日は、美咲にちゃんと話したいことがあったから」


彼が私のことを「相原」ではなく「美咲」と呼んだことに気づき、私はグラスを持つ指を少し震わせた。


食事の間、私たちは高校時代の思い出話や、最近の仕事の話で盛り上がった。

和也といた時は、会話がこんなに楽しいと感じたことはなかった。


私の話を否定せず、楽しそうに聞いてくれる。

ただそれだけのことが、こんなにも心地いいなんて。


デザートが運ばれてきた頃、堂島くんは居住まいを正し、私を真っ直ぐに見つめた。


「美咲。離婚の手続きも終わって、生活も落ち着いた今だから、言わせてほしい」


「……うん」


「俺は、高校の時からずっと、美咲のことが好きだった」


予感はしていた。でも、実際に言葉にされると、胸がいっぱいになった。


「文化祭で必死に走り回る姿も、この半年間、理不尽な状況でも歯を食いしばって仕事をやり遂げた姿も、全部見てきた。……お前が結婚したと知った時は諦めようと思ったけど、再会して、傷ついているお前を見て、もう我慢できなかった」


彼はテーブル越しに、そっと私の手に自分の手を重ねた。


大きくて、温かい手。

私が一番辛かった時、支えてくれた手。


「俺は、お前を悲しませたりしない。お前の仕事を尊重するし、辛い時は半分背負う。……もう、同級生や同僚としてじゃなくて、パートナーとして隣にいたいんだ」


「堂島くん……慶介くん」


私は彼の名前を呼んだ。

涙が滲んで、夜景が揺れる。


「私で、いいの? バツイチだし、可愛げもないし……」


「バツイチがなんだ。それは美咲が困難を乗り越えた証だろ。俺は、今の強くて優しい美咲だから好きなんだよ」


その言葉が、私の心の最後の氷を溶かしてくれた。

もう、迷う理由なんてどこにもない。


私は彼の手を握り返し、精一杯の笑顔で答えた。


「私も……慶介くんが好き。ずっと支えてくれて、ありがとう。……これからは、私が慶介くんを幸せにするね」


「はは、そこは『幸せにして』じゃないのか?」


「ううん。二人で幸せになるの」


慶介くんは嬉しそうに目を細め、愛おしそうに私の手を引いて、指先に口づけた。


「ああ、そうだな。二人で、最高に幸せになろう」


窓の外の輝きよりも、目の前の彼の笑顔の方が、ずっと眩しかった。


遠回りをしたかもしれない。

酷い裏切りにも遭った。

けれど、その全てがあったからこそ、私は今、本当の愛に辿り着けたのだと思う。


私の貯金で私の身辺調査をした元夫は、今頃借金返済に追われて地獄を見ているかもしれない。

でも、そんなことはもうどうでもいい。


私の未来には、光しか見えないのだから。


(完)

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