9 このあとは……一時間後に首脳陣は集まるように!!
ミポルは楽しそうにもう二回、五人を高い高いしてあげた。地上に降ろされた五人はあちこちから体液を垂れ流していた。
……おかしいな~。あれって気持ちがいいのに。ミポルは絶対落っことすようなことはしないから、安心できるしね。
魂を飛ばしているような顔の五人を、騎士だけでなく召使いたちも囲んでいる。それを一瞥すると、ミポルは宰相に言った。
「さて宰相殿、いろいろ言いたいことがあるから、これから一時間後に研究棟に来てね。もちろんこいつらだけでなく、国の首脳陣を揃えてさ。……いや、待てよ~、それだと大人数は入らないか。場所は変更しようかな~。どっか適当な部屋を用意してよね」
「わ、わかりました」
宰相は青褪めた顔でコクコクと頷いた。
「ああ、そうそう、もちろん第一王子や王妃と側妃も呼んでおいてね~。こちらもスペシャルな対応をしてあげるからさ」
ミポルは無邪気に明るく楽しそうに言った。その言葉を聞いた宰相は顔色をもっと悪くしている。その様子を少し意地悪い表情で見つめていたミポルは、私のほうを向くとにこりと笑った。
「ごめんね~、カミーラ~。遅くなっちゃったから~、飛び越えて行っちゃおうね~」
「でも、いろいろまずくないのか、ミポル」
「ああ~、いいの、いいの~。もうさ、昨日で諸々のことは終わりなんだからさ~。さてっと、行くよ~」
私の体をふわりと浮かべると滑るように移動させる。私に負担がかからないようにと、空気の層で守ってくれているのだ。ふと耳に、遠ざかるけどミポルの声が聞こえてきた。
「もう一つ忘れてた~。一時間は研究棟に近づくのは禁止だからね~。破ったらどんなことになるか……ねえ」
ミポルは隣にいるから、どうやら声だけ彼らに届けたみたいだ。振り返って庭園を見ると、手が空いている人々は私が移動していくのを見上げていた。みんなポカンとした顔で見ている。……そういえば視界が広いなと思ったら、フードが外れているみたいだ。
◇-◇
ふわりと研究棟の入口に下ろされた。私は研究棟の扉に腕のブレスレットを触れさせた。情報を読み取り私だと認識した扉がひとりでに開く。この研究棟に入るためには登録された認識証を身に着けなければならない。
認識証は一定の形をしていない。私はブレスレットにしているが、他の人は指輪だったりイヤリングだったりネックレスや、他にはカフスやブローチにまで多岐にわたっている。あと、不思議なことにその持ち主以外の人物がそれを使って入ろうとしても、拒絶されるらしい。
なので、研究棟に用がある場合は、事前に申請して許可証を手に入れなければならない。王族や宰相は認識証を持っているけど、滅多に来ないから入るためにはいちいち問答をすることになる……らしい。いや、だってね、そんな場面に当たったことはないんだからさ、知らなくったっていいだろう。
私は研究棟の中に入ると、まずは自室に寄った。壊れた眼鏡たちと、出来立てのコンタクトレンズを持って部屋をでた。そして、友人が使っている部屋へと行った。
コンコン
「だれ?」
……あれ? 珍しい言い方だな。普段は『どちら様でしょうか』って、言うのに。
というか、何かあったのか?
「レニー、私よ」
「カミーラ? あっ、ごめん。すぐに開けるよ」
鍵が解除された音が聞こえたので、扉を開けながら挨拶をした。
「レニー、おはよう。朝早くからごめんね。ちょっとお願いがあって……って、どうしたのよ」
「カミーラこそ、どうしたの」
部屋に入った私は、レニーの姿に驚いた。普段はコンタクト姿の彼が眼鏡をかけていたのだ。レニーも私が眼鏡をかけていないことに驚いて、固まっていた。
「スラミー、レイニーは、どうしたの~」
ミポルの呑気な声にハッと我に返った。
「それがね~、昨日からレイニーのコンタクトの調子が~、悪くなってしまったのよ~。イヤーカフとの~、接続がおかしくなっているみたいで~、レイニーもずっと困っているのよ~」
スラミーと呼ばれた妖精が、ミポルの隣に飛んで訴えていた。
「へえ~、それは大変だね~。でもさ~、レイニー、君もだけど~、コンタクトだけでなく眼鏡も~、もう必要なくなるからね~」
ミポルの言葉に今朝からの……ううん、これで確信した。ここ数日に、どれだけ気を付けても眼鏡が壊れていったのは、やはりミポルが関わっていたのだろう。そうでなければ狙いすましたように、顔と遮光グラスの隙間を狙って電気なんて飛ばせないもの。
「ミポル! あなたは昨日から……ううん、この数日何をしてくれていたのよ。あなたが眼鏡を壊したから、認識阻害されなくなってしまって、アホやバカどもに追いかけるられたじゃない」
「えっ? カミーラ、それって……」
しばらくぶりの私の素顔に、ボーと見惚れていたレニーは、ハッとした後かけていた眼鏡を取り、ミポルのことを睨むように見つめた。
「ミポル、まさかとは思うけど、僕のコンタクトとイヤーカフがおかしくなったのも、君のせいかい」
事と次第によっては容赦はしないと、視線に力を込めているレニー。私も久しぶりに見たレニーの素顔に頬を赤く染めてポーッと見惚れてしまったのよ。