第3話 始まり
俺の告白をセラは受け入れてくれた。
こうして俺たちは恋人となり、その後、国王と神殿の許しを得て正式に婚約を結んだ。
もちろん、ネルフとロアリスにも報告した。
「はぁ…遅せぇんだよ」
「アンタたち、律儀に魔王討伐まで我慢しちゃって…見ているこっちがじれったくて仕方なかったわよ」
「そんなに分かりやすかったか?」
「分かりやすいなんてもんじゃねぇよ。気づいてなかったのはお前ら二人だけだ」
ネルフが呆れたように鼻を鳴らすと、ロアリスも大きく頷いた。
隣に立つセラへ視線を向けると、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「まあ何にせよ、良かったな」
「ええ。ここまで待たされたんだから、絶対に幸せになりなさいよ」
二人の言葉に、俺とセラは顔を見合わせた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
俺たちはそう答え、同時に笑った。
魔王との戦いを終え、愛する人と結ばれ、大切な仲間たちにも祝福される。ほんの数年前まで、こんな幸せが自分に訪れるなんて想像もしていなかった。
これからは、セラと共に穏やかな人生を歩んでいける。
この時の俺は、心の底からそう信じていた。
俺たちの結婚式は、国を挙げて盛大に執り行われた。
王都には世界中から多くの人々が集まり、伝説の再来だと俺たちを祝福してくれた。
この国に古くから伝わる物語では、かつて魔王を打ち倒した勇者とその旅を支えた聖女が、戦いの後に結ばれたとされている。
俺とセラもまた、勇者と聖女として共に魔王を倒し、夫婦となったのだ。
「つ、疲れた…」
「お疲れ様です、アイル」
「あぁ、セラもお疲れ」
結婚式を終えた俺たちは、王城に用意された客室で二人きりの時間を過ごしていた。
勇者と聖女の結婚式とあって、朝から魔王討伐の凱旋式にも負けないほど大規模な催しが続いた。式典に祝宴、貴族たちへの挨拶。ようやくすべてを終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「まさか、結婚式で魔王を倒すより疲れるとは思わなかったよ」
「さすがにそれは言いすぎではありませんか?」
セラはそう言いながらも、俺の隣に腰を下ろすと、疲れ切ったように小さく息を吐いた。
純白の衣装から着替え、普段の服に身を包んだ彼女は、式が終わった後も変わらず美しかった。
「でも、本当に夢みたいです」
「夢?」
「はい。旅をしていた頃は、こうしてアイルと結ばれる日が来るなんて、思ってもいませんでしたから」
セラは恥ずかしそうに笑うと、そっと俺の肩へ頭を預けた。
「俺もだよ。あの時、この世界に残ると決めてよかった。これからもずっと一緒だ」
「……はい」
腕を彼女の肩に回し、そっと抱き寄せる。しばらく、二人とも何も話さなかった。窓の外からは、まだ祝宴を楽しんでいる人々の声がかすかに聞こえてくる。だが、今はそんな賑やかさもどこか遠くに感じられた。
ただ、隣にセラがいる。
それだけで、俺は満たされていた。
「それで……アイル」
「うん?」
「そろそろ、休みませんか?」
セラは恥ずかしそうに目を伏せながら、そう告げた。
「あ、ああ。そうだな」
改めて意識すると、俺まで緊張してきてしまった。これまで三年間も一緒に旅をしてきたというのに、夫婦になった途端、何だか妙に照れくさい。
やがて俺たちは明かりを消し、同じベッドへ横になった。
互いに緊張していたせいか、すぐに眠ることはできず、初めは他愛のない話を続けていた。
旅の途中で起きた失敗や、ネルフとロアリスの反応、式典で聞こえた人々の歓声。
話しているうちに、いつの間にか緊張も薄れていった。
「これから、何をしましょうか」
「そうだな。まずは、しばらくゆっくりしたいな。それから、ネルフとロアリスにもたまには会いに行こう」
「はい。それから、平和になった世界を今度はゆっくり旅してみたいです」
「それもいいな」
もう戦う必要はない。
これからは、愛する人と穏やかに生きていける。
そんな未来を思い描きながら、俺はセラの手を握った。
「おやすみ、セラ」
「おやすみなさい、アイル」
セラのぬくもりを感じながら、俺は静かに目を閉じた。
しかしその日、俺はある夢を見た。
俺は辺り一面が真っ白の果てしない空間に立っていた。空も地面も境目がなく、ただ淡い光だけが満ちている。
「アイル…?」
「セラ?」
隣にはセラもいた。
どうしてセラまで俺の夢にいるのだろう。いや、夢だからいてもおかしくないのか。
そんなことを考えているうちに、次第に意識がはっきりしてくる。そして、この場所に見覚えがあることに気づいた。
ここは、三年前―――
「勇者アイル、聖女セラ。魔王討伐、おめでとうございます」
背後から、聞き覚えのある声が響いた。その声を聞き、俺は確信した。これはただの夢ではない。
俺とセラは振り返る。
「セレスティア様…」
俺はその名を口にする。
そこには、三年前と変わらない姿の女神セレスティアが立っていた。穏やかな笑みを浮かべ、俺たちを見つめている。
「セ、セレスティア様……?!」
隣にいたセラが、驚きの声を上げた。無理もない。セラにとってセレスティア様は、祈りを捧げてきた信仰の対象だ。その女神本人が目の前に現れたのだから、驚かないはずがないだろう。
セラは慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「お、お目にかかれて光栄です、セレスティア様」
「顔を上げてください、聖女セラ」
セレスティア様は、彼女を安心させるように優しく声をかけた。
「あなたの働きも、ずっと見守っていました。アイルと共に世界を救ってくれたこと、心より感謝しています」
「もったいないお言葉です……」
セラは、ひどく緊張しているようだった。普段はどんな相手にも落ち着いて接する彼女が、ここまで取り乱す姿は珍しい。
そんなセラを穏やかに見つめた後、セレスティア様は改めて俺たち二人へ向き直る。
「あなた方勇者パーティーのおかげで、この世界には再び平和が訪れました。本当によく、使命を果たしてくれましたね」
そこでセレスティア様は、先ほどまでとは少し違う、柔らかな笑みを浮かべた。
「そして、お二人とも。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
俺はそう答えてから、空気を少しでも和らげようと口を開いた。
「セレスティア様、俺をこの世界へ召喚してくださり、ありがとうございました。おかげで俺はセラと出会うことができました」
そう言ってセラの方を見る。セラも少しは落ち着いたようで俺と目が合うと、うれしそうに微笑んだ。
「ふふっ。そう思っていただけたのなら、私もうれしく思います」
セレスティア様も、心から安堵したように目を細める。
「召喚された勇者がこの世界で何を感じ、どのような道を歩むのか。それは、召喚した私にも分かりませんから」
確かに、召喚された当初の俺はこの世界に対して良い感情ばかり抱いていたわけではない。
突然見知らぬ世界へ連れてこられ、魔王と戦う使命を背負わされたのだ。俺がこの世界を憎み、帰還だけを望み続ける可能性もあったはずだ。
そんな可能性を考えていた俺だったが、セレスティア様は全てを見透かしたように柔らかな笑みを浮かべた。
「どうか、それほど警戒なさらないでください」
「……!」
無意識のうちに、俺はセラをかばうように半歩前へ出ていたらしい。
この場所へ呼び出された理由が分からない以上、相手が女神であっても完全に気を許すことはできなかった。俺がこの世界に残ることを認めず、地球へ強制的に帰還させるつもりなのではないか。そんな疑念が頭の片隅にあったことを、女神は見透かしていたらしい。
「召喚された勇者が元の世界へ帰るか、それともこちらの世界に残るか。それは本人の意思に委ねられています。私があなたの決断を否定することはありません」
その言葉を聞き、ひとまず胸をなで下ろした。
しかし、セレスティア様は続けてこう告げた。
「ですが、私があなたたちをここへ招いたのは、あるお願いをしなければならないからです」
「お願い、ですか…?」
思わず聞き返す。
セレスティア様からのお願い。それが一体どのようなものなのか、俺には想像もつかなかった。だが、なぜだろう。その言葉を聞いて、胸の奥に小さな不安が生まれた。隣にいるセラも、どこか緊張した面持ちでセレスティア様を見つめていた。
そんな俺たちを前にして、彼女の表情から先ほどまでの柔らかな笑みが消えた。
「はい。ですが、その前に知っていただかなければならないことがあります」
セレスティア様はわずかに目を伏せる。
「女神という存在と、私が担ってきた役目についてです」




