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帰還した勇者は、次なる勇者を送り出す ―すべては、女神のために―  作者: 名無しのしばけん
1章

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第2話 祝福

 魔王を倒した俺たちは、勇者パーティーとして王国で盛大に祝福された。

 豪華な馬車に乗って王都を巡るセレモニーが行われ、沿道には大勢の人々が集まっていた。歓声が上がり、花びらが舞い、あちこちから感謝の言葉が聞こえてくる。

 誰もが笑顔だった。これまで旅の中で見てきた、魔王や魔族の脅威に怯える人々の姿は、そこにはもうなかったのだ。


「私たちの目標も、これで果たせましたね」


 隣に座るセラが、晴れやかな笑顔でそう言った。


「…あぁ、そうだな」


 俺も、これまで頑張ってきた甲斐があったと心の底から思った。魔王の脅威は消え、人々はもう怯える必要もない。ようやく世界に平和が訪れたのだと、胸をなで下ろした。


 だが一方で、この旅が終わってしまうことに寂しさを感じていた。勇者パーティーとして過ごしたこの三年間は、俺にとってかけがえのないものだった。命を落としかけたことも、一歩間違えれば全滅していた戦いもあった。それでも、今になって思い返すと、不思議と浮かんでくるのは楽しかった記憶ばかりだった。


 野営の時に交わした他愛もない会話。ネルフとロアリスのくだらない言い争い。それを苦笑しながらなだめるセラの姿。


 そんな何気ない時間が、俺は好きだった。


 前方に座るネルフとロアリスもこの時ばかりは達成感に満ちた笑みを浮かべ、沿道の人々へ目を向けていた。普段は無愛想なネルフも、今日は珍しく機嫌がよさそうだ。ロアリスも、いつものように魔導書に夢中になることなく、人々の歓声に応えていた。

 そんな二人の表情を見ていると、俺はますます旅の終わりを実感し、胸の奥に言いようのない寂しさが広がっていった。




「勇者アイル、聖女セラ、戦士ネルフ、魔女ロアリスよ。よくぞ魔王を討伐し世界を救ってくれた」


 セレモニーが終わると王城で式典が行われた。

 玉座に座る国王の前に、俺たち四人が並んで立つ。


「そして勇者アイルよ。我々の都合でこの世界へ召喚したにもかかわらず、命を懸けて戦ってくれたこと、心より感謝する」


 そう言って国王は頭を深く下げた。これには周りにそろった国の重鎮も動揺していたし、俺たちも驚いた。俺が慌てて頭を上げるよう頼むと国王はゆっくりと顔を上げた。


「お主に最初に約束した通り、元の世界に帰還させよう」


 その言葉を聞いた瞬間、隣に立つ仲間たちが息を呑むのが分かった。俺は思わず、隣に立つセラへ視線を向ける。セラはいつもと変わらない穏やかな表情を浮かべていたが、どこか寂しそうで、その手は強く握られていた。


 俺は召喚された際、魔王を倒すまでは帰還の魔法を使用できないと説明されていた。だからこそ、いつかは魔王を倒して地球へ帰るのだと思っていた。

 実際、旅を始めた頃の俺は、元の世界に戻ることばかり考えていた。魔王を倒して日本に帰り、今度こそ自分の人生をやり直す。それが、俺の目標だった。

 だが、俺はこの三年間でかけがえのないものを手に入れた。

 この世界で築いた居場所。背中を預け合い、家族のように過ごしてきた仲間たち。それに、心から愛する女性。


 日本に帰れば、以前の生活を変えられるかもしれない。だが、その代わりに、ここで手に入れたすべてを失うことになる。


 そんな未来を、俺はもう望んでいなかった。

 気持ちは、とっくに決まっていたのだ。


「いえ、国王陛下。私はこの世界に残ります」




 式典が行われた日の夜、俺は王城に用意された豪華な客室で、ベッドに横たわっていた。

 俺の決断を聞いた国王は驚きながらも、喜んで受け入れてくれた。仲間たちも目を見開き、セラに至っては人目もはばからず涙を流していた。


 俺はこの世界で生きる。

 地球へ帰ったところで、俺は一人だ。高校を卒業したと同時に両親は俺の前から姿を消したし、友人と呼べる人も多くない。

 だが、今の俺には仲間がいる。

 ネルフがいて、ロアリスがいる。

 そして、セラがいる。

 この世界で過ごした三年間で、自分の帰る場所を見つけたのだ。


「セラ……」


 彼女の名前を口にすると、昼間に見た涙が脳裏によみがえる。俺はまだ、自分の気持ちを彼女に伝えていない。


 初めて出会った時から惹かれていた。共に旅をする中で、その気持ちは少しずつ大きくなっていった。だが、俺たちには魔王を倒すという使命があった。それに、いずれ元の世界へ帰ることになると思っていたからこそ、この気持ちを伝えることができなかった。下手に想いを伝えて、彼女を困らせたくなかったのだ。

 だが、もうその心配はない。魔王を倒し、平和が訪れ、俺の使命も終わった。そして、これからもこの世界にいられるのなら、彼女この想いを伝えよう。


 そんなことを考えていると、突然ドアがノックされた。


「アイル、起きていますか?」


 廊下から聞こえてきたのは聞き慣れたセラの声だった。まさかこのタイミングで彼女が訪ねてくるとは思っていなかったため、先ほどまで考えていたことも相まって胸の鼓動が一気に速くなる。


「お、起きてる。今、開けるよ」


 俺は慌ててベッドから起き上がり、わずかに乱れた服を整えてから扉へ向かった。




「「………」」


 部屋に招き入れたものの、俺とセラはしばらく向かい合って座ったまま、何も話せずにいた。いつもならもっと普通に会話ができるのだが、今日は妙に落ち着かない。セラも同じなのか、どこかそわそわしているように見えた。


 俺が何とか話題を見つけようとしていた時、彼女が先に口を開いた。


「あの…式典ではお見苦しいものをお見せしました」


 セラが恥ずかしそうに目を伏せる。

 初めは何のことを言っているのか分からなかったが、どうやら大勢の前で涙を流したことを気にしているらしい。


「あ、あぁ…気にしてないよ。むしろ黙っていて悪かった」

「そうです…アイルがあんなこと急に言うからびっくりしちゃいました。ネルフとロアリスもですよ」

「もし国王が認めてくれなかったらどうしようかと、そればかり考えていたんだ。みんなに話す余裕がなくてさ」

「それでも、一言くらい相談してくれてもよかったではありませんか」


 少し頬を膨らませながら、セラが俺を見る。


「それに、もし国王が反対しても私たちはアイルの味方をしますよ。いざとなれば、みんなで逃げることだって…」


 彼女が本気でそこまで考えてくれていたことが、俺はうれしかった。同時に、何も相談せずに一人で決めてしまったことが申し訳なくなる。


「アイルは、ずっと元の世界へ帰るために戦っているのだと思っていました。ですから、魔王を倒したら、もう会えなくなるのだと……」


 彼女の声が、少しだけ沈んだものに変わり、最後の方は消え入りそうな声だった。


「俺も、最初はそのつもりだったよ」

「では、どうして残ることを決めたのですか?」


 セラが澄んだ青い瞳でまっすぐに俺を見つめる。これまで何度も彼女と目を合わせてきたはずなのに、今はなぜか目を逸らしたくなってしまう。


 仲間がいるから。

 この世界が好きになったから。


 それも嘘ではない。

 だが、俺が今伝えるべきなのはこれではない。

 ずっと胸の奥にしまい込んできた気持ち。

 何度も伝えようとして、そのたびに飲み込んできた言葉。

 伝えなければ、一番の理由を。


「セラがいるからだ」

「……私、ですか?」

「この三年間、ずっと一緒に旅をしてきて、いつの間にか君のそばにいることが当たり前になっていた。二度と会えなくなるなんて、俺には耐えられない」


 一度言葉を切り、深く息を吸い込む。

 怖かった。

 もし、この気持ちが受け入れてもらえなかったら。

 これまでの関係が壊れてしまったら。

 そんな不安が頭をよぎる。

 だが、ここで逃げたくはなかった。

 俺はセラの目をまっすぐに見つめた。


「俺は、セラのことが好きだ」


 ようやく、言えた。

 ずっと伝えたかった言葉だった。


 セラは目を見開いたまま、動かなくなった。

 あまりにも反応がないので、急に不安が押し寄せてくる。


「その……迷惑だったなら――」


「違います!」


 俺の言葉を遮るように、セラが声を上げた。

 そして、また涙を浮かべながら彼女は笑った。


「私も、アイルのことが好きです」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた不安がすっと消えていった。

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