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第六章 闇の中の光

黒龍となった白龍。

その心には、まだ消えない悲しみと、わずかな光が残っていました。

蒼真には、その悲しみの声が聞こえています。

そして凛は、白龍を信じることを諦めません。

果たして、二人の想いは黒龍の心に届くのでしょうか。

闇の中に残された、小さな光。

その光が、白龍の運命を変え始めます。

夜になっても、雨は止まなかった。

白龍の里は、厚い雲に覆われていた。


川の水は濁り、田畑には水が流れ込んでいる。

人々は家の中に閉じこもり、不安そうに外を見つめていた。


誰もが、空を飛ぶ黒龍の姿を恐れていた。

「いつまで、この雨は続くんだ……」


「黒龍は、また来るんだろうか」

「俺たちは、どうなってしまうんだ……」

里には恐怖が広がっていた。


しかし、その恐怖の中で、蒼真だけは別のものを感じていた。

雨の音。

激しい雨の向こう側に、かすかな声が聞こえる。


――悲しい。

――苦しい。

――誰か……。

蒼真は目を閉じた。


「白龍さま……」

その声は、黒龍のものだった。

けれど、蒼真には分かっていた。

黒龍の奥には、まだ白龍がいる。


完全に闇に飲み込まれたわけではない。

「凛……」

蒼真は隣にいる凛を見た。

「白龍さまは、まだいる」

凛は静かに頷いた。


「私も、そう思う」

「でも、どうすればいいんだろう」

凛は崩れた祠を見つめた。

雨に濡れた瓦礫。


そこには、かつて白龍と人間を結んでいた場所の面影が残っていた。

「もう一度、祈ろう」

「祈るだけで……届くかな」

「届くよ」

凛は迷わなかった。


「白龍さまが私たちを信じてくれたように、今度は私たちが白龍さまを信じるの」

蒼真は、その言葉を聞いて静かに頷いた。

「うん」

二人は崩れた祠の前に座った。


そして、静かに手を合わせた。

「白龍さま……」

凛の声が雨の中に響く。

「私たちは、あなたを忘れていません」

蒼真も続けた。


「あなたが守ってくれたことを、僕は知っています」

二人は目を閉じた。

しばらくすると、蒼真の耳に雨の音とは違うものが聞こえ始めた。

――凛。

蒼真は目を開いた。


「今……」

凛を見る。

「何?」

「白龍さまの声がした」

「なんて?」

蒼真は静かに答えた。

「……凛って」

凛の目に涙が浮かんだ。


「まだ、私の名前を覚えていてくださるんだ」

その瞬間だった。

空の彼方で雷が鳴った。

ゴロゴロゴロ……。


黒い雲の中に、巨大な影が現れる。

黒龍だった。

赤い瞳が、山を見下ろしている。


凛は立ち上がった。

「白龍さま!」

黒龍がこちらを向く。

そして――。

『……来るな』

低い声が響いた。


蒼真の胸が締め付けられた。

「白龍さま!」

『私はもう、白龍ではない』

「違う!」

蒼真は叫んだ。


「あなたは白龍さまだ!」

黒龍の瞳が揺れる。

『……違う』

「違わない!」


蒼真は雨の中へ一歩踏み出した。

「僕には聞こえている!」

『何が……』

「あなたの悲しみが!」


黒龍が動きを止めた。

「怒っているんじゃない!」

蒼真は叫んだ。


「本当は……悲しいんでしょう!」

黒龍の身体が震えた。

『……黙れ』

「人間を憎んでいるんじゃない!」

『黙れ!』

黒龍が咆哮する。


強烈な風が吹き荒れた。

蒼真の身体が後ろへ飛ばされる。

「蒼真!」

凛が駆け寄った。


蒼真は地面に手をつきながら立ち上がる。

「大丈夫……」

凛は黒龍を見上げた。


「白龍さま」

黒龍は答えない。

「あなたが怒っていることも、悲しんでいることも、私には分かります」

凛の声は震えていた。


それでも、言葉を止めなかった。

「でも……」

凛は胸に手を当てた。

「あなたが優しかったことを、私は忘れません」

黒龍の赤い瞳が揺れる。


「あなたは、私たちを守ってくれました」

「雨を降らせてくれました」


「私たちが眠っている夜も、ずっと里を見守ってくれていました」

凛の涙が雨に混じる。


「だから私は……」

凛はまっすぐ黒龍を見た。


「あなたを悪い龍だとは思いません」

長い沈黙があった。

黒龍は何も言わなかった。


やがて――。

その赤い瞳の奥に、一瞬だけ青い光が宿った。

蒼真は息を呑んだ。


「凛……!」

「見えた?」

「うん!」

ほんの一瞬。

しかし確かに、そこには白龍の瞳があった。


黒龍は空へ舞い上がった。

「白龍さま!」

凛が叫ぶ。

黒龍は振り返らなかった。


ただ、空の彼方へ消えていった。

そして――。

雨が、少しずつ弱くなっていった。

_______________________

その夜。

黒龍は遠い山の上にいた。

誰もいない場所。


人間の声も聞こえない場所。

黒龍は一人、空を見つめていた。

『……なぜだ』

胸の奥が痛む。

怒りは消えない。


人間への憎しみも残っている。

それなのに。

凛の声だけが、頭から離れなかった。


――あなたが優しかったことを、私は忘れません。

黒龍は目を閉じた。

すると、遠い昔の記憶が蘇ってきた。

まだ自分が白龍だった頃。


里の子どもたちが笑っていた。

田畑に雨を降らせた日。

人々が祠の前で祈っていた日。


そして――。

凛が初めて祠へ来た日のこと。

『白龍さま、大好きです』

その声が聞こえた。

黒龍の胸が痛んだ。


『……凛』

思わず名前を口にした。

その瞬間。

黒い鱗の一部が、わずかに白く戻った。

黒龍は驚いた。

『……これは』


白い光が胸の奥から漏れ出している。

小さな光だった。

しかし、確かに存在していた。


黒龍はその光を見つめた。

『私は……まだ……』

言葉が続かなかった。


それは、希望だった。

完全な闇ではない。

完全な絶望でもない。

心の奥にはまだ――。

人間を信じたいという気持ちが残っていた。


___________________________

翌朝。

雨は止んでいた。

空には、薄い雲の切れ間から光が差していた。

凛は崩れた祠の前に立っていた。


蒼真も隣にいる。

「今日は、雨が聞こえない」

蒼真が言った。

凛は空を見上げた。


「きっと、白龍さまが少しだけ心を休めているんだよ」

「そうかな」

「うん」

凛は微笑んだ。

「だから、私たちも待とう」

「待つ?」

「白龍さまが、自分で光を見つけるまで」


蒼真は静かに頷いた。

そのとき、二人の前に一枚の白い鱗が落ちてきた。

凛が拾い上げる。

それは、白く輝いていた。


「……白龍さま」

蒼真はその鱗を見つめた。

そして、初めて確信した。

白龍はまだ、消えていない。


闇の中で、必死に光を守っている。

ならば――。

自分たちも、その光を守らなければならない。


二人は静かに空を見上げた。

雲の向こうから、朝の光が差し込んでいた。

それはまるで――。


白龍がもう一度、帰ってくることを知らせる光のようだった。

第六章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、黒龍となった白龍の心の中に、まだ「光」が残っていることが明らかになりました。

人は、深く傷ついたとき、怒りや憎しみに心を覆われてしまうことがあります。

けれど、その奥には、かつて誰かを愛した記憶や、信じたかった気持ちが残っているのかもしれません。

白龍の心に残った小さな光。

その光を、蒼真と凛は守ることができるのでしょうか。

次章では、白龍の過去と、人間との間にあった遠い記憶へと物語を進めていきます。

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