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第五章 黒龍

祠を失い、人間に裏切られた白龍。

その悲しみと怒りは、白龍の姿を黒龍へと変えてしまいました。

里を覆う激しい雨。

人々の恐怖。

そして、蒼真の絶望。

それでも凛は、白龍を諦めませんでした。

「白龍さまは、まだ心の中にいる」

二人は、白龍の心にもう一度光を届けようとします。

果たして、黒龍となった白龍を救うことはできるのでしょうか――。

祠が壊された翌朝。

白龍の里は、深い霧に包まれていた。


いつもなら、朝の山には鳥の声が響いている。

田畑では人々が仕事を始め、川のせせらぎが静かに聞こえてくる。


しかし、その日は違った。

空は黒く閉ざされ、太陽の光はどこにも見えない。


そして――。

雨が降っていた。

冷たい雨だった。

ぽつり。

ぽつり。

やがて、その雨は激しさを増していった。


「……この雨、変だ」

蒼真は家の窓から外を見つめていた。

雨の音が、耳ではなく心に響いてくる。

これまで聞いてきた雨の声とは違う。


悲しみ。

怒り。

絶望。

それらが混ざり合い、ひとつの大きな声になっていた。


「白龍さま……」

蒼真は呟いた。

すると――。

空の彼方から、巨大な影が現れた。


黒い雲を突き破り、ゆっくりと姿を現す。

黒く染まった鱗。

赤く燃える瞳。

闇のような鬣。

その姿を見た瞬間、蒼真は息を呑んだ。


「……白龍さま……?」

しかし、返事はなかった。

黒龍が空を覆う。


そして――。

大きな咆哮が、里全体を揺らした。

「グォォォォォ――!」

窓ガラスが震える。


人々が家から飛び出してくる。

「なんだ、あれは!」

「龍……?」


「黒い龍が空にいるぞ!」

人々は恐怖に震えた。

そのとき、黒龍が翼を広げた。


一瞬、空が完全な闇に包まれる。

そして、大地に雨が叩きつけられた。

激しい雨だった。


川は急激に水かさを増し、田畑は濁流に飲み込まれていく。

風が吹き荒れ、木々が大きく揺れた。


「逃げろ!」

「川から離れろ!」

里は混乱に包まれた。

蒼真は空を見上げた。


「白龍さま……!」

しかし、そこにいたのは、もう以前の白龍ではなかった。

_________________

祠の前では、凛が雨に打たれていた。

目の前には、崩れ落ちた祠の残骸がある。

凛はその場に膝をついた。


「白龍さま……」

雨が顔を濡らす。

涙なのか、雨なのか、自分でも分からない。


「どうして……」

そのとき――。

空から黒龍の声が響いた。

『……なぜだ』


凛は顔を上げた。

『なぜ……人間は、私を忘れた』

黒龍の声は、怒りに満ちていた。


凛は震えながら答えた。

「白龍さま……」

『私は長い年月、お前たちを守ってきた』

黒龍の赤い瞳が、里を見下ろしている。


『雨を降らせた』

『大地を潤した』

『災いを遠ざけた』

『お前たちの祈りに応え続けた』

その声には、深い悲しみがあった。


『それなのに……』

黒龍の声が震える。

『なぜ、私との約束を壊した』

凛は何も言えなかった。


祠は壊された。

それは事実だった。

人間の手によって。

「……ごめんなさい」

凛は頭を下げた。


「私には……謝ることしかできません」

黒龍の瞳が赤く輝く。

『謝罪などいらない』


凛は顔を上げた。

『私はもう……人間を信じない』

その言葉が、凛の胸に突き刺さった。


「……そんな……」

黒龍は空へ舞い上がった。

その瞬間――。

雷鳴が轟いた。


「ゴロゴロゴロ……!」

黒い雲の中を稲妻が走る。

里の人々は恐怖に震えた。


「白龍さまが怒っている……!」

「どうすればいいんだ!」

しかし、誰も答えを持っていなかった。

________________________________________

蒼真は雨の中を走っていた。

「白龍さま!」

山道を上る。


何度も足を滑らせながら、それでも進んだ。

ようやく祠の場所へたどり着く。

そこには凛がいた。

「凛!」

「蒼真……」

二人は雨の中で向き合った。


蒼真は空を見上げた。

黒龍が雲の中を飛んでいる。

「……僕たちが救わなきゃ」

凛が頷いた。


「うん」

「でも、どうやって……?」

蒼真の声が震える。

「僕には、白龍さまの声が聞こえる。でも……今は、あまりにも悲しくて……」

蒼真は耳を塞いだ。

雨の音が激しくなる。


『憎い……』

『悲しい……』

『許せない……』

それは白龍の声だった。


蒼真は膝から崩れ落ちた。

「白龍さま……」

涙が頬を伝う。

「あなたは……僕の声を聞いてくれたのに……」


蒼真は空を見上げた。

「どうして……」

答えはなかった。

ただ、黒龍の咆哮だけが山々に響いた。


蒼真は絶望した。

「僕……どうすれば……」

そのときだった。

凛が立ち上がった。


雨に濡れ、身体は震えている。

それでも、その瞳には強い光があった。

「蒼真」

「……凛?」

凛は黒龍を見上げた。


「白龍さまを救えるのは、私たちだよ」

「でも……」

「白龍さまは、私たちを信じていた」

凛は胸に手を当てた。


「だから、その心をもう一度思い出してもらうの」

蒼真は凛を見つめた。

「どうやって?」

凛は静かに答えた。


「祈るの」

「祈る……?」

「うん」

凛は崩れた祠の前に立った。

そして、両手を合わせた。

「白龍さま」

雨が降り続いている。


「私は、あなたを裏切りません」

黒龍が空から凛を見下ろした。

「私はあなたを信じています」

黒龍の赤い瞳が、わずかに揺れた。


凛は続けた。

「あなたが私たちを守ってくれたことを、私は忘れません」

蒼真も凛の隣に立った。

「僕も……忘れない」

黒龍の身体が、わずかに揺れた。


しかし――。

次の瞬間。

「グォォォォォ――!」

黒龍が咆哮(ほうこう)した。


強烈な風が吹き荒れ、二人の身体を押し戻す。

「凛!」

「大丈夫!」

凛は倒れなかった。

再び黒龍を見上げる。


「白龍さま!」

その声は雨に消えそうだった。

それでも凛は叫び続けた。

「戻ってきてください!」

黒龍の瞳が揺れる。


赤い光の奥に――。

ほんの一瞬。

青い光が見えた。

蒼真は息を呑んだ。

「……今……」

凛が振り返る。


「何?」

「白龍さまの心が……少しだけ見えた」

「本当?」

蒼真は頷いた。

「まだ……白龍さまは中にいる」

凛の目から涙がこぼれた。

「だったら……」

凛はもう一度、空を見上げた。


「私は、何度でも祈る」

黒龍は遠ざかっていく。

しかし、その赤い瞳には――。

ほんのわずかに、青い光が残っていた。


蒼真はそれを見つめながら思った。

白龍は、完全に闇に消えたわけではない。

その心の奥にはまだ――。

人間を信じたいという、小さな光が残っている。

そして二人は決意した。


必ず、白龍を取り戻す。

たとえ何度拒まれても。

たとえ、どれほど時間がかかっても。

白龍がもう一度、光を見つけるまで。

雨は、まだ降り続いていた。


けれどその雨の音の奥には――。

ほんの小さな、希望の音が混じり始めていた。

第五章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回、ついに白龍は黒龍へと姿を変えてしまいました。

しかし、この物語では「黒龍=悪」とは描いていません。

黒龍となった理由は、憎しみだけではありません。

人間を信じていたからこそ、裏切られた痛みが深かったのです。

蒼真には白龍の悲しみが聞こえています。

そして凛は、その心を救おうとしています。

次章では、黒龍の怒りと悲しみに向き合いながら、二人が白龍の心へさらに近づいていきます。

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