表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も悪くない話~あるいは病弱な妹を持つ優秀な姉の我儘かもしれない話~  作者: と。/橘叶和


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

後編

 そのあとは概ねテディの思惑通りとなったのだろう。私たちは交流を深めていった。テディの話は興味深く面白く、飽きなかった。しかしそこに、色恋なんてものはないのだ。テディは私が書いた土壌改良の魔法論文が欲しかっただけだった。帝国はとても栄えている大国だが、広すぎて荒れた土地も多く持っている。その土地を有効活用したいらしい。……ちょっと期待した私は、けれどそれでも悪くない。あんな近寄り方をされて、勘違いしないほうがおかしい。


 けれど私は初めて、肩ひじを張らずに会話ができる友人に恵まれた。頑張っていることが当たり前だった私に、テディは息抜きの仕方を教えてくれた。テディは皇子様であるのに陽気でいい意味でいい加減で気安い人で、いつの間にか名前を呼び捨て合うようにまでなってしまった。


 そんなある日には言われたのだ。そういえば、と。



「そういえば、だから君ってさ、何になりたいの?」

「急に何の話?」

「目標とかないの? 君って優秀なのにその優秀さを遊ばせてるだけだろう。気になるって」

「遊ばせてって、そんなつもりはないのだけれど」

「だって高位貴族夫人の座を狙っている訳でもなく、じゃあ、仕事で身を立てようとしているのかと思えばそうでもない。その割にいつも何かしら努力していて、頼られれば断らない。特に妹の世話なんて、君が産んだの? ってくらいに甲斐甲斐しい。なんでって、思うのは普通だよ」



 言われて、はっとした。それらは全て、私がこれまで褒められてきたことだった。けれど、テディはそれを評価しないのだ。そして、私自身もそれが評価されないことを、納得してしまった。自分の目標というものがなかったことに気がついたのだ。



「目標、そういえばないわ」

「変なの。なんでそれであんなに頑張ってたんだ? 家族愛?」

「……そうであったら、私はとてもいい人だったのでしょうけれど」



 そうだ、違う。私はただ、叱られたくなかっただけだ。「なんてことを言うの」と、また言われたくなかっただけ。家族は多分大切だけれど、叱られないのなら私はここまで頑張らなかった。妹が咳き込んで母に背中を擦られている度、どうしてあの子ばかりと何度思ったか。寝込んでしまう妹は可哀想だったけれど、何も私の誕生日に熱を出さなくたって、と心の中で八つ当たりしたこともある。



「私、結構な悪人だったみたい」



 ぽろぽろと全てを話してしまって、けれどとてもすっきりとした。テディはいつか帝国に帰るのだしいいだろうと、止まらなかった。きっと、懺悔というものをしたかったのだろう。そうすることでやっと私は、自分が偽善者だと認められた。これが大人になることか、と清々しい気分だった。けれど、テディはそんな私を笑うのだ。



「あっははは! 君が悪人なら、世界中の人の半分は極悪人で牢屋が溢れかえってしまうよ!」

「そんなに笑わなくても」

「君が悪い訳ないし、そう感じるのは普通のことだよ。逆に安心した。でもまあ、ほかの誰かが特別に悪いって訳ではないし、そんなに真面目に考えなくてもいいんじゃない?」

「……そうかしら」

「そうだよ。ちょっと捻くれてるってくらい? 普通のことさ。ただ、シャーロット。君は少し潔癖がすぎるね。頑張りすぎでもある。ちょっと肩の力抜いてさ、あの魔法論文の続き書いてみようよ。いい息抜きになるって」

「それが目的?」

「バレた?」

「ふふ、バレない筈がないでしょう!」



 そうやって笑いながら、学問の中では一番に魔法の研究が好きだったことを思い出した。勉強もお稽古も社交もそういったものは全部、健康な私が叱られない為にやる義務のようなものだったから忘れていたけれど、そういえばそうだった。


 その日から、私はテディに言われるがままに土壌改良の研究を再開した。砂漠の砂を固定させて植物を植える魔法、広く枯れた土地に肥料を効率的に混ぜる魔法、落ち葉を早く発酵させる魔法、などなど、途中で魔法薬作りにも手を出してしまったから、時間はいくらあっても足りなかった。けれど、テディも手伝ってくれたから本当に楽しい日々だった。


 ……テディからの呼び出しだったから、家で妹の面倒を見なくてよかった、というのも原因の一つだっただろう。そもそも、私が妹の世話をする必要なんて本当はなかったのだ。伯爵家にはたくさんの使用人がいて、母もいて、だから私がやっていたことなんてたかが知れている。それでグチグチと言うのは違うのだろう。けれど、ベッドから起き上がれない妹に「お姉さまとお話がしたい」と言われればどんな時でも断れなかったし、「手を握って」と強請られればそうしなければいけなかった。それがないのはとても新鮮で、不思議な気分だった。



「で、だからシャーロットにも帝国に来てほしくて」

「何が、で、ですの。人の婚約話をことごとく潰しておいて」

「ええ? それって本当に僕だけのせいかなあ?」



 テディは笑っていたが、笑い話ではない。皇子のお気に入り、という噂が流れて適齢期であるのに私にはお見合いの話すらこないのだ。さすがに両親は困っていたが、兄は苦笑して「いいんじゃない?」と呑気であった。


 しかし、両親も本気で動き出すことはなかった。「まあ、まだいいだろう」とよく言っていた。これは当初私もだったが、両親はテディが本気だとは思っていなかったのだ。暫くすれば国に帰るだろうと、私の婚約はそれからでもいいと。絶対にそれでは遅かったと思うのだが、やはり両親も悪くない。だって妹は生死をさまよっていた頃に比べて元気にはなったけれど、それでも一月に一度は寝込むのだ。可哀想な妹に注意が向くのは当然である。


 ただ、テディの言う通りでもあった。私がお見合いすら申し込まれないのは、妹の存在も大きかった。あんなに病弱な妹がいるのでは、私の産む子どももそうなるのではないか、と。妹が悪い話ではない。ましてや私も、妹を産んだ母も父も、誰も悪くない。でも、私にそういう懸念を抱いた人々だって、悪くはないのだ。



「……意地の悪い人」

「ごめんごめん。で、来てくれるよね」

「テディ、私はこの国の伯爵家の娘なの。この国で伯爵家の益になる結婚をして、子どもを産むのが使命よ。貴方の国に行ったら、それが叶わなくなる」

「子どもが欲しいなら帝国で産めばいいだろう」

「無茶言わないで」

「無茶じゃない。僕と結婚して、僕の子どもを産めばいい。別にこの国に拘る理由なんてないだろ。確実に伯爵家の益にはなるよ?」

「……」

「……そんな顔しないでよ。さすがに傷つく」



 どんな顔だったのかはあえて聞かなかった。テディに対して取り繕う必要などもうないと思っていたから、どうでもよかったのだ。けれど、ふむ、と考えて。



「いいかもしれませんね」

「だろ?」

「万が一、私の子どもが病弱でもテディなら治療費の心配はないですし、跡取り問題もそこまでではないでしょうし……」

「……それ込み込みで僕のアピールポイントではあるけど、それ本人の前で言う?」

「あら、嫌でした? ごめんなさい。この話、なかったことにします?」

「謝ってくれるなら気にしないし、この話は進めるよ」



 そう言って立ち上がったテディは私の手を取ると、その足で全ての手続きを済ませてしまった。第五とはいえ、帝国の皇子からの正式な要請である。断る隙など一つもなかった。たかだか伯爵家の意向が反映されることなどありえないのだ。


 両親はここに来てやっと慌てだしたけれど、その空気を悟ったサラが泣きだして熱を出したから、ああだこうだとしてる間に縁談は調った。家族でこの縁談を喜んでくれたのは王宮に出仕している兄だけだったが、親族の中には「くれぐれもよろしく」なんて帝国とのコネクションを欲しがるちゃっかり者もいておかしかった。


 そんなちょっとした混乱の中、テディは呑気に「一足先に帝国に戻って諸々整えておくから」と言って先に向こうに行っていたから、迎えに来てくれるとは思っていなかったのだ。


―――


 帝国の印がついた大きな馬車には、前にも後ろにもたくさんの騎士がついて随分と物々しい。使用人が乗る為の馬車も続いてすごい人数だ。けれど移動はとても快適で、伯爵家の馬車とは比べ物にならない程度の乗り心地をしていた。



「このクッション、ふわふわで気持ちがいいわ。これなら一週間の長旅も頑張れそう」

「え、違うよ、一ヶ月だよ?」

「え、何が?」

「あれ、言ってなかったっけ。このまま新婚旅行も兼ねて、帝国をできる限り一周します」

「……言ってないわ」

「えー、ごめんごめん。でも、シャーロットが楽しめるように予定組んだから!」

「ふふ、そこはあまり心配していないわ」

「あ、それと」

「なに?」



 急な旅行に浮足立っていると、ふに、と頬に何かが当たった。



「僕らって書面上はもう夫婦だからさ、こういうこともしていこうと思うけど、嫌だったら都度言って。その程度で怒ったり拗ねたりはしないから」

「……テディ、貴方って」

「うん」

「私にそういう気持ちがあったの?」

「……あのね、シャーロット。下心が一切ないならわざわざ夫婦って形に拘らなかったし、あんなに牽制もしなかったんだよ」

「えええ」

「はは、まったくもう、鈍いんだから」

「だって、そんな雰囲気なんて、一度もなかったから……」

「そりゃあまあ、途中で逃げられないようにね?」



 すぐ横で悪戯に微笑むテディに笑い返してから、私は、これから先の未来に思いを馳せた。想像していたものとは少し違うものになりそうだけれど、それはそれでとっても楽しそうだ。郷愁など、一切感じなかった。それどころか、出ていけることへの安心感が強かった。これで私は、妹を憎しまずに済んだのだと確信できたから。



「ふふ、じゃあ私も途中で放り出されないように研究を頑張らないとね」

「……何で、そうなるかな」

「え?」

「まあいいよ。よろしくね、シャーロット」

「ええ、こちらこそ」


読んでいただき、ありがとうございます。

よければブックマーク・評価・リアクションなどしていただけるととても嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ