佐山の執念
佐山は閉店し、後片付けが終わるとカギを締めて店を出た。
今日はカズトがシンジュクに行っている。
店に残っているものはいない。
カズトには帰るべき家はここしかないのでそのうち帰ってくるのだろうが、もう夜中の1時過ぎだ。
カズトには独りで出掛けて行くところがあるのだろうか?
酒も飲めないし、食事もしないのに。
それはないだろうから、この店に帰ってくるはずだ。
そんなことを考えながら、運転して自宅まで帰った。
佐山の帰宅は、いつも1時半ごろになる。
微妙な時間である。
妻は起きている時もあるし、寝ている時もある。
――今日は明かりが漏れている。
「ただいま」
「あら、お帰り。もう寝るけど」
和美は重たくなった眼まなこで夫の像を見る。
「今日辞令をもらった。店長に戻った」
「あら、おめでとう。当然よね。あなたガンバってたからね」
「あなたは付き合って結婚した時のあなたとは別人になったもの。
あの、いい加減でハッタリやで、お調子の良さでだけで生きてきたあなたはどこかに行った?」
眠そうであったはずの和美の脳が、とめどなく回転を始める。
「――酒飲んでタバコ吸って、時々暴力も振るっていたあなたはどこかに行った。不思議なものね。あの甲斐性無しのクズ人間であった時のあなたが懐かしい。
今のあなたはつまらない人間。
人間と言うよりロボットみたい。
……感情はない。意思もない。愛情も見えない」
「そんな風に言われたら、……オレはどうしたらいい」
そのまま佐山は服を脱いで風呂に入った。
感情は判断を鈍らせる。
それはすでに証明されている。
――佐山は、そう結論づけていた。
風呂から上がると、もう和美は寝ていた。
今日は店長に復帰した。
おめでたい日なのでビールを飲もう。
佐山は酒を止めたわけではない。
――居酒屋の店長だから。
ただ、ルールを守って節度を持って楽しいお酒を飲めるようになったのだ。
プルトップを引いて、ビールの炭酸を喉に流し込む。
爽快感が喉に広がる。
佐山は諦めたくなかった。
カズトが私心で働いているわけではないことは分かる。
カズトは超合理主義者だ。
店舗を繁盛させ、会社を繁栄させることがプログラミングされている。
それを実行するための施策を突き詰めていった結果が、
従業員のロボット化だということも想像できる。
怖ろしいことだ。
カズトは私心ではないとしても、従業員をみなロボットにした方が経営効率の上がると判断すれば、そうしてしまうだろう。
人間たちはそれでいいのか?
人間達の居場所がなくなってしまうのではないか。
佐山は成長したが、人間なので人間ファーストでモノを考える。
超合理主義でモノを考えるカズトとは違う。
人間がロボットに支配されてはいけない。
ただそれだけだ。
翌日、佐山は早起きをした。
埼京線に乗りシンジュク本社に向かう。
4階の庭山スーパーバイザーのところだ。
席にはいなかった。
――他のスーパーバイザーは、皆もうロボットになっている。
そのうちのひとり? ひとロボ? に聞くと、
「庭山さんは行き詰ったら、いつも甲州街道を見るよ」
と教えてくれた。
部屋を出て右に曲がる。
庭山は窓際に立っていた。
「庭山さん、このままではまずいのではないかと思ってここまで来ました。話をさせていただけますか」
佐山は庭山の顔を見る。
その青白さに愕然となった。
「庭山さん、体調が悪いのじゃないですか」
「そうだな。悪いが今日は話ができない。早引きをさせてもらう」
庭山はよろよろと自分のデスクの方に戻っていった。
精神的なものなのか?
庭山さんも病んでいるのか?
佐山は考えた。
自分だって悩んでいるのだから、庭山さんが病んでいてもおかしくない。
庭山は自分のデスクに辿り着くと、どっかりとイスに倒れ込み机に突っ伏した。
「庭山さん、かなり体調悪そうですね。今日はもう上がって下さい」
そう抑揚のない言葉で冷たく言い放ったのは、他のAIロボットスーパーバイザーだ。
「大丈夫です。一時的なものなのですぐ治ります」
庭山は他のスーパーバイザーロボに体調不良を悟られまいと強めの語調で言った。
庭山は佐山の方に向き直って、小声で本音を話した。
「私は休むわけにはいかないのだ。
休んだら、ほら、やっぱり人間はダメだと判断される。
『人間は体調が悪くなったり、気分が悪くなったりするから安定感がない』という彼らロボの論理に当てはまってしまう」
「そ、そうですよね」
佐山には、庭山の頑張っている気持ちがわかった。
――人間はダメだと思われたくないから。
人間は不調を理由にしてすぐサボる。
体調不良が理由なら仕方ないでしょという論理がまかり通る。
ロボットはメンテナンスを怠らなければ簡単には壊れない。
体調不良という概念がない。
庭山は恐怖を感じていた。
5人いた新世紀事業部のスーパーバイザーも、人間で残っているのは私と、
もうひとりだけだ。
このままでは、会社の社員がみなロボットになってしまう。
佐山は思った。
……庭山さんは病んでしまっている。
人間の弱さを露呈してしまっている。
――仕方ない。
佐山は5階の水上部長席に向かった。
スタイルイーツ社長の辞令が発令されるのは来月1日からだ。
まだここにいるはずだ。
「水上部長、すみませんお忙しいところ恐れ入ります」
「どうした?佐山君じゃないか」
水上部長はぼんやりしていたのか?
意外な人物の訪問を受けて瞳孔の開いた目を見張った。
「水上部長、恐れ入ります。
今後カズトさんがうちの事業部長になるにあたって、
水上さんに相談しておきたい危惧があります」
佐山は単刀直入に切り出すつもりだ。
水上部長はソファーから立ち上がり、
部屋の端の観葉植物の葉をしだき始めた。
「佐山くん、私はもう居酒屋”新世紀”事業部とは関わり合いが無くなる人間だよ」
「カズトさんが従業員のロボット化を徐々に進めているとは思いませんか?」
佐山はキッパリと切り出した。
「悪いが話を聞いても、私に居酒屋”新世紀”事業部を動かす力はない。
役目でもない」
水上は佐山に背を向ける。
観葉植物の葉を手に取ったまま、小さな霧吹きを吹きかける。
「子会社の社長であり、スタイルイーツの取締役じゃないですか。
これは今後の経営戦略に関わる重要な話だと私は思っていますよ」
「……」
水上はしばらく無言で立ちつくす。
――窓際から甲州街道を眺める。
「佐山さん、悪いんだがそれぞれの役割というものがあるのだよ。
私がしゃしゃり出ることでいい結果が生まれるとは思えない」
「――かつてあなたは、居酒屋”新世紀”事業部の統括隊長であり営業部の『軍神』でしたよね」
佐山は語気を強めた。
「――申し訳ないが、私はもう関わることではない。
そこは社長か専務に判断してもらってくれ」
水上は甲州街道を見下ろしたままだ。
佐山と目を合わせようとすらしない。
「分かりました。失礼します」
佐山は諦めた。
もう水上も骨なしだ。
あんな人ではなかった。
以前は会社の未来について、いつも熱く語っていた。
居酒屋”新世紀”事業部から外されたから当然だが。
佐山の知っている水上事業本部長は、当然で収まる人ではなかった。
背中がすすけてる。
ずっと観葉植物を見ていて、私の顔すら見ようとしない。
――そんなヒトに熱弁ふるっても仕方ない。
佐山はうなだれた。
人間たちはロボットに会社を支配されようとしているのに、
抵抗する気力もない。
ロボットは休憩しない。
休日もいらない。
ミスをしない。
愚痴らない。
悪口を言わない。
サボらない。
手抜きをしない。
大飯を食らわない。
酒を飲み絡まない。
タバコを吸い副流煙をまき散らさない。
――およそ人間にはマネができない。
それに気付いてしまったから、敗北を認めてあきらめるしかないのか?
……庭山さんも水上さんも、あきらめた敗北者の姿だ。




