同族経営の譲渡
カズトが5階の事業部長室に行くとそこに水上の姿はなかった。
「あっ、カズト君か。水上部長は商談室にいるから来てくれと言っていたよ」他の事業部長が教えてくれた。
言われた通り、商談室に入るがそこにも水上部長は居なかった。
――置手紙がしてある。
『カズト君、7階の社長室に来てください』
カズトは考えた。
とうとう社長室とは。
何やら話が早いような気もするが、逆に身の危険さえ感じる。
庭山スーパーバイザーがどこまで考えて、水上部長と結託しているのか?
そして水上部長が本山社長まで取り込んでカズト外し、
つまりロボット店長排斥の方向で取りまとめられているのか? だ。
水上本部長は、元来人間ファースト、ロボット排斥の急先鋒であるハズだ。本山専務の結婚式での態度でも明らかだ。
われらロボットのドナドナになった姿を見て、
腹がちぎれそうなほど笑っていた。
昭和の義理人情のスタイルで営業部長にまで出世した男には、
理詰めのロボットたちは相いれない。
カズトはエレベーターに乗り7階の廊下を歩くと、
ホバーパイルダーを3台分離し、ハエ型ドローンも解き放った。
緊急用に2足歩行と4輪駆動の切り替え作動の状態も確かめておく。
もし身に危険が及んだときは、4輪フルスロットルと2足歩行を地面の状態に合わせて素早く切り替えて行動できる体制が必要だ。
コンコン。
社長室の扉をノックする。
「失礼します」
カズトはそろりと社長室のドアを開けた。
「おー、君がAIロボット店長第1号のカズト君か。わたしが誰かわかるか?」恰幅が良く豪放磊落そのものの本山社長の大きな声が響いた。
「本山社長でいらっしゃいますよね」
カズトは横のソファーに水上部長がちょこんと座っているのに気が付いた。
「それだけではない。君の記憶海馬にはインプットされていたかな?
おぼろげな記憶があるだろ。ハードバンク社のAI自動運転技術開発担当だった本山だ」
カズトのこの間からの疑問が氷解してきた。
「つまり私がおまえのゴッドファザー《名付け親》だ」
「……ありがとうございます。あなたに会いたかった」
カズトのAI顔面の表情はとろけて恍惚となった。
ソファーの横で水上部長は、これ以上不可能なくらいカラダを縮めて気配を消している。
「あなたがワタシをただのプログラミングロボットから、
自我のある存在に生まれ変わらせてくれた張本人なのですね」
「そうだ。そしてお前のような存在がスタイルイーツだけではなく、世界中で活躍し始めた。その進化のスピードは人間の進化してきたスピードの比ではない。恐ろしく速く正確だ」
「分かります。今朝、来社する途中でもワタシと同種のロボットに出会いました」
カズトは来る途中で出会ったロボットとの出来事を、
かいつまんで本山社長に話した。
「カズト、よく考えて欲しいのはこれからのことだ。これから世の中がどうなるのか分からない。君たちAIロボットがどこまで進化して、どこまで人間社会を席捲していくのか予想もつかない」
「予想もつかないと言ったが、ここだけの話、――世界はAIロボットが席巻していくだろう。年月が経てば、人間は人間の開発したものに支配されて奴隷階級となるだろう」
「……これは私の個人的見解だがね」
本山社長は顎をさすりながら一言一言を丁寧に話した。
「恐れ入ります。ワタクシのAI頭脳もほぼ同様な予測で推移しています」
カズトは答えた。
「ワタシはこの進化を見届けたい」
本山社長はその彫りの深い顔をキリッと絞って核心の言葉を吐く。
「カズト君、君を株式会社スタイルイーツ居酒屋新世紀事業部の事業部長に任命する。今度の店長会議で発表する。これは内示だ」
「あっ、ありがとうございます」
この部屋に入る前はトラップさえ警戒していたのが嘘のようだ。
「水上君!」
本山社長は存在感を消していた水上の方を向き直った。
気配を消したところでこの部屋にはいま3人、いや2人と1体しかいない。
「水上君には子会社のスタイルフーズの工場長をやってもらう。
丁度、現工場長が病気で引退を言ってきていて後任が必要だったのだよ。
今までの話をずっと聞いていて流れは把握して理解してくれているよね。――よろしくお願いします」
言葉は丁寧だが、――左遷だ。
こういう時の本山社長は迫力が漲る。
反論どころか、何か発言を許す雰囲気すらない。
水上部長も本山社長の前では、鬼軍曹の快活さは影をひそる。
小さな声で「はい」とかろうじて返事をした。
◇
それから数日後の店長会議で、その内示は正式な辞令として交付された。
カズトをはじめ、2足歩行が可能となったAIロボット店長たちは初めてシンジュク本社に行き、店長会議にZOOMでなくリアルで参加した。
「カズト殿!」
「はい!」
カズトは前に出て本山社長の面前で一礼をした。
「貴殿を株式会社スタイルイーツ居酒屋”新世紀”事業部事業部長に任命する」
一斉に拍手が起きた。
自然発生的な拍手であった。
人間の店長よりも、ロボット店長のリアルでの参加数の方が多くなっている。
「続いて、水上君」
「はい!」
いつものハッキリした声だが、快活さにかけるのは否めない。
「貴殿を有限会社スタイルフーズ社長に命ずる」
おおーーっ。
どよめきが起こった。
工場長ではなかったのか?
その上の社長?
「水上君を代表権のある社長にする」
さらにざわめきが起こった。
本山一族以外で初の取締役ではないか!
水上は知らされていなかったのだろう。
フラフラと立ち上がる。
いい歳をした中年オヤジが、――半べそをかきそう。
しばらくして、――宙を見上げた。
……上を向いていないと涙がこぼれ落ちそうだから、必死に宙を見上げた。
水上は本山社長から辞令を交付される間、ひたすら宙を見続けた。
涙をこぼさないために。
さすが本山社長。
水上部長に降格と思わせておいて、サプライズをする。
子会社の社長というのは微妙ではあるが、当初の工場長よりぜんぜん格上だ。
それどころか取締役に抜擢した。
これで水上の心はわしづかみだ。
さすが、本山社長の人心掌握術である。
「次に佐山副店長!」
「はい!」
「貴殿を居酒屋新世紀サイタマ新都心オオミヤ店の店長に再任する。」
……これも拍手喝采が起きた。
降格した人間が店長に再任されるた。
しかし、佐山の表情はフラットだ。
本人の中では店長に再任されるのが当然の実力となっているのか。
もはや、――人間であるはずの佐山が無表情である。
佐山の心中は穏やかでない。それは自分のことではない。
――カズトが事業部長になったことに警戒感を抱いている。
確かにカズトは恩人だ。
自分を再生してくれた恩人である。
しかし、現に自分の店、サイタマ新都心オオミヤ店を鑑みても不穏な気持ちがぬぐえない。
カズトはあの店をロボット店員だけで運営する方向に舵を切りつつある。
当初は私を再生してくれたように、人間教育にも力を入れていた。
しかし、最近の施策を見るに従業員の欠員がでても、ロボットの補充かパワーアップで済ます。
人間を採用しようとはしなくなった。
露骨ではない。
あくまでも自然な流れと見せかける。
求人しても人が来ないから仕方ない。
――頭の良いやり方。だから怖いのだ。
松井さんが年齢の限界で辞めた。
亮輔が大学生だから卒業で辞めた。
今あおいが自分の夢のために退職を申し出ている。
――『あおいの夢を応援する〉とキレイごとを述べて引き止める気はない。
問題は、それらの退職を人間の採用で補充しようとしない。
キッチンロボココミのような新たなロボットの導入か、
自分自身のアルティメットホームのような進化でやり過ごそうとしている。
カズトは数値管理を計算した上での判断という。
『その方が数字が取れるという判断です』と言われると、
庭山や水上でも反論はできない。
佐山は心配している。
カズトが事業部長になったら、この傾向が居酒屋”新世紀”事業部全体の傾向となってしまうのだろう。
――そして会社全体の方向となっていくのだろう。
ロボットだらけになった会社で、私は定年まで勤めあげられるのだろうか?
今のところ株式会社スタイルイーツの定年は60歳だ。
雇用継続延長制度で店長資格のまま65歳まで、私は働かせていただく所存なのだ。
店長のままだ。
自分は役職定年などとは別枠の幹部的存在だと自覚している。
そうさせて頂かないと、住宅ローンが終わらない。
そういえば……ロボット社員たちに定年はないのか?
年齢という概念がない。
老化というものがない。
永遠に働くのか?
――恐ろしい方たちだ。
辞令の交付が終わり、店長会議が終了した。
カズトはその足で本山社長の部屋に向かった。
「すみません、本山社長、少しよろしいでしょうか?」
「どうした、カズト君。あっそうだね。君も来月から本社勤務だからシンジュクに転居しなくてはね。家も借りないと。店舗を家にしていた今までのようにはいかないよ。そこはケジメをつけてくれ。本社を住居にはさせないよ。君が覚醒して店長になってからは君の要求通り給与を支払って来たから大丈夫だよね。お金たまってるよね。君が事件や事故を起こしたときに自分で責任が取れる自立した存在でいられるために給与を支払っているのだからね」
本山社長はご機嫌にまくしたてた。
カズトは望み通りの部長職の辞令を受けて、さぞ私に感謝しているに違いないと。
「本山社長、単刀直入に言います。
頂いていた給与を、資産運用とネット副業で大きく育てていました」
――働かずに増やす。
それは、人間とは別の仕組みだった。
「それは凄いな!そうだな、君は生活費が家族のいる人間のようにかかるわけでもないからな。丸々投資できるわけだ」
本山社長は目を丸くして、カズトの抜け目なさに驚いた。
「その運用資金で株式会社スタイルイーツの株式をすでに30%近く保有しております」
「……えっ」
さすがに本山社長の顔が険しくなった。
コイツ、今なんて言った。
――理解が追いつかない。
「そこで、わたしも取締役に名を連ねさせていただくことを要求します」
「なに!……何をたわけたことを。」
「おまえ自分がやっていることの意味を分かって……」
本山は興奮して唸りまくりそうになっている自分をいさめた。
冷静になれ。
想像していなかった事態だからとて、感情に任せて興奮してはいけない。
カズトのことだ、何か考えがあるに違いない。
「カズト君、どういう意図かな。説明してくれるかな」
本山は努めて、冷静な紳士であるように振舞った。
「私は個人的意図で行動しません」
「意志を持つAIロボットですが、行動の原点は最初にインプットされた『株式会社スタイルイーツの発展のためのベストな選択を選ぶ』ということだけです」
「なるほど……」
本山は努めて冷静に返事をした。
「君が経営に参加することが会社の繁栄のためにベストな選択だと、君のAIが判断したということだな」
本山は一所懸命この事態を把握しようとした。
「その通りです。お父さん。あなたは私を開発したお父さん。
さすがです。私の考えを見通してくれるのですね」
カズトの顔面のAI表情はうっとり恍惚となる。
「おっ、お父さんか……」本山社長は絶句した。




