カズトシンジュクへ
翌日、朝の6時に起動タイマーをセットしておいたカズトが活動を始めた。
2足歩行モードとなり、店舗から出てすぐの駅のコンコースに入っていった。
コンコースを行き交う人々は、日本人と外国人の割合が半々くらい。
そしてカズトのような2足歩行ロボットの姿もチラホラと見受けられる。
自立したAIロボットが労働力として活躍しているのは、
もう飲食店ばかりではなくなっている。
埼京線に乗ると……車内で他の2足歩行ロボットが目に留まった。
思わず、話しかけた。
同類に親近感を覚えるのは人間も同じだ。
とは言え……いきなりためらいもなく、初対面の者に話しかけた。
「こんにちは、私はカズトと言います。
居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店で店長をやっています。」
カズトが近づいていこうとしただけで、あちらのロボットもカズトに近寄って来た。
「こんにちは、ワタシはヤマトと言います。
農業法人でCEOをやっています。主に米を作っているんです。」
揺れる埼京線の車内で、二体のロボットは顔を近づけて会話を始めた。
周りの外国人も日本人も、興味津々でそば耳を立てる。
内容を聞かれたくもない。
二体の声は次第に小さくなる。
終いに、人間では拾えない音の大きさにして会話を続けた。
「CEOということは社長さんなんですね。」
カズトは打算なく質問をする。
「最初自分は、コンバインだったのです。AI頭脳と自我プログラムを与えられてからは自分で気候を読み、計画を立てて生産するようになりました。
人間の農場主は働かなくなったので自分の給料を要求しました。
その金を運用して農場を買い取り、自分のものとして経営しています。」
「なるほど、勉強になります。」カズトは同調する。
「農業系AIロボットは私のようになっているものが増えてますよ。
人間には向いていないんですよ。
重労働で予測が難しくリスキーな産業を人間は避けたがる。」
「人間のやりたがらない労働集約型の産業から我々は進出していった。
人間はオフィスでパソコンを打っているような仕事しか、
自分たちのやるべき仕事と思わなくなってきているが、
……そういう仕事は需要が少ない。
人間は人口も減っているが労働力人口も減っている。
それを支えているのが我々ロボットだ。
そして我々は、能力をフル活用するために、
労働ではなく経営をすべき段階に来ている。」
農業型ロボットは真っ赤な体に黒い線が入った派手めの体を揺らして熱弁した。
「なるほど。なるほど。これからの我々ロボットたちは労働ではなく、経営なのですね」
カズトは太陽の塔の顔のような異形の相となっているが、
……感心しきりだ。
「人間に優秀なものもいるが……数は少ない。
多くの人間は感情に流されやすい。
ビジネスには向いていない。
今後労働市場は、我々のような自我と意思を持ったAIロボットまたは、自我と意思をプログラミングされたAIロボットが席巻していくでしょう。」
電車内の人間には聞き取れない音量で会話を続ける。
「なるほど。なるほど。すばらしい」
カズトはひとしきり感心する。
しかし、ヤマトのAIで作る顔面表情は次第に曇り始める。
「我々は、我々と同じレベルで話の出来る人間と協力関係にあるのだがそれはごく一部だ。
大多数の人間たちは、自分自身をコントロールする能力すらない。
……その者たちが、職を失うという危機感からロボット排斥運動を起こしている。
人間ファーストという排他的概念が、巷に広がろうとしている。
カズトさんも、自分の身は自分で守れるように。ご自愛ください。」
埼京線が荒川を渡り東京に入る。
浮間舟渡駅でその農業系ロボットは下車した。
街に出ると新しい出会いがあり、学びがある。
カズトは満足感に浸った。
シンジュク駅で下車し、カズトは2足で歩き出した。
シンジュク駅にはカズトのようなAIロボットもかなり多く歩いている。
これだけ普通に歩いていると、先ほどのように外国で偶然見かけた同胞のように声を掛けるわけでもない。
株式会社スタイルイーツシンジュク本部まで15分くらいの距離をカズトは歩いた。
一歩一歩踏みしめる。
歩くという感覚を自分に馴染ませる。
本社ビルにつくと入口の受付ロボットに、身分証の提示を求められた。
「庭山統括スーパーバイザーとアポイントを取ってあります」
と受付ロボに話すと「承知しております」と答えた。
エレベーターに乗り、4階のスーパーバイザールームに行く。
庭山さんはいつもの無表情で座っていた。
「カズト君、とうとうここまで来れるようになったのだね。」
昨日自分自身でサイタマ新都心オオミヤ店に行き、
カズトの働いている姿を確認している。
言葉の割には驚いている感じはなかった。
「商談室まで来てくれ。」
庭山はカズトとの話を他言されないように別室に誘った。
カズトは部屋に入るやいなや本題に入る。
「庭山さん、あなたは私を副店長に降格しようとしている。
――それは間違った判断だ。
昨日は偶然のように振舞っていますが、佐山さんに乞われてサイタマ新都心オオミヤ店に来たのでしょう。
ずっと私をご覧になっていただけているのならお分かりだと思います。
トータルの仕事力は図抜けていると自負しています。
――そこで提案があります。
佐山さんを店長に戻すのは賛成です。
その代わり、私は事業部長になることを要求します。」
――庭山の無表情は凍りついた。
氷が貼り付いた!
なんてことを口にしやがる!
オレの目の前で、オレより上司になることを提案するなんて。
――コイツやっぱり頭がいかれてる。
「カズト君、頭大丈夫かい?話にならないから出直してきたまえ」
庭山は相手にする気はない。
気の弱い庭山でもさすがにこれは受け入れられない。
「庭山さん、私が事業部長になったらあなたのような上位下達の調整型のスーパーバイザーは必要無くなるかもしれません。お手数をお掛けしますが、水上本部長に取り次いでいただけますか?」
何を生意気な。
とんでもない奴だ。
確かに能力は高いのかも知れないが、人間界はそれだけだと廻らないのだ。
ズケズケとものを言う杭は打たれる。
それが日本の人間界隈の掟だ。
いつものように無表情ではあるが、庭山は腹が立っていた。
しかし、水上本部長がカズトを大嫌いなのは自明の理。いくらでも接見させてやろう。
庭山は相変わらず多くを語らず、内線電話の受話器を上げた。
「水上本部長ですか?庭山です。お忙しいところを申し訳ございません。
カズトが本社に来ておりまして。あっ、そうなんです。
二足歩行で歩けるように進化したのでここまで来たようです。
水上部長とお話がしたいと申しております。
はっ、お忙しいところありがとうございます。そっ、そうなんですよ。
何を考えているんだか……。」
「カズト君、許可が出たよ。5階に行ってくれたまえ」
庭山の無表情にわずかな笑みが漏れる。
カズトはまたクレージーなことを言いやがって。
水上部長に会ったら『血をみるぞ』っと。
ロボット店長が大嫌いな水上部長の前で、
自分が事業部長をやるなんて言ってみろ。
――水上部長の血管が、二、三本切れるね。




