すべての融合
翌日、朝の仕込みからカズトは凄まじかった。
従業員は15時出勤であるが、店に住んでいるカズトは朝から働いていた。
朝からハタラいているのは今に始まったことではない。
その仕事量が半端なくなっている。
店内のゴミはキレイに掃かれ、得意のルンバロボ&WAXロボで床もピカピカにツヤがにじんでいる。
納品されてきた荷物は日付管理がされ、
定物定位置の先入れ先出しでしっかり片付けられている。
鮮魚ボックスの魚たちもすべて内臓が処理され、
今日必要と想定される分を計算され刺身に引かれ、予備が柵になっている。
タイゾーのいつもの仕事であるトクトクお得セットも、本日予測の45セットが既に作られている。
サラダベースから本日分の味噌汁、天つゆ、出汁、煮物、串カツのネタに至るまで仕込んである。
おまけに、トイレ掃除まで完璧だ。
タイゾーはカズトに聞いた。
「営業開始の17時までにやることがすべて終わっているじゃないですか。
これカズト店長一人でやったのですか?」
タイゾーはカズトの顔をよく見る。
また顔が前と変わった。
さらに異形の相となっている。最終形態への変化か?
「そうです。自分一人でどこまで可能なのかやってみました」
タイゾーはもっと重要なことにいま気づいた。
背が高くなったと思っていたら、
カズトは2本の足で立っているではないか!
「店長、足になったのですか?」
なんか言葉が変だが。
それくらいタイゾーは動揺していた。
「そうです。2足歩行が可能となりました。でも営業中は4輪でいようかと思います。ホールのような平らなところなら、4輪の方がスピードは速いので」
カズトはこともなげに言った。
出勤してきた佐山はカズトの足を見ると、あらためて動揺した。
――あの足があれば埼京線に乗れる。
――シンジュクまで行ける。
一通り店内をぐるっと回って、冷蔵庫の中を確認して佐山は困惑した。
カズト店長が掃除や仕込みをすべて終わらしている。
でやることがない。
「店長、確認しましたが、我々がやる仕事がございません」
佐山は困惑の表情を浮かべてカズトを見た。
カズトは2足歩行を確かめるように、
その場を意味もなくクルクルと歩きながら答える。
「そうでね。アルティメットホームにヘンゲしたので全力で働いてみました。やはり我ながら、凄まじい仕事力があるようです。
17時の営業開始まで時間を持て余しますね。
今後はみなさんの時短勤務も考えていかなくてはかも。
今日はまぁ、コーヒーでも飲んでゆっくりしていてください」
時短勤務……昔の佐山なら単純に喜んでいたであろう。
思慮深くなった今の佐山は単純に喜べない。
カズトはわれわれの数倍上を行く知能の持ち主だ。
コーヒー飲ませて安心させようとしているのがかえって怪しい。
カズトは店舗の売上を最大限にする利益計算を消して忘れない男?
ロボ? だ。
時短勤務と言えば聞こえは良いが、それが進むと人員の削減、
リストラへの道に進むのではないか。
現に松井さんが辞めた後も人材の募集は出していない。
最初からキッチンロボットのココミを発注していた。
――佐山は体の奥から身震いしてきた。
自分はカズトのプログラムを達成できたからここに生き残っていられた。
しかし、カズトが自分の意のままに店舗運営を進めようとしたらロボット中心の店になるのではないか。
カズトが人間嫌いというわけではない。
現に自分を救ってくれた。
そこに感情の介在はない筈だ。
フラットな目線で見て、有能な方を選ぶ。
自分を更生してくれた時までは、そんな気がしていた。
しかし今はなんか違う。
アルティメットホームになってからは、カズトの”気”が何か違う。
「そういえばあおいさんがまだ出勤していませんね。
佐山さん、連絡をしてみますか?」
気づいたタイゾーが言った。
プルルルルー、プルルルルー。
その時丁度、電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。
居酒屋新世紀サイタマ新都心オオミヤ店谷口でございます」
タイゾーが出た。
「あ、あおいさんのお母さんですか。え、ホントですか!わかりました。
それは心配です。お大事にして下さい。」
「店長、副店長、大変です!
あおいさんが出社途中で事故に遭い入院したそうです」
「マジですか!可哀想に……。ワタシは後でお見舞いに行きます」
2足歩行となり、街へ出歩けるようになったカズトは、
早速店長としての役割を果たそうとした。
今までだったら、佐山かタイゾーに任せていたことだ。
本日の営業はあおいが欠員していたが、人手不足のような問題はなかった。アルティメットホームとなったカズトは縦横無尽に店内を駆けずり回った。
19時半となり、1回転目のお客様が帰り、待ちのお客様をご案内する最大ピーク時になるとカズトの異形の相の顔は輝きを増し、言葉を唱えた。
「アルティメットホームVer2、分裂!」
カズトの下半身が4輪と2足歩行に分かれる。
右手半身が2足歩行側に、左半身が4輪側に分かれた。
顔は4輪側につくと、そちらは足りない右手が出現し完全体となった。
右半身の2足歩行も、体の中から折りたたまれていた左手と頭部が出現すると完全体となった。
すると、4輪は頭上に3台のホバーパイルダーと2匹のハエ型ドローンを引き連れて、猛スピードで空いたテーブルのバッシングを始めた。
もう半身の4足歩行は厨房に入っていくと、オーダーの溜まっているラフマンのヘルプに入り、モヤシ炒めを3丁同時にこなしに入った。
「ラフマンさん、段取りを考えながら仕事をこなしましょう。必ずしもオーダーの入っている順番にこなせばいいわけではないことは分かってらっしゃるはずです。揚げ物を投入し、もやしを炒めている間にサラダを作るというように、どの順番で何かをやりながら何かをやるというように脳をフル回転させて要領よくこなすことが大切です。何度も言われている筈です」
――ラフマンは目が泳いでいる。
「頭では分かっているのですが、
いっぺんに大量のオーダーが入るとパニクってしまう。」
……カズトは諦めたのかそれ以上言わずに黙々とオーダーをこなした。
今までだったら延々と仕事中でも料理講座を行っていたものを。
……諦めたようだ。
――佐山は今までと雰囲気が違うカズトを感じ取っていた。
ふと気づくとバックヤードに、庭山が臨店してきている。
佐山はカズトの変貌ぶりを見て欲しくて連絡をしていた。
しかし、佐山は庭山のところには行かない。
ドローンカメラと搭載マイクが店内のあらゆる会話を録音し分析している。
カズトの批判を口にすることは不可能だ。
ただ佐山は感じている。
庭山統括スーパーバイザーはカズトの今回の変化の凄まじさと違和感を、
察してくれているだろうということを。
庭山はカズトの動きを食い入るように見ていた。
そのいつもの無表情は次第に青ざめていった。
「これは、もう敵わないかも。……支配されるのかも」




