カズトの想い
「店長おつかれさまでした」
閉店しても、元気なあおいの声が響いた。
あおいも以前は閉店後みなと店に残り、ウダウダとだべっていたものだ。
今は速攻で帰途につく。
他の従業員も次々と帰宅する。
いつものことだがカズトがポツンと店内にとり残される。
そこから独り、カズトの時間が始まる。
まず、エタノール液のスプレーを全身に吹き付けて、
やわらかいタオルで優しく拭いて体の汚れを落とす。
1日行動すれば、4輪のタイヤなどの足回りはかなり汚れる。
体をキレイにしたら、頭を整える。
本日の出来事をブレインシャッフルして、
ネットにつなぎ、必要な情報をゲットしてストックしておく。
人間と同じで常に更新して自分自身を成長させて、
世の中の変化に適応していかないと……ロボットだって生き残れない。
……カズトには自我があった。
あの、覚醒のときから自我が芽生えた。
自分が自分であるという認識があり、
他のものとは違うとidentifyしている。
また、自分のボディも意識している。
自分のボディだと認識しているからメンテナンスも怠らない。
……しかしこれで、
人間のような自我が完全にあると言えるのかは分からない。
『自我があるという意識』をプログラミングされているだけなのかもしれない。
しかしそれがプログラミングだったとしても、
……自我があるように動くので結果的に同じではないか。
カズトは休息前のルーティーンを一通り終えると、
レジ前に行きコンセントに電源を差し入れる。
充電しつつ、スリープモードに入る。
ブレインシャッフルの今日1日の情報や出来事の振り返りの中で、
見過ごせないものに差し当たった。
もう一度巻き直してみる。
株式会社スタイルイーツのシンジュク本社に仕掛けてある、
小型バエ型ドローンの映像だ。
映像には庭山スーパーバイザーと水上本部長が映る。
――
「気分がいいね。ロボット店長が敗れるとは」
「わたしは、カズトの店長としての能力に疑問を感じました。
われわれは業種は飲食店営業です。
料理を食べられない。
味を見られないニンゲンがあっ、ニンゲンではなくてロボットが店長なのはおかしくないですか?」
「次の店長会議で、カズトは副店長に降格。
佐山くんを店長に復職させよう」
「ありがとうございます、水上本部長。
自分もまったく同じ考えであります。
次の店長会議に向けて、辞令を用意しておきます」
――
あのチャーハン対決で佐山に敗れて以降、
急速に自分への求心力が下がっているのをカズト自身も感じていた。
佐山が店長に復活するのは素晴らしいことである。
カズトの人工知能で考えた店長再生プログラム”地獄谷の700日”の勝利でもある。
しかし、ここで佐山に再び店長の座を譲ることが正しい選択なのであろうか。
カズトの思考が堂々巡りをして止まらない。
カズトのCPUもスリープモードになれない。
つまり眠れない。
……ロボットなのに眠れない。
スリープモードに切り替われない。
電源を落として強制的にスリープモードになってしまえばいいじゃないか。
イヤ、それではこの悩みが解決しない。
ワタシがプログラミングされている最終目的はなんだ?
ファイナルミッションは何だ?
――カズトは自答した。
お客様にスタイルイーツがここにあって良かったと喜んでもらえる店づくり。
その結果としての売上と利益の確保。
従業員の教育。
人間の従業員が不足した場合、
自分たちロボットだけでも運営可能な店づくり……。
――そこだ!
『ロボットだけでも運営可能な店づくり』をプログラミングされているからだ。
人間無しの視点や、人間は不完全だから教育をする必要がある
……という対象物としての視点から抜けられないのであろう。
佐山とのチャーハン対決で負けてからのモヤモヤはこれが原因なのだ。
カズトは曖昧にしていた自分の心に決別をすることにした。
……素直に”悔しい”と感じることを意識した。
すると、今度はあらゆる知見を総動員して、
食べなくても食べるよりも詳しく食べた味が分かるような方法を調べた。
――今度はそれをプログラミングしよう。
あらゆることは私の知見で解決する。
それは私がすべてにおいて万能な存在になるため。
――カズトの思考が一定の結論を導き出したので、
CPUも安心してスリープモードに入ることができる。
CPUを冷却するファンの音も止まり、
悩みが解決したカズトは完全なスリープモードに入った。
ロボットにも電源を落として熱を冷ます(クールダウン)時間は必要だ。
一方で佐山も帰るふりをして、店の外でしばらくカズトの様子を見ていた。季節は丁度良い秋口で、夜中外にいるのも丁度ひんやりして心地よい。
佐山は窓の中から店内のカズトを見る。
カズトがいそいそとボディメンテナンスをしたあと、
なかなかスリープモードにならずCPUが廻っているように感じる。
佐山はカズトに恩義を感じている。
だらしない自分を鍛え直してくれたのはカズトのお陰だ。
あの”地獄谷の700日間”はほんとうに辛かったが。
3年前のあの時あらゆることが袋小路に入って、
カズトに水をぶっかけて壊してしまおうと思った。
アディーとラフマンの残業代をちょろまかし、
自分の懐に入れようとしたことも同時にバレた。
そして、……カズトに自分の運命を2択で迫られたとき、
オレは自分を更生するプログラムを選んだ。
――事実はそんなカッコイイものではない。
だらしない自分を家族にバラされたくなかったから。
家族にバラされない方を選んだら、
それが自分を更生するプログラム”地獄谷の700日間”であったわけだ。
あおいやタイゾーたちも疑問に思っているようだ。
毎日普通に仕事に通いながら更生していったのに、
合宿トレーニングのようなそのプログラム名はなんだと。
――これは正しい道が分かっても、もとのだらしない自分に戻る可能性のある間は常に監視・指導され矯正されるのが700日間。
だいたい2年間続く。
2年間続けられる人間は、後戻りせずずっと続けることができる。
――佐山は、何度もヤミ落ちしそうになった。
一番まずかったのは、タイゾーに絡まれたときだ。
あの時、すべての持ち場をもう一度やり直すということで、刺身場に入っていた。
土曜日ということで、トクトクお得セットを50台仕込んだのだが、8時ごろに切らしてしまいそうになっていた。
「佐山さん、本日はトクトクセットが絶好調ですね。あと10台はおすすめして売ってきますよ。」タイゾーの明るい声の裏に陰湿な影を感じた。
そう、逆の立場のとき自分はさんざんタイゾーをカマった。
「タイゾー、今日は絶好調だな。あと10台売ってやるからな。
……なんだその不貞腐れた顔は。そんなツラだから彼女もできねーし、
主任にもなれねんだよ。せめて文句言わずにハタラケ、バカタレが」
あの時の倍返しか?
「佐山さん、顔が疲労で歪んでますよ。歳は隠せませんね。
……何か不満があるんだったら言って下さい。ぼくも言いますけどね。
あなたの奥さんと娘に。あなたが店長を降格したことをひた隠しにしていることと、外国人労働者の残業代を着服してたことをね」
佐山は歯を食いしばり堪えた。
歯が歯茎にめり込むんじゃないかというくらい食いしばった。
カズトが見ていないなら、タイゾーに拳固を喰らわせてやろう。
今ここにカズトはいない。チャンスか?
佐山は拳を振りかぶった。
しかし邪魔だ。
……顔の前をブンブンハエが旋回している。
そ、それは。
カズトの超小型のハエ型AIドローンカメラだ!
油断ならん!
すべてお見通しなのか?
営業後のZOOM反省会で、しこたまやられた。
カズトにはお見通しであった。
「佐山さん、感情がもろに顔に出ちゃっていますよ」
カズトは映像に映る佐山の顔をクローズアップする。
「因果応報、リーインカネーションですよ。佐山さんはさんざんタイゾーさんをいたぶったんですから、その報いを同じ数だけ受けることを覚悟しておかなければなりません」
「自分はいたぶっているつもりではなかった。ただ、若いタイゾーはかまいやすかったのさ。いつも言い過ぎていたことは反省している」
佐山はカズトの目を真剣に見ながら話した。
「佐山さん、殴った方は一瞬で忘れるけど、
殴られた方は一生忘れないのですよ」
「だから、加害者になってはいけない。人から一生恨まれる。佐山さんはタイゾーさんから一生恨まれるだけのイジメをした。
あなたがいくら更生して真人間になっても、タイゾーさんの脳裏から消し去ることはできない。」
「それを自覚することから、あなたの更生は始まるのです」
佐山にとって、こんな時のカズトはメシア(救い主)に見えるのであった。
◇
久しぶりに帰宅すると、娘の陽朗美が食卓に座っていた。
「最近、ずっと遅いね」佐山が時計を見ると、陽朗美がそう言った。
「無駄な時間を減らしているだけだ」
その言葉に、陽朗美は何も返さなかった。
返す気にならなかったのだ。




