佐山対カズト
「ちょっといいかい? アンタコレ食べてみな」
忙しい土曜日のピーク時間中。
亮輔がお客様に呼び止められた。
50代くらいか?
身なりの良い白いシャツ姿の男性とその奥さんか?
それとも仕事の同僚か?
2名のシニアカップルだ。
亮輔は怪訝な表情が顔に出てしまう。
なんでオレがあんたの喰いかけを食べねゃならんの。
嫌な気分だが、お客様と揉める方が長引いてしんどい。
その肉じゃがを食べてみる。
味がしっかり感じられるように咀嚼してみる。
正直、ちょっと食べたくらいでは何がおかしいのかよく分からない。
亮輔は何も言えず首を傾げている。
「まあ、あんちゃんじゃ分からんか。責任者を呼んでくれるか」
亮輔はカズトを呼びに行った。
いつもの静かな電子音を立ててカズトが近づいてくる。
「お待たせいたしました。ワタシはヒト型AIロボット店長のカズトでございます」
ワイシャツ姿のシニア男性はちょっと驚いた様子で固まった。
「ロボットが店長なのか。困ったな。
この肉じゃがの味がおかしいと思うのだけれど、検証できる?」
「では、こちらの料理失礼します。pH値測定!」
カズトの右手の人差し指が、付け根からカパッと空く。
テスターが出てきた。
「pH値6.3、異常なし。お客様、pH値を見る限り問題はないようです」
ワイシャツ姿が様になるこの中年男性はそれでは収まらないようだ。
「そのテスターで計れるのは一面的なpH値だろ。そうじゃないんだよ。
店長さん、誰か大人の人間を連れてきてくれるかい」
カズトはしばし逡巡したが、副店長となった佐山を連れてきた。
「副店長の佐山と申します。事情は伺いました。ではコチラ失礼します」
というとその肉じゃがの汁をグイッと飲んだ。
「うっっ。これはわずかにやられていますね。お客様、申し訳ございませんでした」
佐山は非をすぐ認めた。
「そうだろう。わかる人にはわかるんだよ。
飲食店なんだからこれぐらい分からないと。
ロボットが店長で大丈夫なの?
こちらのお兄さんが店長の方がいいんじゃないの? 」
佐山は恐縮した。
「とんでもございません。
ワタシはこちらの店長にコーチングしてもらい、育ててもらった未熟者でございます」
傍らで見ているタイゾーは、佐山の恐縮振りに虫唾が走る。
これが今の佐山である。
カズト店長も申し訳なさそうに頭を下げ、この件は解決したかにみえた。
――また2日後の営業中、悠斗がお客様に呼び止められた。
「悠斗ちゃん、頼みがあるんだよ」
常連の老人熊川さんだ。
熊川さんは、もうすでに仕事は定年している。
仲の良い連れの黒縁メガネの小川さんか、奥さんなのか愛人なのかと思しき女性と、週3は訪れる。
居酒屋新世紀サイタマ新都心オオミヤ店のヘビロテユーザーだ。
「モヤシ炒めを注文したいんだけどさ。
今日忙しいからロボット店長がヘルプで入って作ってるじゃん。
ロボット店長じゃなくて。佐山元店に作ってもらってくれる」
「えっっ! 何でですか?」
「言葉で言うのは難しいのだけど……。
何だか佐山元店のモヤシ炒めの方がうまいんだよね」
「マジすか。……それはカズト店長傷つくんじゃないかな」
悠斗は忖度なく言った。
「そこ何とか頼むよ。金払うんだから美味しい方を食べたいじゃん。
大丈夫だよ、カズト店長はロボットだから傷つかないよ。
ロボットだから心とかないでしょ。……たぶん」
なんて勝手な物言いだ。
常連さんはだんだん図々しくなるからイヤだ。
しかしながら……。
確かにカズト店長に心はあるのだろうか?
声を荒げたり、感情をぶつけるような所は見たことない。
では、『無』なのか?
というとそんな感じもしない。
情熱みたいなものは伝わってくる。
そう考えると……ロボットなのにどこから感情が生まれるのだろう。
不思議ではある。
悠斗はキッパリと言ってみた。
「カズト店長、熊川さんが佐山さん作ったモヤシ炒めを食べたいんだって。ポジション変わってあげて」
熊川さんが慌てている。
何もそんなにハッキリ言わなくても。
あのバイトは気が利かない。
カズトがロボットだから傷つかないとは言ったけど、
……聞こえないように言うのが普通だろう。
……まったく近頃の若いのは。
カズト店長は、素直に炒め物のポジションを佐山に譲った。
――その顔は少し寂しそうにも見える。
それは、こちらの感情がそう見させるのかも知れないし、分からない。
人間のように大きな感情の変化は見た目だけでは分からない。
佐山元店長は中華鍋に油を少量注ぎこんだ。
鍋全体にに火力が伝わって煙が立ち込めてきた段階で、もやしを投入する。
「ジュウウウ」と強い火力に、もやしたちが踊らされる音がする。
塩・胡椒、鶏がらスープの素、グルソーを適量投入すると、
慣れた手つきで鍋を前後に振りもやしを全体に馴染ませる。
それをしばらく繰り返したのち、いったん手を止めて熱を伝える。
ほどなくして、また前後に鍋を振る。
それを何回か繰り返す。
上がった蒸気が、キッチンの大きなダクトに吸い込まれて行く。
程よい頃合いを感じ取ると――佐山は熱々に熱していた鉄板に、炒めたもやしを中華の大きなお玉ですくって盛り付けた。
「ジュウウウ」と心地よい鉄板の音をたてたモヤシ炒めが、
佐山からカウンター席を陣取る熊川さんに直接提供された。
「これこれ」熊川さんは満足そうに微笑んだ。
「うまい!」
箸でがばっともやしを掴めるだけ掴んで口いっぱいに頬張る。
熊川さんは唸った。
「佐山さん、あんたのモヤシ炒めは最高だよ。
こう、なんていうかさぁ、もやしがしゃきしゃきと生きてるんだよね。
調味料の塩梅もちょうどいい。
オレは高血圧だから、しょっぱすぎるのはダメなんだ」
「アンタ料理うまいね。ここにいないから言うけど、
……あのロボット店長はダメだね。
料理も、味も、数字で捉えようとするからね」
確かにカズトは料理を自分で味見できるわけではない。
数種のテスターで数値を調べて、味の濃淡が適正値に収まっているかを見るだけである。
旨い、不味いなどを判定するのは難しい。
カズトの場合、甘味や塩味がある程度基準内に収まっているものを、
美味しいと判断するのである。
自分で食べることは出来ないので、自分の舌では判断できない。
作業としての料理はできるが、微妙な味付けは分からない。
――これが飲食店の店長として、カズトの最大の欠点なのか?
「いいこと考えた。」
熊川さんが片方の眉を上げ、口角も同じ側だけ釣り上げて意地悪く呟いた。
「悠斗ちゃん、もう1回ロボ店長を呼んできてくれるかい」
静かな電子音がしてカズトが近づいてきた。
「どうしました熊川さん」
「みんなあんたが素晴らしい店長だと言ってるけど、
あんたにも欠点がある。
飲食店の店長として料理を自分自身で味見ができないというのはどうなの?」
片方の目を大きく見開いて、熊川さんは遠慮なしにのたまわった。
タイゾーも近くに来てこの騒動の様子を伺う。
熊川さんはもともと口の悪いジジイだが今日はだいぶ酔ってるのかな。
そんなにストレートに言わなくても。
「あんたの料理は数値を計って作っているだけだから、まずくはないけどおいしくはないんだよ。
あと心がないから料理に愛情がない。工業製品なんだよ」
「熊川さん、チョット酔ってますか? そこまで言わなくても。
それは仕方ないじゃないですか」
熊川さんの物言いはあまりにも行き過ぎだ。
思わずタイゾーは言ってしまった。
「……オレにいい考えがあるんだよ」
熊川さんはまた口角を右だけ上げて言い放った。
「カズト店長も見てると鍋振りは上手じゃん。モヤシ炒めも別に悪くはないんだよ。ただ佐山元店のは『うまい!』って唸りたくなるんだ。
それを証明させてくれ! 」
いったん息をついて熊川さんは続けた。
「特に腕の差が出るチャーハンを、ロボット店長と佐山さんで同時に作って料理対決をしてくれる?」
「えー、それ面白いじゃない。絶対やって」
今まで全くしゃべらなかった熊川さんの連れの女性、
――宮部さんものってきた。




