店長再生プログラムの終了
第29話 店長再生プログラムの終了
「本日は、皆さまに大切な報告があります」
従業員一同が水槽前からレジにかけて一列並び朝礼が始まる。
冒頭からカズト店長のフリが入った。
「佐山さんが、ワタシのAIで作成した店長再生プロジェクト”地獄谷の700日間”をやりきりました。拍手! 」
みなパラパラと拍手した。
皆には普通に毎日勤務していただけに見えるが、
相当過酷なノルマを達成したのであろう。
佐山は以前とはまるで違う生命体となった。
生命体は大袈裟か。
大袈裟に言いたいくらい、まるで別人となった。
それでも、持って生まれたものはそうそう変わらないと言われる。
しかし、今回の佐山は間違いなく変わった。
1. タバコを完全に吸わなくなった。
2. サボらなくなった。
3. 遅刻しなくなった。
4. 人の悪口を言わなくなった。
5. 無駄話をしなくなった。
顔の造作は変わらないが、顔つきが変わった。
姿勢が良くなった。
話し方は落ち着きがあり、思慮深くなった。
一番困っているのはタイゾーである。
歓迎すべきことなのに戸惑っている。
店長再生プログラムを受ける以前の佐山と、今の佐山とではまるで別人だ。
カズトが覚醒する前に、あの人のせいで退職しようと思っていた会社だが、今は居心地が良い愛すべき居場所と感じる。
「佐山さん、それでは前に出てひと言お願いします」
佐山は緊張した面持ちで恐縮しながら前に出てくる。
以前はそもそも仕事に緊張感がなかった。
恐縮なんてすることもなかった。
この店の店長であったのだから誰に気を使う必要がある?
という態度であった。
「みなさん、おはようございます。以前のワタシは人として間違っていました。カズト店長の再生プログラムを続けているうちに人としてのあり方を学ぶことができました」
タイゾーの気持ちは複雑だ。
佐山がキチンとした人間になって『うれしい』というよりは、
『気持ちが悪い』
今まで散々いたぶられてきたから。
キチンとした人間とはどんな感じなのか?
今の佐山は品行方正過ぎている。
気味が悪い。
『おいタイゾー、おまえはバカか。
こんな小学生レベルのこともできないのか?
これだからゆとり教育で育ってきたヤツはダメなんだよ。
このゆとりめが。』
※ゆとり世代(1987年4月2日から2004年4月1日生まれ)
タイゾーは器用な方だ。
特に調理に関しては。
タイゾーのシゴトの覚えが悪かったわけではない。
ガキをいたぶり、自分の優位性を誇示するため。
ストレスのはけ口として利用された。
それがなんだ。
どうした、この態度の変容は。
「自分の生活を正し、考え方、話し方、態度をあらためました。
社員としてみなさんの仕事をフォローし、みなさんの成長の一助となれるよう今後とも努力をして参ります。
また、居酒屋新世紀サイタマ新都心オオミヤ店が日本一の繁盛店となれるようお客様満足の向上に努めて参ります」
なんだ、この教科書通りのスピーチは。
タイゾーは寒気がしてくる。
佐山は話しきると頭こうべを垂れた。みなから拍手が自然と湧き上がった。
「佐山さんは、この厳しいプログラムを見事に達成してくれました。
一見皆さんから見ると毎日の仕事をこなしているだけのようだったかもしれません。
でも実は考え方ひとつ、話し方ひとつ、アピアランスまでこちらの指定した通りにしてもらいました。
帰宅後も毎日リモートでミーティングをしました。
大変努力されたと思います」
カズトは褒め続ける。
「結果は誰もが認めてくれるでしょう。
誰が見ても佐山さんは以前の佐山さんとは違いますから」
聴衆ののみ込みのタイミングを計って、カズトは大事なことを言い放つ。
「わたしは、本部に佐山さんを副店長として推薦することに決めました」
また拍手が起こる。素晴らしいことなのは確かだ。
佐山が店長再生プログラムを始めてから、あおいは佐山と夜中の通信ゲームはしていない。
以前の親子のようにフレンドリーに接することはなくなった。
でもこれで良かった。
シフトを入れてもらい、仕事を円滑にするために仲良くしていただけだ。
今は悠斗とお付き合いをしていて、もう2年経つ。
そろそろかな? ということの方が重要命題だ。
アディーとラフマンはとりあえず未払い賃金を払ってもらえた。
ついでに言わしてもらえば、もう少し待遇を良くしてもらいたい。
やはり、日本人の待遇に比べると見劣りする。
カズトが店長になって多くの仕事を覚えた。
ドウイツロウドウドウイツチンギンではないのか?
以前は佐山さん個人を憎んでいたが、今は問題ない。
ただの隣人だ。
佐山さんがまじめに働いていれば、こちらも同じように呼応する。
それだけだ。
悠斗と亮輔もまるで別人となった佐山を大歓迎だ。
社員として進んで仕事をしてくれるようになったので店が廻る。
働きやすくなった。
悠斗はあおいとのことを、そろそろ決めたいということに余念がない。
亮輔は就職も決まった。
後は卒業旅行の資金稼ぎだ。
◇
「ただいま。」
今日の佐山は、和美と陽朗美の大好きなカプリコとウメッシュをコンビニに寄って買った。
今日は特別。
自分の発泡酒もだ。
いつものように深夜2時の帰宅だが、和美は起きていた。
「おかえり、上機嫌ね」
「なんで分かるの?」
「顔に書いてある」
和美は「おかえり」と言ってから一度も佐山の顔を見ていないのに、
そんなことを言う。
「お土産買って来たよ。
カズト店長から今日内示を受けた。副店長にしてくれるって」
性根から生まれ変わった佐山は、芯からうれしそうな笑顔を浮かべた。
「良かったね。あなた変わったもん。
……少なくともワタシが結婚した佐山じゃない」
和美はいつも、鋭い切れ味の言葉を発する。
「オレは人格が変わったけど、人間は変わってないよ」
佐山はスーツを脱ぎながら答える。
「あなたは見た目は変わってないけど、中身は別人よ。
わたしが結婚したクズ男ではない。
いい人なのはこちらもラクでいいのだけど。
なんか物足りないのよね。
……そう、人間身が無くなった。ロボットになったみたい」
和美は深夜番組を見ながら答える。
「こうするよりほか選択肢はなかったのだよ。
こうならなければ、人間として破滅していた」
佐山は冷蔵庫を開けて、つまみになりそうなものを探す。
「いいのよ。こちらもラクで。あなたのトゲが抜けて、ケンカしなくなったし。以前のあなたは存在自体がストレスだったから」
和美は深夜番組が面白いので、笑顔になりながら毒を吐く。
「昔のあなたは、自我と欲のカタマリだったもの。
……あなたはロボットに教育されたからロボットになったのよ。
お陰でこっちはラクでいいわ」
――和美の話はしつこくなってきた。
酒飲んでいるからか?
顔は深夜番組を向いたまま。
佐山の顔をチラリとも見ない。
「でもあんた、生きてて楽しいの?」




