従業員とお客様の限界
「こんばんわー」
時間は待ってくれない。
オープンになり、数組のお客さんがなだれ込んできた。
さらにご新規、3名・6名・2名・3名、そして団体11名がウエイティング表に記入された。
ご案内係のあおいちゃんが店長を探している。
「てんちょーう、てんちょーう」
見つからない。
もうバックヤードにしけこんでいるらしい。
すぐに悟ったあおいはタイゾーに相談に行く。
「タイゾー、待ちに11名が入ったけど。」
タイゾーはモリモリオトクセットを盛り付けながら答える。
「Cの2.3.4席をつなげて案内して。
トイレの前を嫌がるお客さん最近多いから確認して。」
タイゾーの視線は盛り付けに注がれていて、目を合わせるでもなく指示を飛ばす。
佐山はバックヤードにある日本酒のケースを逆さまにしたイスに腰かけ、
タバコをくゆらせている。
オレは今日から10日連勤なんだから。
若いのにしっかり働いてもらわないと。
あおいは11名のお客様を入れるために3テーブルをつなげなければならない。
奥のC席テーブルは古い鉄と木で作られている。
年代物で1人で運ぶにはしんどい。
あおいは悠斗と亮輔に手伝ってもらおうと思い探すが、悠斗はパントリーでドリンクに、亮輔はお客様につかまっている。
仕方ない後回しにしよう。
と思ったその時、
――電気自動車のような機械音のカズちゃんが寄ってきた。
両手を広げて、年代物の重いテーブルを押し込む。
そのさまは背の高いニンゲンのようでもあった。
カズちゃんは背が高い。
尖った耳の先まで計れば、身長163cmのあおいよりも10cm高い。
おなかは空洞で4段のトレーになっている。
パワーアームが上げ膳・下げ膳を行う。
顔にある2つのカメラはネコの目を表している。
視認しながら4輪で駆動する。
胸には9インチの液晶。
メニューや質問ごとに答える。
居酒屋『新世紀』に導入された配膳ロボットとして3代目。
コロナ禍最初のとは違い、かなり進化を遂げている。
音声認識機能も進化している。
話しかければ、まともな答えを返してくる。
――あおいだけでは力が足りなかった。
カズちゃんのおかげで助かった。
ただ今回は、カズちゃんを呼んだわけではない。
音声認識以上の問題だ。
――状況把握だ。
察してくれたの?
……とはいえまずは、入り口で待っているお客様をご案内しないと。
今日は忙しい。
余計なことを考えている暇はない。
お客様からの痛い視線が背中に突き刺さる。
色々考えるのは閉店後にしよう。
今日はゴールデンウイークだ。
無心で働かなくちゃ。
「ご新規11名様のご案内でーす!」あおいが節をつけて声を上げる。
「こんばんわー。いらっしゃいませ!」
――残念ながらこの店で気持ちよくコダマを返してくるのは、
音声認識機能の進化したカズちゃんだけ。
悠斗と亮輔は目を合わせる。
ヤバイその人数、店回らなくなる。
あおいは馬鹿か。
バカまじめか。
店長さぼってんのに、無理してどうする。
明日から長期連休で浮かれたサラリーマンが11名ゾロゾロ入店してきた。
20代から40代くらいの民間企業のリーマンであろう。
髪型がツンツンしてる男性や、夜のお仕事ですか? と見まがうような女性もおり、店内がパッと賑やかになった。
……サイタマ新都心オオミヤの夜が始まる。
「あっお姉さん、とりあえず生11丁ね。」
すこぶる良いオーダーだ。
あおいは、ハンディーを操作してオーダーを通す。
テーブルのタブレットでもオーダーができるが、『新世紀』でお客様のためにオーダーも受け付ける。
パントリーでオーダーにハマっている亮輔のところに『生中 11丁』のオーダーが流れた。
亮輔はとっさに、カズちゃんを目で探した。
生ジョッキを11個同時に持つのはカズちゃんでないと無理だ。
……人間には限界がある。
片手に5個ずつの10個なら運ぶことができるが、11個となると無理なのだ。
テレビに出るような特殊な名人芸の持ち主以外は。
トレンチで11個はのらない。
台車でコトコト運ぶと時間がかかり、泡が凹む。
えっ、…………気付くと亮輔の真後でカズちゃんはスタンバっていた。
こいつ察しがいいな。
呼んでもいないのに。
今日で丁度この店に来て1年なんだっけ。
このロボットて学習機能があんだっけ?
カズちゃんは右のアームで6個、左のアームで5個の生ビールをガッツと握り、11名が待つC席に向かった。
進化した3代目ネコ型ロボット自慢のアーム機能はレベルが高い。
男でも楽ではない、19Lの生樽を片手で1つづつ持つことも可能だ。
同時に2個運べる。
つまり力では、かなりニンゲンを凌駕している。
さらにご新規が8名・6名と続く。
そろそろ満席になる。
――店長は戻ってこない。
そろそろヤバいんじゃないの。
ドリンク担当の亮輔もオーダーが捌き切れなくなる。
開店と同時に入店した男性3人女性1人のサラリーマン。
色黒で目がぎょろりと大きく快活な体育会系営業マン風が、呼びボタンを押し「す・み・ま・せーんー。」と手を上げた。
――手が離せないので誰もいかない。
もう一度「す・み・ま・せ――ん! 」
さっきより語気が粗めになる。
……怒気を含んだ声が店内に響いた。
危険を察知して、なおさら従業員は誰も行かない。
こんな時はいつもタイゾーの出番だ。
ただし、本来なら今日タイゾーは刺身場の担当なのでホールには出ていかない。
店長の役目だ。
こんな時店長に助けを求めに行っても、
「やっぱりタイゾーじゃ店回んないなー」と嫌味を言われるだけだ。
タイゾーは覚悟を決めた。
洗い場にいたアディーに、刺身場に入っているチャンジャだのタコワサだの盛るだけのオーダーを出しておくよう指示を出す。
――叫んでいるお客様のところに向かった。
タイゾーは体育会系風サラリーマンの前に立ち、
無理やりに目だけ無くして即席の笑顔を作る。
よく顔を見ると常連である。
……会話をしたことはない。
見た目がやばい。
いかつい感じだ。
……なるべく近づかないようにしていた客だ。
……こういう客はあおいちゃんの担当だ。
オレではあしらえない。
オレは火に飛び込んでしまった……夏の虫だ。
「兄ちゃん、店長呼んでくれる? どうなってんのこの店は。
入店してから30分もたってるけど。最初のドリンクしか来とらんよ。
そのドリンクかて15分かかったわ。
さっきから見ているとこの店で要領よく動いてるのロボットだけじゃない?
こんな忙しいときに店長はおらんの?
キッチンにおるのならちょっと呼んでくれや。
この気持ち多分オレらだけやない。
この店に居るお客さんみんなが思ってるで。
わしは代弁者や。」
多分このヒト関西人ではないであろう。
ガラを悪くするためエセ関西人風の言葉を使っている。
――それでもカスハラと言われないように口調はやわらかい。
時折作り笑顔を混ぜる芸当をする。
営業マンなのであろう。
上手だ。
「大変申し訳ございません。すぐに料理をお持ちします。
オーダーを確認してすぐ用意させていただきます。」
タイゾーは、まず謝る。
「兄ちゃん、オレの話聞いてる?
ええから店長を呼んでおくんなさいまし。
オレは店長と膝を突き合わせて話したいんや。」
……これはダメだ。素直に店長を呼んでこよう。
向こうの言い分に従うしかない。
店長は後でキレてオレに八つ当たりするだろう。
仕方がない。
いつものことだ。
このシゴトも辞め時かな。
……もう限界だよ。
好きなシゴトだけど、店長が悪魔すぎる。
異動願を出しても同じだし。
庭山スーパーバイザーもタヌキだからな。
タイゾーはグルグル考えながら、バックヤードに居る佐山店長のところに向かった。
佐山は一升瓶のケースを逆さまにしたイスに座り、タバコをくゆらせながらスマホを見ていた。
「店長、すみませんが店回ってません。クレームで、どうしても店長を呼べとお怒りのお客様がいるので来てもらえますか。」
佐山はプハーと煙を吐いて、毒も吐いた。
「ふざけんな! おまえが店回せてないのに、今からノコノコお客さんの前に出ていって謝るんか。
そんなん通じるわけねーだろ。
アホか。
店長は居ないと言っとけ。
なんでおまえの尻ぬぐいしないといけないの。
オレはおまえらみたいに現場のシゴトだけじゃねーの」
佐山の剣幕に、タイゾーはどうでもよくなった。
……このヒトとはもう一緒にハタラけない。
今までガンバってきたが、もうどうでもいい。
……握った拳に力を込める。
顔が固まるが、佐山を睨みつけてもしようがない。
タイゾーは踵きびすを返してお客様の前に戻る覚悟を決めた。
佐山を頼ってもムリだ。自分でなんとかしよう。
――というか、なるようになるしかない。
……と、その時店内が急に真っ暗になった。
停電か?
客席からざわめきが聞こえる……。
タイゾーはちょうどバックヤードにいる。
程なくブレーカーの前に来た。
錆びついた鉄の四角いブレーカーの扉を開け、レバーを上げようとする。
えっ? ……一瞬早く電気が付いて復旧した。
ホールのざわめきが聞こえる。
やばい!
これ以上、混乱を来してはまずい。
タイゾーは急いで戻った。




