居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店
その日、ネコ型配膳ロボットのカズちゃんは、
何の違和感もなく朝礼の列に並んでいた。
人間と同じ向きで。
人間と同じ間隔で。
――まるで、自分も「従業員」だと言わんばかりに。
自然に溶け込んでいたので、誰も声を上げなかった。
誰かがふざけてそこに置いたのか?
忙しい居酒屋では、少しおかしなことなど日常のノイズでしかない。
だが後になって、皆が思い出すことになる。
あの朝、店はすでに「変わり始めていた」のだと。
配膳ロボットが、店の統括者になる日。
フィジカルAIの急激な進歩。
そして――
ニンゲンが、店の「部品」になっていく日。
◇
「店長、おはようございます! 」
花咲あおいが出勤してきた。
店長の佐山はバックヤードで一升瓶の空ケースをひっくり返したイスに座り、タバコをくゆらせながら
「ウッツス」と返事を返す。
居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店は、
今日から連日満員御礼のゴールデンウイークが始まる。
店は駅前立地と、サイタマ市の人口爆発のおかげで繁盛店だ。
さいたま新都心駅と大宮駅が合体してできた巨大ステーション『サイタマ新都心オオミヤステーション』
1日の乗降客数200万人を越える。
「あおいちゃん、昨日のバトルはその後どうよ? 」
佐山は店長だが、やる気がない。
今日からオレは10連勤なんだぞ。
お客さんは放っておいてもいっぱいくるから、いかにバイトどもを働かせるかがカギじゃないのかな。
そうさ、去年導入した新型のネコ型配膳ロボットカズちゃんをフル稼働させたればいいんじゃない?
ロボットはいいよー。
「店長、疲れました」とか言わないし。
ローキ(労働基準局)に垂れ込まないし。
リース料と電気代足したってサイタマ市の最低賃金よりぜんぜんお安いわ。
『まかない』も、くれてやらなくていいし。
佐山には今日から始まる最繁忙GWの緊張感はない。
考えているのは、可もなく不可もなく乗り切ることだ。
そう、昨日のバトルとはロボット対戦通信ゲームの話だ。
帰宅後の真夜中も、二人はそれぞれの自宅で戦っていた。
「相手の最終形態アルティメットフォームがヤバイのよ。メチャ強くて。
無理ゲーじゃないの?ロボットたちが完璧すぎて。
これじゃ、ニンゲンはロボットの奴隷になってしまうよ。ヤバイヤバイ」
「こんな考察を見付けたんだけどさあー。
主人公を鍛え直す特訓があるのよ。
見てくれるー。あ・お・いちゃん」
「やだ、店長ちかいちかい。キモ~イ」
「キモ~イだと!それはモラハラだ。モラハラってのはなー、モラルに反する言動をだな……」
ポケットの中のスマホが震えた。
娘の陽朗美からのメッセージだった。
『今日、何時に帰ってくるの?』自然と顔がほころぶ。
タイゾーもやる気がなかった。
この店の正社員は店長の佐山とタイゾーの2人だけ。
売上規模から言ったら、社員は3名、いや4名いてもおかしくない。
仕事をしない佐山店長の分を、いつも自分が尻ぬぐいしている。
でも、1年前に導入された新型のネコ型配膳ロボットが役に立つので何とかなっている。
なにせこのロボットは、パワーアームという手が付いているところが凄い。
ロボット自らの手でお客様に料理を渡したり、空いた食器を片付けたりできる。
それを可能にするためのアイセンサーとAI頭脳もかなり進化しているらしい。
佐山店長はズルさにかけては頭が回る。
社員2名体制であることに加え、去年本部から押し付けられたロボットを使うことでラクして人件費を下げる。
タイゾーはまだ24歳。
人件費は安いが高卒6年目なので仕事はそこそこできて使い勝手が良い。
そして、父親ほどの年齢の佐山には逆らえない。
「そういえばタイゾー、本部からカズちゃん導入して今日で1年だからオールリセットのリロードしとけって指示が入ってたぞ」
「あっ、そうでしたっけ」
「おまえ、ちゃんと連絡事項把握しとけっていったろ。そんなんだから、まだまだ主任になるのもはえーんだよ。はよやっといてくれや」
タイゾーは本日目玉のお刺身盛り合わせ『モリモリオトクセット』の仕込みをしていた。
今日はゴールデンウイークだ。『モリモリオトクセット』は最低30人前くらいは仕込まないと。
何か今日はもっと売れそうな気がする。50は仕込みたい。
佐山のココロ無い言動にキレたくなるが、簡単にキレるキャラでもない。
メガネの曇りをペーパータオルで拭きながら佐山に頭を下げる。
「すみませんが、モリモリの仕込みが追いつかないっす」
「ったく。手がおせーんだから」やや小声になり
「だから彼女も出来ねーんだ。あれもこれも手がおせーんだから」
とニヤニヤしながら
「あおいちゃーん、わーりんだけどそいつのメンテしてみてくれる? 」
「了解でーす」
あおいはカズちゃんに近づき、電源を入れた。
「ピコ・ピコ・グーン・グーン」
とロボの起動音がして、システムは立ち上がった。
「てんちょーう、どうやってリロードするの? 」
「あぁ、待てよ。えーと…………、 店長会議で資料をもらってたなー」
革の黒かばんからファイルを取り出した。
「あった。これこれ。えーと。ctrとaltとdeleteを同時に押してだな」
「enterキーを3回押し、両手を前に伸ばし、3歩進んだら「ニャン』と言う」
「……店長、まじめにやってください。
カズちゃんは今やきちょーな戦力なんだから。動かないと店回んないよ!
……それか店長がまじめに働けばいいんだけど」
「あおい! それは聞き捨てならねーな。こうしてオレが店長でいるからこの店は繁盛してるんだぜ。オレのお陰で、みなも楽しいだろ。この店楽しいだろ」
「店長がサボるために導入されたんじゃないんだからね」
あおいはもっともなことを言う。
「あおい、何言いやがる。オレが優秀な店長だから、実験段階のパワーアーム付きの新型配膳ロボットが試験導入されたんだぞ。
おまえさんは、カイシャの事情を理解しておらん」
あおいは店長のつまらないごたくはスルーして、
「えーとenterを3回押した後はスタートをクリックして再起動だ! 」
グーン・グーン・グーン・カシャ、カシャ、カシャ、カズちゃんは再起動モードに入った。
あおいとカズちゃんを横目に、ラフマンとアディーもやる気がなかった。
ラフマンは、佐山店長が自分の力で店が繁盛していると信じているのが許せない。
最好立地に、居酒屋『新世紀』のブランド力だ。
――ネコが店長していてもお客は入るさ。
ラフマンとアディーは技能実習生としてインドネシアから2年前にやってきた。
最初は感動の毎日だった。
――サイタマ新都心は都会で、人で溢れていた。
佐山店長も温かく迎え入れてくれた。
”素敵な笑顔の優しい店長”だと最初は思った。
……しかし、長く続かなかった。
佐山は表面つらがいいだけの悪魔だ。
われわれは、荷物の片づけと魚のうろこ取りと洗い場しかやらせてもらえない。
技術を身に付けさせてやろうなんて気持ちはサラサラない。
技能実習生としてニホンに来ているのだぞ。
佐山はいつも笑顔で接してくる。
――その悪魔の笑顔の裏側で、都合の良い雑用係としか思っていない。
技能実習生としてニホンにやってきたというプライドが涙で滲む。
――これではただの作業ロボットではないか。
ネコ型配膳ロボットのカズちゃんと何ら扱いが変わらない。
ayah(お父さん)、ibu(お母さん)ごめんなさい。もうココロが折れそうだ……。
でも、我慢すれば良いだけのことなんて、何とでもなる。
そもそもわれわれは、ガマン強く作られている。
それより許せない事件があった。
ある日店長室を掃除していた時のことだ。
机に、本部提出用とおぼしき前月の勤務シフトが雑然と置いてあった。
――何とは無しに見た。
3月31日の勤務表でラフマンとアディーは24時までの勤務となってる。
月末最終日のことなのでラフマンの記憶も鮮明だ。
あの日は棚卸が終わらず25時30分まで勤務した。
疑念が生まれた。
その場にある過去のワークスケジュール表をさらに遡ってみた。
……他の日も深夜残業はついていないではないか!
他の従業員は付いていた。
――そうか。そういうことか。
われわれはガイジンだから分からないと思っているのだな。
ニホン来てもう2年になる。
日本語も一所懸命勉強したからもうたいがいのことは分かるのだよ。――サヤマさん。
月末には毎回統括スーパーバイザーの庭山さんが臨店してくる。
――このことは庭山さんに話そう。
そのとき急に、あおいがメンテナンスしていたカズちゃんの目がキラリと光った。
ラフマンとあおいは思わず目を見合わせた。
今までに感じた事の無い様なカズちゃんの目の異様な輝き。
「ピー・ピー all ok 準備完了! 」カズちゃんのスタンバイが終わったようだ。
タイゾーもその光景を見た。
――みな何か違和感を感じた。
しかし、特に何が起きたわけだはない。
そのまま各自の作業に戻った。
カズちゃんが稼働を開始したので、モリモリオトクセットの仕込みは2人? 掛りとなった。
刺身場にカズちゃんを立たせてマグロの柵を渡すと、マニュアル通りの均等な1.5㎝幅を守って切りつける。
――しかしマニュアル通りだけではない。
中途半端なキレ端がでそうだと思ったら、許される誤差の範囲で調整する。
ニンゲンのような感覚的判断『暗黙知』を持っているのである。
作業はニンゲン以上であると言えた。
元々作業スピードが速かったが、最近は応用力も付いた。
タイゾーは自分のことで精一杯であった。
――ロボットのことなどあまり気にしている時間はなかった。
――でも今日は何となく気になる。
今日のカズちゃんには、今までとは違うような感覚がある。
そう、息をしているような。
寄り添っているような。
察しているような。
◇
隣では68歳のベテランバイトの松井秀幸さんが、黙々と鶏肉とネギを交互に串へ差し、ねぎまを仕込んでいる。
タイゾーは松井さんをうらやましく思った。
松井さんはいいな。店長が天使だろうと悪魔だろうと関係ない。
自分の持ち分のシゴトをこなすだけ。それ以上も以下も望まない。
悟りを開くには、おじいちゃんになるかロボットになるより他はないのであろうか。
――営業開始の5時10分前となり、フリーターの悠斗と大学生の亮輔が入店してきた。
フリーターの悠斗は金髪にピアスをぶら下げている。
仕事中はピアスをブラブラしないものに変えるように店長に言われているはずだが、知らんふりをしている。
佐山は本来そんなことを気にするタイプではない。
ただ、庭山スーパーバイザーにチェックされるので注意しなければならない。
――そして注意役はタイゾーに振る。自分は嫌われたくないから。
佐山店長はメンドウクサイことを全部オレに押し付ける。
ほんとうにうんざりだ。
悠斗も基本的にやる気はない。
ただ、店長は細かいことをグダグダ自分には言ってこないので辞めないだけだ。
あと、あおいとお付き合いできないか狙っている。
あおいは店長の佐山といつも仲良くじゃれているが、
あれは店に居心地よくいるための社交術だと思っている。
ポンコツ店長なんかと不倫するほどバカではないはずだ。
佐山店長はもう高3になる娘がいるということで、意外と若い子のネタにも付いてくる。
あーキモイ野郎だ。
大学生の亮輔もやる気はない。
ゴールデンウイークで忙しいんだろうなと思うとかったるかった。
でもここでシフトに入っておかないと稼げないから致し方ない。
時給もいいし、まかないもつくから一人暮らしの大学生に居酒屋バイトはやめられない。
◇
「それでは朝礼を始めます。」従業員を一列に集めて前に立ち、タイゾーが仕切った。
「本日の売り上げ目標は120万円。モリモリオトクセットの販売目標は80セット。人事生産性は…………」
佐山は後ろ手を組み、宙を見つめときどき突っ込みを入れる。
「最近人事生産性が下がっていると本部に注意される。みなよろしくな」
――タイゾーは面白くない。
佐山店長がバックヤードでたばこを吸ってたり、店長室で何をやっているのか分からなかったり、あおいと無駄話をしているだけだったりするから人事生産性は上がらないのじゃないか。
――まあいいさ。
都合の悪いことは全部タイゾーのせいにするが、出てきた数字の最終責任者は店長のハズ。
店長は庭山スーパーバイザーに「人事生産性が上がらないのはタイゾーが使えないからですよ。要領が悪いんです。」とか平気で言うけれど……。
真に受けるならそれまでのカイシャということだ…….。
あれ、気づいたら朝礼の列の右端にカズちゃんも並んでいるじゃない。
だれかふざけてここに並べたのかな?
隣にいる松井さんが?
いや松井さんはそんな酔狂なことするタイプじゃない。
なんでカズちゃんが朝礼の列に勝手に並んでるの?
ーーおかしい?
だがもう、17時になる。
そんなことに気を取られている場合じゃない。
営業が始まる。
今日はゴールデンウイーク初日だ。
ウダウダシテいたらやられる。
誰もが自分に精いっぱいの中で、
ーーカズちゃんも自らの持ち場に戻った。




