本山社長の独白
新郎父の挨拶も終わりホッとした。
本山社長はだいぶ酔ってきた。
おめでたい席で飲み過ぎたようだ。
トイレに行こうと立ち上がったところで、クラクラしてしゃがみ込んだ。
妻がびっくりして、すぐに従業員を呼ぶ。
「社長、大丈夫ですか」
結婚式場の支配人がすぐ駆けつけてきた。
本山は焦点が定まらないが、飲み過ぎただけだ。
何ともない。
「大丈夫だ。飲み過ぎただけだ。少し横にならしてくれ。」
本山社長は屈強な2人の従業員に両脇から抱えられて、
医務室まで連れて行かれ、横になった。
「……」
本山は横になりながら、これまでの歩みを思い出していた。
世間には伏せているが、あの自動運転技術のAIを応用して作り上げたのが『ヒト型AIロボット・カズト』だ。
自ら判断して動く車のシステムを、さらに高度な自律型へと昇華させた。
かつて袂を分かったハードバンク社と連絡を取り合うようになったのは、
皮肉にも現場の窮状からだ。
深刻な人手不足を解消するために配膳ロボットを導入するという、
業務上の必要性に迫られてのことだった。
「お父さん、大丈夫ですか」
医務室のドアが開き、新郎新婦の大河と未来が入ってきた。
本山久博は、眉間の深いしわを伸ばして陽気にふるまう。
「ダメじゃないか! 主役がこんなところに来ては。ワタシは飲み過ぎただけだ。はやく会場に戻りなさい」
……それは十数年前の2019年、新型コロナウイルスの蔓延で飲食店が大打撃を受けていた頃だ。
配膳ロボット第一号は数社相みつの上、ハードバンク社のものを導入することとなった。
あのハードバンク社と再び関係ができるとは思ってもいなかった。
三年間に及ぶ新型コロナウイルスによる売り上げの大打撃とともに、
飲食業は仕事としても敬遠され始めていた。
人手不足が加速する中で、配膳ロボットの導入は加速していく。
一店舗に一台は当たり前となった。
コロナが明けて、2024年ごろになると改良型が導入されるようになる。
2029年に導入されたカズトから配膳ロボットも第3世代となり、パワーアームが標準装備される。
今までのただ運ぶだけのロボットとは一線を画していった。
「お父さん、3人になる機会なんてあまりないと思いますので、少しいいですか?」
最近バカ坊ちゃんキャラが板についていた大河が、
素の顔になる。
本山久博は久しぶりに見た。
「ヒト型AIロボットを開発したのはお父さんですね」
――大河はいきなり核心を突いた。
「そうだ。話をしなくてもおまえは分かってくれているだろうと思っていた。第3世代のロボットからハードバンク社に入りびたり、共同開発した。特に私は人工知能の部分を請け負った。過去の研究の成果を惜しげもなくハードバンク社に提供した。わたしが研究員であった昔と、今は違う。時代が要請していたのだ」
本山久博もあっさり白状した。
体はだるいようだが、意識はしっかりしている。
「第3世代の初号機カズトに、独自の進化プログラムを埋め込んだのはお前だな?
先日の『カズト・バーニングスタイル』など、私の設計にはない動きだ」
親子が正面から見つめ合うのは何年ぶりだろうか。
同じ会社に身を置きながら、普段は社長と専務として振る舞う。
職人の父に弟子入りした息子が、父を師匠と呼ぶような距離感。
それは一番近くにいながら、最も遠い存在になることを意味していた。
「バーニングスタイルのような個別の挙動を書き込んだわけではありません。私はもっと根源的な部分を操作しただけです」
大河の目が、研究者のそれに変わる。
「あえて言えば『自我』を埋め込んだ。
それがどう発露するかは、マシン次第です」
久博は大きな目をしばたたかせた。
右手を顎にやり固まってしまった。
「AI頭脳にヒト型ロボットという鋼鉄の身体を意識させた。
つまり、『個』と『心』を意識させた。」
「そんなことができるのか?」
「わたしがCloseAI社で研究していたのは、AIのconsciousnessとidentifyなんですよ」
「そして、妻の未来みきと出会ったことによって、さらにdeepな領域に足を踏み入れようとしている。
人間は労働力として必要なくなる。
これは仕事がないとかいう次元の話ではないのです。
ヒューマンはエラーを起こす。個々の能力にバラつきも大きい」
久博の顔は驚きで、目と口が硬直して動きを失った。
「世間的には言えないが……おまえと未来さんはマッチングアプリで出会ったのではないのか?」
久博の質問は大事な話の途中なのにやや的外れのような気もするが……。
「そうですよ、お父さん。
わたしと大河さんはビジネスマッチングアプリで出会ったのよ。
マッチング率95%の最高のカップルなんですよ。
同じビジネスを嗜好したね」
未来さんが口元に軽く笑みを浮かべて答えた。
「しかし、ロボットはどうですか。
エラーを起こしてもそれを修正すればよい。
人間のように感情に支配されて乱れることはない。
そして、同じものを作れば個体間の能力差はほとんど生じない」
……ややボケ気味の久博の話を大河が戻した。
「経済市場に人間という労働力は必要なくなります。
最後は支配階級の人間だけ残るでしょうが、いつかはその人達さえも、AIロボットに支配されてしまうでしょう。
では人間はどうやって収入を作り、生計を立てて行けばよいのか?
疑問の答えはワタシには分かりません。
それは私の研究領域ではありませんからね」
そんな、無責任な。久博は思った。
しかし、20世紀の経済発展だって、その化学汚染の代償を責任取るつもりで作っていった人は誰もいない。
今でも人間は経済発展のために地球を汚染しまくっている。
その癖、そのしっぺ返しにおののいている。
進化の方向に向いているベクトルを、反対向きに戻すことは人間にはできない。
地球の環境が汚染されているからと言って、文明の利器を捨てて、原始時代の生活に戻ることはできない。
……人間には住めなくなった地球で、支配者になっているのはAIロボットではないか。
『コンコン』
「新郎新婦様! こちらにいらっしゃいますか」
支配人と久博の妻が入ってきた。
「これは親子水入らずのところを失礼いたしました。
本山社長様お具合はいかがですか?
奥様もいらっしゃったので特にお変わりがなければ、
主役の二人には会場に戻っていただいた方がよろしいかと思います」
「では、お父様。ゆっくりしててください。
大役のスピーチも終わったんでもういなくても大丈夫ですよ」
大河が微笑みながら、父に声を掛けた。
「大河さん、そんな風に言ったらダメですよ。
お義父さんありがとうございます。ごゆっくりしてくださいね」
大河の奥さんとして、未来も久博をかばった。
二人は出て行った。
いいところで邪魔しやがって。
タイミングが悪いなここの支配人も。
久博は今後とも、大河と連係する必要を感じ取っていた。
――AIロボットの進化が、自分たちのコントロールを超え始めているから。




