さようなら松井さん
翌日の営業前。
「ルンバ機能終了。waxモードオン。」
カズトが叫ぶ.
いつもなら4輪がある足元のアタッチメントが、掃除機からモップに代わりる。
――店内のモップ掛けを始めた。
「おはようございます。」
15時になると続々と従業員が出勤してくる。
本日からあおいと亮輔も復帰した。
神妙な面持ちの松井さんが、
上機嫌で滑るようにモップ掛けをしているカズトに近づいてきた。
カズトは軽快な音を立てて回転していた足元の丸モップを止めた。
「松井さんおはようございます。」
カズトの予測AIは、松井さんが何を話しに来たのかをすでに読み当てている。
「て、て、店長、お話があります。今月いっぱいで仕事を辞めさせてください」
松井さんは少しどもりながらも、きっぱりと言い切った。
「以前のようなパフォーマンスで仕事をこなせていないので、悩んでらっしゃるのは感じていました。
昨晩のような場面でも、以前ならご自分で乗り切っていましたね。
ワタシに完全にヘルプを受け渡した時点で、決断したのだと悟りましたよ。寂しいですが、仕方のないことだと理解しています。」
タイゾーはモリモリお得セットの仕込みをしながら、何気にそば耳を立てている。
松井さんの決断に寂しい感情に支配されつつあった。
次第に、流していた一つの言葉が気になり始め、大きく膨らんできた。
「寂しい⁉」
カズトは、店長として当たり前に一緒に仕事をしていた。
次第にロボットと仕事をしているという違和感は薄れつつあった。
仕事という面でこれほど優秀な店長はいないので、
変な疑念はだんだん薄れてきていた。
カズトが店長をしているのが、当たり前の日常になっていたので聞き流すところであった。
「寂しい⁈」というカズトの感情の発露は、初めて聞いたような気がした。
カズトの顔を見る。
わずかにへの字口に見える。
いやこちらがそういう目で見るから、そう見えるのか?
カズトは鋼のボディーの上半身を折り曲げて、謝意のポージングをした。
「カズトさん、あなたはロボットだが――あなたと働いていると、
前前任の店長だった羽鳥さんの面影を感じた……」
聞いていたタイゾーの心にも電流が流れた。
たしかに。
……そうか、そうなのか!
カズトと接して感じる心地の良さは、前々店長の羽鳥さんを彷彿とさせるからなのか。
タイゾーも、自分の中で感じていた、
――表現できないことが分かった気がした。
新卒の何もできなかった自分を大きな心で受け入れてくれた羽鳥店長。
その面影があるから、カズトと働いていると心地が良いのだ。
いや待てよ……。
タイゾーはもう一度考える。
カズトがこの店で働き始めたのは2年前からだ。
羽鳥店長と同時期には働いていない。
羽鳥店長の長所を完コピはできないはずだ。
でも、――カズトの肢体がロボットなのでそこに気付かなかった。
冷静に考察するとカズトの所作・言動は羽鳥店長の生き写しだ。
まさか?
羽鳥店長の所作・言動をデータ化してカズトに取り入れたのか。
タイゾーは自分の考え方が怖くなった。
誰が?
何のために?
疑念は浮かぶが、店長のロールモデルとし亡くなった羽鳥店長を選択したことは間違っていない。
その後……本日の朝礼で、
松井さんが今月いっぱいで店を辞めることが発表された。
厨房で一緒に働いていたラフマンとアディーは松井さんに声を掛けた。
松井さん、辞めるまでにワタシタチに炭焼き炉のコツを1つでも多く吸収させてください。」
松井さんは銀縁メガネの中の大きな目をしばたかせながら、頷いた。
ラフマンとアディーにとっては本格的に炭焼き炉を覚えるチャンスだ。
その分今までやっていたフライヤー・サラダ前の人員が足りなくなる。
「カズト店長、募集広告は出すのですか?」
アディーが流暢になったニホン語でカズトにたずねる。
「求人は出しません。もう手は打ってあります」
横で聞いていたタイゾーはまた呆れる。
相変わらずこの男は、――いやこのロボットは、
生き馬の目を抜くような手際の良さだ。
そして、やはり羽鳥店長の生き写しだ。
「どうするんですか?知り合いでも紹介してもらえるのですか?」
ラフマンの表情に不安そうな影が宿る。
「新しいタイプのロボットを導入します。キッチンロボットです。」
「店長みたいに焼き鳥が焼けるロボットなんですね?」
ラフマンの顔は半笑いに引きつった。
「そうです。刺身も引ける。寿司も握れる。てんぷらも揚げられる。
チャーハンも炒められる。厨房業務に関してはワタシ以上に多彩なロボットです。」
「そりゃスゲーや。ワタシタチもうかうかとはしてられない。」
ラフマンは真顔のまま笑って見せた。
月末最後の日、営業が終わるとあおいが見えなくなるくらいの大きな花束をバックヤードから持ってきて松井さんに渡した。
「今までお疲れ様でした。ありがとうございます。私達は居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店で一時期を共に過ごした仲間です。忘れないでください。松井さんはメンバーで一番の古株でした。ビッグダディでした。」
タイゾーはウルッときた。
思えばいろいろなことをこのメンバーで体験した。
今のメンバーはそれぞれ違う環境で育ってきたものの寄せ集めだが、毎日この店を運営していく中でともに汗を流した同士だと思うと少し泣けてくる。
――松井さんは飛ぶ鳥あとを濁さず去っていった。
翌日タイゾーが出勤をすると、佐山が青い顔をしてタイゾーの顔をのぞきこんだ。
「タイゾーさん、カズト店長から聞いてはいましたが想像以上ですよ。」
「何が想像以上なのですか?」
「新しいヒト型ロボットですよ。キッチンロボですよ。
ココミというんですって」
「ココミ? 女型のロボットなの?」
タイゾーは尋ねると、ユニフォームに着替えて厨房に入っていった。
なるほど。
魚をおろしながら、パリパリ芋をフライヤーで揚げつつ、キンメダイの煮つけの火入りを見ながら、昨日の残りご飯をレンチンしている。
料理経験のある程度あるものならば当たり前の同時作業だが、魚を3枚におろしながらチョットやりすぎか。人間ならば。
ロボットならばその同作業も正確にこなすというのか?
どうやらコイツは正確な作業と時間管理で、涼しい顔で同時にこなしているようだ。
ロボットに涼しい顔というのが当てはまるかどうかは別にして……。
「佐山さん、論点が違いますよ。
問題はこのロボが男型か女型かではなくて、
配膳型かキッチン型かということですよね。
……恐ろしくキッチン型ですね。
――人間にはマネできないレベルの! 」
タイゾーの顔にうっすらと畏怖の念が浮かんできた。




