本部とカズト
庭山統括スーパーバイザーは普段から感情を表に出さない男であった。
44歳になるまで、何人かの女性とお付き合いしたこともあった。
しかし結婚にまでは至らなかった。
現場で働いていたころは、店舗に女性が沢山いたので出会いがあった。
店長として長くやっていた庭山は、店舗の現場ではそれなりに頼もしく見えたのであろう、アルバイトの女性と付き合うこともあった。
――しかし長く続くことはなかった。
「何考えてるかわからない」「つまらない」
庭山が付き合った女性から言われるのはこの類たぐいの言葉ばかりであった。
7年前に本部へ入ってからは......体重は15㎏増え、
ワイシャツの下には膨れた風船が入っているようなお腹となった。
前髪というものも無くなっていき、
額が頭頂部までの面積を占めるようになった。
しかし不思議なことに、耳の周りから後ろはその縮れた髪も黒々と生い茂ったままだ。
真面目で几帳面、数字に強い。
それが庭山に対する社内の評価だ。
しかし残念ながら人望があるとは言い難く、会社と事務所を往復するだけの人生だ。
庭山はパソコンを立ち上げ、店舗に配置してある定点カメラでサイタマ新都心オオミヤ店を見た。
前日の居酒屋”新世紀”事業部の各店の売り上げをチェックして、
朝のメールをチェックをした後に、すぐこのモニターを立ち上げてみた。
......気になるからだ。
就業規則としては居酒屋”新世紀”事業部の社員の出勤時間は15:00である。しかし料理の手作り感を重視している業態上仕込みが間に合わないために、数時間前から出勤してくる社員がほとんどなのは実情だ。
社員の多くは不満を持っているが、もちろん早出残業代など明確じゃないので支給されない。
ただいま朝の9:30になろうとしている。
さすがに夜の1時まで営業している業態なのでこの時間に出勤して働いている社員などいない。
……カズトを除いては。
カズトは人間ではないから労働基準法は適用しなくても良いのですよね?
庭山は思った。
気になったので.....定点カメラの時間を逆戻ししながら見てみた。
画面に動きがあるときや音があるときはイベントフラグが付くのでそこを辿ってみる。
4時頃までさかのぼってもずっと動きがある。
どうやらカズトが自分の頭からライトのような光を放って動き回っている。
.....何をやっているのだろう?
周りは暗いので良くわからないが、何かしら仕事に関わることをやっている。
……どうやら魚をおろしている。
気持ち悪い。
夜中に暗闇の中、独りで仕事をやるな。
あいつは休まないのか?
15時までさかのぼる。
真っ暗が長い、動きのないような時間もある。
14時までさかのぼる。
もうちょっと前まで遡さかのぼると電気が点いていた。
13:45分頃が他の従業員が上がった時間のようだ。
ネコ型配膳ロボットカズちゃんの時は、電源を落として充電器をコンセントに差して帰ったはずだ。
今は自分自身で充電やエレクトロヒート(熱暴走)を管理しているのか?
完全に自立している。
そうするともう、ニンゲンに遜色ない。
おまけに腹が減ったとか、疲れたとか、
……給料が少ないとか文句も言わない。
不良店長の佐山のように、勤務態度がよろしくないということもない。
だったら、今後徐々に社員・アルバイトなど、
現場従業員はみんなAIロボットにしてしまえば良いのではないか?
庭山は考えていると落ち着かなくなってきて、
窓際にいき事務所4階から見える、シンジュクの街並みを眺めた。
すぐ下に甲州街道があり絶え間なく車は行きかう。
自分の思考がショートしてしまい、庭山はただぼんやりと外を眺めていた。
「……」
ハァーとぼんやりしている自分に気付く。
すると、庭山は何かを思い出したかのように、慌ててスーパーバイザー室を出て、階段で5階に上がり水上事業部長席へ向かった。
「水上部長すみません」
「どうした? 何か店舗で大きなクレームでもあったような顔してるな」
水上は庭山の禿頭をしげしげと眺めながら答えた。
――水上は庭山が好みではない。
庭山のことをつまらん男だと思っている。
飲みに誘うこともない。
どうせまた、自分で手に負えない意味不明のクレームでも持て余してオレのところに来たのであろう。
「どうしてサイタマ新都心オオミヤ店はロボットを店長にしたのですか? 」
「そもそもいつから、ロボットは店長をできるほどの能力になったのですか? 」
庭山の目は充血して真っ赤になっている。
とうとう我慢できなくなって、問題をドストレートに聞いてしまった。
水上事業部長は表情が一瞬固まった。
しかしそこは海千山千の現場経験でこの地位までのし上がってきた男。
すぐに口角を上げ、笑顔を作ったかと思うと、またすぐに、目をひん剥いて鬼の形相となり庭山を睨みつけた。
「数字を作るために決まってんだろう」
「見てれば分かるだろう。カズトは佐山よりぜんぜん能力が高い」
言ってしまった!
言ってはいけない事実を。
「もともとネコ型配膳ロボットは、ハードバンク社から本山社長の鶴の一声で導入されただろ。社長は何か知っているのだけど、われわれに隠してるんじゃないか」
水上はだんだん腹が立ってきた
――しゃべればしゃべるほどに興奮するタイプである。
「それに、それはお前が考えることじゃない。おまえが考えなければならないのは、今月のフェアーの売上構成比、今度の試食会の出品品目、来月の退職者の欠員補充の募集だ。この間頼んだフェアーの資料のまとめはできたんか? 」
「申し訳ございません。すぐに用意します」
庭山は慌てて、水上の席から去った。
しまった!。
考えなしに勢いだけで水上部長のところに来てしまった。
玉砕するに決まってるさ。
バカなことをしてしまった。
しかしカズトのことが気になって居ても立ってもいられなくなり、
勢い任せて足が動いてしまったのだから仕方がない。
庭山が去った後......水上事業部長も居ても立ってもいられなくなり、
窓際に行き5階からの甲州街道の車の流れを眺めた。
ちょうどお伺いをたてないといけない高額な店舗のエアコン入替工事の見積もりが上がってきたところだ。
本山専務に相談がてら、カズトも事を聞きに行ってみよう。
本山社長の息子の本山専務なら何か知っているに違いない。
本山専務は本山社長の息子で次期社長だ。
正直おばっちゃま2代目で、ろくな意見を吐かないので普段仕事上のことで相談に行くことなどない。
でも社長から直接情報を得られるので、社内の機密情報に関しては詳しい。
カズトの導入に際してもいろいろ情報を知らされているはずだ。
水上部長は本山専務が事務所にいることを確認すると、
専務室に入っていった。
「専務お忙しいところ申し訳ございません。」
「おー水上くん。どうしたの? 」本山専務は機嫌が良さそうだ。
機嫌が悪いと取りつく島もないので助かった。
専務はヒト型ロボットのカズトが導入されたいきさつはご存じですか? 」
「あー、あれはおやじが勝手にやったことだから知らんよ」
「ハードバンクの役員とうちのオヤジは仲がいいから断れなかったんじゃないの。特にあの会社の美人秘書のあーなんだっけ?かー、かすみ? かずみ? 」
「香山さんですね。」
「そう、香山、香山。さすが現場時代に店の女の子を泣かせまくった水上さんは女の名前を忘れないなー。水上さんはシンジュク店の鬼軍曹なんて恐れられてたけれど、オレに言わせれば鬼女の敵、鬼ジゴロ水上店長だったな。ハァッ、ハァッハァー」
本山専務は水上部長の顔色などお構いなしに笑った。
「おやじはあの女のハニートラップに引っ掛かったんじゃないの。訳も分からずロボットを導入する羽目になっちまった。おやじがロボットなんかに詳しいはずないじゃん。興味があったのは香山さんの方ですよ。ロボットを導入する名目で港区の竹芝オフィスタワーに週5で通ってたよ。お陰でだいぶいい仲になったらしいよ。その後の飲食コンサルタントのアメリカ研修旅行の時なんか香山さん連れてった……おっといまのは聞かなかったことにしといて」
このヒトは2代目の屈折した心情で、創業者である父親をバカにするようなことを平気で言う。
しかし、頭は良い。口が滑ったのではなく、計算づくで話しているのはこちらだって百も承知だ。
ロボットに詳しくない?
本山社長は前職、ハードバンク社のエンジニアだったと聞いたことあったような気がするが。
なぜウソをつく。
――というか社長の下半身の話なんかに興味はない。
カズトの導入時の秘密が何か分かればと思ったが、このまま聞いても本山専務主導でしか会話は進まない。
このくだらないどーでもいい話に付き合わされるのはゴメンだ。
「専務申し訳ございません! 11:00より浪江物産との商談がございました。お暇させていただきます。そのお話はまたの機会に……」
水上は踵を返した。
事実を知るには社長に聞くしかないのか?




