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本部の偵察

佐山は宙ぶらりんな気持ちで勤務していた。


元々仕事熱心ではない。




店長を降格させられて、転職したいが簡単にいくわけもない。


日々ズルズルと今の仕事をやっていても、特にストレスは感じない。




しかし、カズトが店長になってから、


仕事がやりやすい気がするのは否めない。




その通りに動けば、店は確実に回る。


考える必要はなかった。




佐山は、初めて“楽だ”と感じた。




皆が目的意識と使命を感じて働いている。




あおいは将来、母親と居酒屋を出すという目標を作った。


今まで以上に接客が明るくなり、店の看板娘となっている。




タイゾーは主任になった。


この間まで辞めたいと言っていたが、30歳までに店長になりたいという。


若い子の感情の動きは目まぐるしい。




ラフマンとアディーは元々、国に帰ったら飲食店をやるつもりで日本に来ている。


ことあるごとにカズトが料理の技術を教えてくれるので、2人はイキイキしてきた。




亮輔は3年生になったら短期留学をすることを決めた。


大学の授業で選択した第2外国語のインドネシアだ。


ラフマンとアディーの母国である。




お金を貯めるためにもバイトのシフトに多く入れてもらう必要がある。


勤務時間外でもラフマンとアディーと積極的に会話している姿が目につく。




悠斗はカズトが店長になってから仕事が面白くなってきた。


フリーターから社員になってもイイかなと思えてきた。




あと、最近あおいが話し相手になってくれるようになった。


前は佐山とばかり話していたのだが、オレにも若干興味を持ってくれて来たのかな?




松井秀幸さんは一見昔と変わらない。


ポーカーフェイスで職人気質の仕事をする。


しかし最近は時間ができたら洗い場を手伝ったり、料理を自分でお客様のところに届けたりするようになった。




自分のことしかしない職人だと思われていたのに。




佐山も朝礼でカズトから目標を立てるように言われた。


――取り敢えず「店長に復活する」ということにしておいた。




これなら文句あるまい。




佐山は思った。


カズトのコーチングで、まんまとみんなやる気にさせられている。




確かにオレは店長になってマンネリしてやる気がなかったかもしれない。


しかしこのみんなの最近の変わりようと言ったらどうなんだ。




人間関係にストレスも無くなった。


皆が目標を持ったと同時にお互いを認め合い、シゴト上も助け合い補完し合うようになった。




従業員同士で陰口を言い、自分だけやっているつもりでハタラいていた昔とはだいぶ変わった。


以前と同じメンバーなのにこうも変わるのか。




佐山は店舗の雰囲気が良くなっていることを、


気持ちでは認めたくなかったが、事実としては認めざるを得なくなってきていた。




 ◇




本日の営業も満員御礼。




カズトは先頭に立ち接客と従業員フォローに余念なく動く。




午後8時ごろとなり、忙しさもピークを迎えようとしている時、バックヤードにワイシャツ姿の男が2名立っていた。




とてもお客様の前には出せない、人相の悪い中年オヤジが2名こちらを凝視している。




水上事業本部長と庭山統括スーパーバイザーだ。




佐山はパントリーでビールを注ぎながら軽く会釈をする。


何しに来た。


仕事状況が見たいなら事務所で定点カメラでも睨めっこしてろや。






水上と庭山が目で追っているのはカズトの動きだ。




カズトが料理を運ぶときは、4輪がフル回転し猛スピードで動く。




人間のように2足歩行はできない。


逆にフラットな床だと水を得た魚のような動きを見せるのだ。




人間では絶対に追いつけない速度だ。


――追いつく必要すら、ないのかもしれない。




胴体の4つのトレーには料理を満載し、パワーアームでジョッキやトレンチに乗せた料理を運ぶ。




庭山が呟く。


「カメラで見る以上に、現実のカズトはパワフルで早い動きをしますね」




水上は大きな目を見開いて、やや唖然としている。


水上は進化した後のリアルのカズトを見るのは初めてだ。




「人間より優秀だな」


水上から思わず口をついて出たその一言が、妙に重く残った。




「最初導入されたネコ型配膳ロボットの時にはパワーアームはなかったよな」水上が呟く。




初期の配膳ロボットは、


従業員が料理を載せる。


それをロボットが目的のテーブルまで運んぶ。


お客様がみずから取る......というものであった。




それが、2年前の進化型からパワーアーム付きになり、


お値段も上がったが、かなり役立つようになった。




運んだ料理を自分の手で客席へ置けるようになったのだ。


さらには空いた席の空いたお皿を片付けられるようになった。


――これは画期的な進化だった。




料理提供や接客的要素は、人間が人間をもてなすという意味がある。


人間の活躍が付加価値を生む。


――片付け作業にはそれがない。




配膳ロボットにパワーアームが付く以前は料理提供をロボットが行い、


片付け作業は人間がやるという、


......やもすれば主従逆転のような場合も散見されていたのだ。




パワーアームは日進月歩で進化をとげ、下げ膳した後のダスターでのテーブル拭きや、調味料やアメニティーグッズの補充まで作業内容を広げた。




カズトの動きを見ていると、最後の人間による確認作業も必要としない。




水上は庭山を振り返り呟く。


「これは、進化論だ」




「……?」




「配膳ロボットはパワーアームを手に入れたことによって進化したんだ。


人間が4足歩行から2足歩行になり、自由になった手で道具を作り、脳みそが進化したように。」




「道具を使うことにより脳みそが発達し、より高度な道具を作れるようになり文明が発展していった」




「カズトも同じだ。パワーアームを手に入れ、AIを搭載され覚醒していった」




庭山はあることに気付き、聞かずにはいられなくなった。




「.......ということですと、水上部長はカズトが自らのAI頭脳で覚醒していったとお考えですか? 」




「……」




少しためて、水上は小声でささやいた。


「オレは今日、現場で初めてカズトが実際に働いているところを見て思った」




「コイツには意思がある。」


「自らの考えで行動している。」




「……確かに働いている姿を見るとそう考えたくなりますね。


人間と遜色ない。


いや、人間より遥かに優秀だ。……少なくとも佐山君より」




2人は目を見合わせた。


気づきたくないことに気付いてしまった。




佐山以上にカズトを恐れているのは、この二人なのかもしれない。


正体不明の怪獣をどう扱ったらよいのか?


社長は何か知っていて隠しているのか?


それともほんとにカズトが自ら覚醒したのか?




小一時間サイタマ新都心オオミヤ店の営業を視察した後、


庭山は他店の臨店に行き、水上はシンジュク本社に戻った。




そろそろ夜の10時になろうとしているが、社内には本山専務が残っていた。




「専務、戻りました。」




「ウッス。もうこんな時間か! もう~、オレは忙しくって帰れないのだよ。社内報の原稿は明日締切って言われるし、来週からアメリカに行く事前準備とかあるし。


水上君はいいよな、外の空気を吸えて。店は売れてました? 


あっどこの店、臨店してたの? 」




本山専務の嫌味は相変わらずだ。


自分が世界で一番利口で世界で一番忙しい男だと本気で思っている。


おめでたい性格が2代目の坊ちゃんのあるあるだ。




「サイタマ新都心オオミヤ店でヒト型AIロボットのカズトの働きぶりを見てきました」




専務は関心がない。


「そういえばあの店の、えー何だっけ。花ぶき? 花垣? 」




「花咲あおいですね」




「そうそうあのおっぱいの大きい娘。あの娘はまだ働いているの? 」


「働いております」




「いや別にわたしは気にしてる訳じゃないんですよ。わたしが臨店すると、ちゃんと挨拶してくれるのはあの店ではあの娘くらいだからね。


まぁー佐山君じゃ従業員教育が行き届かなかったんだろうね。


水上君が彼を店長から降格させたのも正しい判断かもね。


あのあおいって娘は私に気があるのかも知れないねー。


あっ、このことは内緒だよ。次期社長夫人を狙ってるのかもね。


あーいう娘は純粋そうなフリをしてそうでもないんだよ。


ワリと遊んでいるとわたしは思ってる」




本山専務はニヤニヤしながら話し続ける。


……しまった。またクソお坊ちゃんのくだらない話の沼にハマってしまう。




そうだ!


あおいにかこつけて専務にサイタマ新都心オオミヤ店へカズトを見に臨店してもらおう。




専務はカズトが実際に働いているところを見たことがないはずだ。




お気楽専務だって、実際にロボットが店長として働いている姿を見ればびっくりして考えることがあるに違いない。




「専務すみません。


花咲あおいさんとこの間話したのですが......、店長がロボットになって悩んでいるらしいです」




「なに、花咲さんは悩んでいるのか。確かに店長がロボットではメンタルに影響が出る人もいるかもしれないな。特に女性は」


本山専務は真顔ではにかむ。




「佐山のときみたいに、仕事以外のコミュニケ―ションがないのでつまらないようです。辞めたくなっているような話も聞きます。専務のご見識から見てヒト型AIロボット店長がどんなものか確認して頂き、ご教示頂きたく思います」……水上は完全に話を作った。




「わたしは予定が明日も明後日もしばらくびっしりで忙しいんだがね。水上君がそんなに心配しているのなら仕方ないな。ん~、明日は午前中に朝麒ビールサイタマ支店長がくるだろ、あさってはサイタマミライ銀行の部長が来るだろ、しあさってから大阪に3日間出張だろ……ん~でも、明日の午後ならなんとか大丈夫かな。忙しすぎると疲れちゃうんでイヤなんだけどなー。確かにロボット店長が人体に与える影響を確認しておく必要があるかもしれんな。特に女性の心と体に与える影響は甚大かもしれん」




うまいことのってくれた!


水上は本山専務に頭を垂れる。


まんまと策も労さないハニートラップにのってくれる。


地面を見ているその顔はニヤケる。




「お忙しいところ恐れ入ります。ところでカズトが人間ばりに働けるようになって, 店長にまでなるように仕込んだのは社長か専務のお導きですか?」




ここが話の核心である。


頭を上げて水上は本山専務の表情の変化を一瞬たりとも見逃すまいとする。




「オレは知らんよ。数字が上がってるからいいんじゃない。別に人間だろうとロボットだろうと結果がすべてさ。どちらでも構わない。そこら辺の視点が、君たち一般ピープルとは経営者は違うんだよ。経営はねー、マクロに宿るって幸之助の格言知ってる? 経営者は船の舵取りを間違えないことが大切でね。舵取りさえ間違えなければ船員が人間だろうがロボットだろうが船が沈むことはない。ただ、女性の心と体に甚大な影響を及ぼすというなら経営者として看過することはできん。何とか都合をつけて明日オオミヤ店に行く」




論点がずれているが......まあ良い。




「よろしくお願いいたします」


と頭を下げて笑みを讃えながら、専務室を退出した。



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