本部の対応
佐山は埼京線でシンジュクに向かった。
シンジュク駅南口から徒歩だと30分以上かかるところに、居酒屋『新世紀」をはじめ数業態の飲食店を運営する株式会社スタイルイーツはある。
南口改札を抜けて甲州街道を渡り、自腹タクシーで本部まで向かった。
7階建ての株式会社スタイルイーツ本社ビルへ入り警備員に社員証を見せ、
4階のスーパーバイザーフロアに向かう。
佐山は会議の都度に本部へ行くので慣れている。
事務所の扉を開けて右に曲がって、庭山統括スーパーバイザーの前に立った。
スーパーバイザー室には他のエリアも含めて、同じ新世紀事業部のスーパーバイザーが5名みな揃っていた。
繁忙期のゴールデンウイークの営業時間の午後6:30頃である。
庭山統括スーパーバイザーは不思議そうな顔で首を45度に傾け、こちらに向かってくる佐山を見つめた。
なぜ佐山がGW商戦の猫の手も借りたい繁忙時間にここに居るのか?
――佐山はオオミヤからシンジュクに向かう電車の中で一度頭をリセットしていた。
相手がロボットとは言え、暴力行為をしようとしたのはまずかった。
オレもヒトの親だ。
陽朗美が悲しむようなことをしてはいけない。
パパは店長で『エラいヒト」なのだから。
しかも勢いあまって、営業時間中の店を飛び出してしまった。
これもまずい。
正当な理屈を述べなければ、業務放棄ということになる。
「庭山さん、どうしても我慢ならなくて来てしまいました。この間、庭山さんは臨店してるから分かっていると思うんですけど、なんでロボットが店長なんですか?
しかも店長会議で正式な辞令も出ていませんよね」
佐山は努めて冷静に話した。
冷静に憤りは抑えつつ大きな声で、周りの他のスーパーバイザー達にもこの窮状を訴えかけるような勢いで話した。
他の4名のスーパーバイザーたちもパソコンのモニターを眺めつつ、
突然の事件に興味津々で耳をそばだてている。
他のエリアの揉め事は、お昼ご飯のときのいいおかずになる。
「庭山さんはこの間カズトと普通に話してましたよね。
これは、本部がロボットのカズトを店長と認めているということですか」
佐山はガンバって興奮して声を荒げないようにした。
興奮したら負けだ。
オレが悪者になっちまう。
「……オレは店長降格ということなんですか?
それが本部の正式な決定なら仕方ないですが」
「辞令も説明も無しに突然降格ていうのは、
労基(労働基準局)とかに行ったらどうなるんですかね? 」
佐山はニヤリと嗤わらった。
自然と顔が嗤いで歪んだ。
これはクリーンヒットだ。
うまいこと口から出てきた。
オレは職場内における不当な扱いの被害者だから、
今現在の職場放棄も正当な行為とみなされる。
しばらく沈黙があった。
長い沈黙のあと、庭山統括スーパーバイザーは相変わらずの無表情で答えた。
「……………………………………いや、これはおぼし召しということだ。」
「おぼし? 召し? 」
「そう、おぼし 召し 」
「どういうことですか? いや、どういう意味ですか? 」
「……抗ってあらがはいけない」
「この流れは止められない」
「…………………………………………見えざる力が働いているのだ」
佐山は唖然とするより他なかった。
クリーンヒットを打ったと思っていたのだが、
思わぬ伏兵にキャッチされたようだ。
神の見えざる……アダム・スミスだっけ?
オレも一応経済学部の出身だ。
庭山の意味不明な返答に、肩透かしを喰らわされたかたちだ。
もともとこのヒトは何を考えているのか分からない。
その頭頂部まで禿げ上がり、
周りだけ伸び切った禿頭を上から見下ろし佐山はため息をついた。
佐山はこの宇宙人と話しても仕方がないと判断した。
意を決して、上階の水上事業部長席に行こう。
5階の事業部長室フロアには、居酒屋”新世紀”の水上事業部長だけではなく、株式会社スタイルイーツの他の飲食業態の事業部長が4名ほどいる。
水上部長はこの会社の黎明期から鬼軍曹としてして知られる辣腕だ。
宇宙人と言われる庭山とはタイプが全然違う。
そのギョロッとした大きな目とシュッと伸びた背筋で、
常に緊張感漂う雰囲気を醸し出している。
「水上事業部長はいらっしゃいますか」
「佐山君、こんな時間にどうした! 」水上部長はすぐに反応した。
佐山は庭山統括スーパーバイザーに言ったことと同じ内容を繰り返した。
他部門の事業部長達も自分の仕事をしているフリをして聞き耳を立てている。
どうやら今晩の酒の肴さかなになりそうな揉め事が聞けそうだと。
水上事業部長は空中の1点をしばらく見つめていた。
佐山が一通りの庭山に話したときのと同じ内容の訴えを話した後、
しばらく沈黙が続いた。
そして宙を見ていた視線が流れ佐山の目を捉え、
もったいぶったように話し始めた。
「佐山君、ニンゲンとかロボットだとか言うことではなくて、仕事ができるもの・管理能力のある者・売上を伸ばして、利益を生んで、地域に愛されるスタイルイーツイズムを体現してくれるものを長となすのだよ」
水上事業部長はドスの効いた低い声で、話せば話すほど顔が赤らみ目も血走り、鬼の形相は凄みを増していった。
「サイタマ新都心オオミヤ店はもともと当社38店舗の中でも5本の指に入る売り上げの店だったことは分かっているよね。当時36歳の佐山君は若手店長の成長株だと思ってこの店に配属したのだよ。駅前の導線が多少変わったとはいえ今の売上の体たらくはどう考えているのかい? 先月までの社内ランキング分かっているよね。28位だよ。特に利益率が他店に比べて大幅に低いよね。売り上げは外部要因に左右されやすい面もあるが、利益率は完全に店長の管理能力の問題だよね。わかってるよね」
「クレーム電話とクレームメールの受託率なら社内で5本の指に入っているがね」
「ロボットがどうとか会社がどうとか、他人のせいにする前に自分自身がどういう仕事をしてきたのかを顧みる必要があるんじゃーないの? 」
株式会社スタイルイーツの黎明期から本山社長を支えてきた水上事業部長の迫力はタダものでない。
水上事業部長の気迫に気おされ、ぐうの音も出なかった。
この圧の前では反論は不可能だ。
水上部長はさらに佐山に畳みかけた。
「それより庭山君から君の黒い噂を聞いている。
証拠を精査して事実確認をするため、君を呼び出そうと思っていたところだ」
佐山は不服に不貞腐れたような顔をして、水上を睨みつけた。
「黒い噂?何のことですか」
水上はデスクの書類の山から1枚のレポートを出して佐山に渡した。
「読んでみろ」
「外国人労働者雇用に関するオオミヤ店での店長の給与不正申告…………。」
佐山は傍からもわかるほど、足が震え始めた。
心音が聞こえるかのように、鼓動も早く打ち始めた。
脳内はグルグル思考が巡る。
しかし――何も答えるべき言葉がが出てこない。
やばい、アディーとラフマンの残業代を不正申告して、自分の懐に入れていたのがバレていたのか!
脇の下から大粒の汗が滴るしたた。
何と答えれば良いのか?
一瞬のうちに書類の内容を目で追う。
アディーとラフマンの実際の労働時間と本部経理に申告された労働時間というエクセル表が添付されている。
ここまで調べられていたのか。
これではとぼけられない。
適切なウソはないのか?
計算ミス?
タイゾーが勝手に?
私の勘違い?
妥当な解答をグルグル思考する。
どれもダメだ。
シラを切り通せる言葉は浮かんでこない。
2人の賃金台帳と実際のシフト表と、申告した労働時間とタイムカードが添付されているのだ。
――証拠として堅すぎる。
一瞬のうちに全力で脳みそをフル回転させて考えたが、
シラを切り通すのはムリなようだ。
佐山は観念した。
「申し訳ございません。」
水上部長は頭を垂れている佐山を上から下まで舐めまわすように見て、
「フウ―」とため息をついた。
「正直に認めるならまぁー。君を採用したのはわたしだ。
私に見る目がなかったということだ」
「佐山君、つぎの店長会議で正式にカズトを店長に任命する。
君は一従業員としてやり直してくれ」
「そして谷口君を主任に抜擢する」
「今回の不正に関してはわたしの胸にとどめておいてやる。
その代わり、不正金は給与から天引きにしてアディーとラフマンに払う。
分かったな」
その後も深く反省を求められた後、佐山は埼京線に乗りオオミヤに帰った。それはもう、ショックとか通り越していた。
自分の不正行為が明るみに出てしまったのだから。
まったく仕事をやる気にはならなかったので、うちに帰ろうかとも考えた。
しかし、今の精神状態では妻の和美と内戦勃発になるのは間違いない。
――夜のオオミヤの街をしばらくフラフラと歩いた。
夜であるが、5月の陽気は気持ちが良い。
酔っ払いたちや若者たちの群れを見ながらしばらくグルグル歩いた。
すると――居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店、
つまり自分の店の目の前に行きついてしまった。
もう10時過ぎている。
店の忙しさもひと段落であろう。
佐山は仕事を辞めるわけにはいかない。
家族がある。
辞めるなら次を探してちゃんと転職をしなければ家族に申し訳立たない。
娘の陽朗美の前ではカッコイイパパでなければならない。
そうは思うものの踏ん切りの付かない。
佐山は店の前でしばらくたち尽くし店内の様子を伺う。
玄関のガラス越しに明かりが漏れ、店内の喧騒がうかがい知れる。
放心状態でぼんやりと立ち尽くしていた佐山の耳に、
聞きなれた電気自動車の機械音のような音が響いてきた。
佐山は我に返った。
「佐山さん、お帰りなさい」
佐山の背後からヒト型AIロボット店長カズトが声をかけた。
なぜ、ここに来たのが分かった?
なぜ、店舗入口からではなく背後から現れた?
不意を突かれた佐山は動揺した。
「佐山さんが戻ってくると思ってみんな待ってましたよ。
閉店までまだ時間があります。戻って働きましょう。」
佐山はカズトにうながされるまま店内に戻った。
店内に戻り支度をした。
しかし、バツが悪くて他の従業員と顔を合わせたくはない。
意を決せず、バックヤードでモソモソしていると――
「佐山さん、お帰りなさい」タイゾーが声をかけてきた。
怒ってもおらず、蔑んでもおらず。
タイゾーの態度は泰然自若であった。
厨房からホールに抜ける導線を歩いてホールに向かう。
炭焼き炉で上がり作業であるドローワー冷蔵庫の中を掃除している松井のおじさんと期せずして目が合った。
「お帰りなさい」
佐山は耳を疑った。
不意を突かれたので返事もできず、
モゴモゴトとその場を通り過ぎてしまった。
松井さんとは普段からほぼ会話をしない。
「お帰りなさい」と言われるとは全く考えていなかった。
不意を突かれて返事もできなかった。
「お帰りなさい」ホールにはあおいがいた。
自然な笑顔で佐山を迎えた。
佐山は皆が受け入れてくれたので安堵した。
何でだろう?
涙腺が……、潤みそうだ。
でもおかしい。そんなはずはない。
今までの流れからして、職場放棄をして戻ってきた奴なんか無視するのが普通だろう。
さてはカズトの仕業か?
でも怒りの矛先を向けることではないのだ。
お陰でココロが安定した。
閉店後、片付けもひと段落したところでカズトが佐山のところにやってきた。
「お疲れ様です。佐山さんの本部での出来事は一通り把握してます。
気持ちを整理し直して今後も働いていくのは容易なことではありませんが応援します。
今後ともよろしくお願いします」
佐山はカズトのC3POのような顔をまじまじと眺めた。
コイツ悪い奴ではない。
「佐山さんは居酒屋の従業員としてスキルは高いです。
明るく人懐っこい性格は店長向きでもあります」
「でも……。」と言って黒くて丸い目で佐山の目を覗き込んだ。
その黒くて丸い2つのものは目ではなく、カメラまたはレンズと言った方がいいものなのだろう。
レンズに移った佐山の表情はカズトの脳内CPUの中でAI分析されているのであろうか。
それとも、その画像が本部の水上さんか本山さんに送られているのだろうか?
分からない?
カズトはAI頭脳で自立しているのか?
それとも、水上事業部長か本山社長がリモートでコントロールしているのだろうか?
「仕事に真摯に向き合う姿勢を失われてしまわれたようにお見受けします。お客様を愛し、地域に愛され、美味しい料理と笑顔を提供するのがわれわれスタイルイーツのモットーであります」
「佐山さんにはつらい道のりとなるかもしれませんが、私も応援します。
もう一度店長として戻れるように一緒に頑張りましょう。応援します」
佐山はカズトの黒いレンズの中を覗き込みながら考えた。
今すぐ転職も無理だろう。
取り敢えずここで続けざる得ない。
店長の座を降りるのは悔しいが、
水上事業部長が言うようにオレの成績が振るわなかったのも確かだ。
ちょっと調子に乗っていたかな。
カズトの態度は礼儀があって腰が低い。
働いていて悪い感じはしない。
しばらく様子を見て、腹を決めよう。




