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Force  作者: Hal.t


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#005『消された者たちへの鎮魂歌』


 ルミナーク大公国――首都ルミナーク


 ザルタ連邦共和国の南西に隣接するこの国は、交易と軍事の要衝として知られ、正義軍第69支部の前線基地が置かれていた。


 その基地長室。


 重厚な執務机を挟み、二人の将校が向かい合っている。


 一人は、第69支部基地長――

 マルルク・レンツ准将。


 もう一人は、白銀の仮面を纏う男――

 クロード隊隊長、ラウール・クロード大佐。


「クロード、ご苦労だったな。ハンゼンでの働き……まさに勲章ものだ」


 労いの言葉に、クロードは静かに一礼する。


「お褒めいただき、光栄です。ただ……犠牲も出ました」


 淡々とした口調。

 だが、その声音には微かな陰が差していた。


「……相変わらず、自分に厳しいな。戦場に犠牲は付きものだ」


 マルルクはため息混じりに、報告書へ視線を落とす。


「だが、成果は十分すぎるほどだ。

 クリスタ五個中、三個を本部へ提出。残る二個は……」


「――サタンの手に渡りました」


 クロードは、仮面の奥で薄く微笑む。


「報告書の通りです」


「……やはり、か」


 マルルクの表情が曇る。


「残り二個については、こちらで対応する。

 ――その代わり、君たちには別任務を与える」


「……本部から、すでに通達を受けています」


 クロードの声が、わずかに低くなる。


「――アウトヴェルト強制収容所」


 その名を聞いた瞬間、室内の空気が凍りついた。


「ああ。アウトヴェルトは……最終任務になる」


 マルルクは深く息を吐く。


「ザルタが運営する強制収容所は複数存在する。

 まずは――ベウンツ強制収容所を制圧してもらう」


「……ベウンツ、ですか」


 クロードは小さく頷く。


「承知しました」


 静かな返答。

 だが、その奥に潜むものを、誰が見抜けただろう。


 仮面の下で、クロードはわずかに口角を上げる。


(……強制収容所。

 人が、人であることを奪われる場所)


(ふふ……実に、皮肉だ)


 正義を掲げる軍。

 だが、その正義が生むものもまた、血と絶望。


 白銀の仮面は、何も語らず、すべてを見つめていた。


(人は、戦う限り――

 決して救われはしない)


 それでも、歩む。


 それが、彼――

 ラウール・クロードという男の、選んだ運命だった。



ボルスカ共和国・クラクク中央駅


 ボルスカ共和国第二都市クラクク。

 その心臓部に位置するクラクク中央駅は、人波と蒸気に包まれていた。


 リオン、ゼロ、クラリスの三人は、首都ワルシュト行きの列車を求め、構内を歩いていた。


 しかし――


 構内放送が、無慈悲な宣告を響かせる。


「――本日も、ワルシュト中央駅復興工事のため、ワルシュト行き全車両は終日運行中止となります。お客様には――」


「えっ!?」


 リオンが素っ頓狂な声を上げた。


「どういうことだよ!? ワルシュト行き、全滅!?」


 その隣で、ゼロが気まずそうに視線を逸らす。


「あー……多分、俺のせいだな」


「……は?」


 リオンとクラリスが、同時に振り向いた。


「いや、この街に来る前、ワルシュトの駅でさ。魔女とちょっと――」


「ちょっと?」


「……暴れた」


「それ早く言えよ!!」


 リオンのツッコミが、駅構内に響き渡った。


 クラリスは、二人のやり取りを見つめながら、ふと小さく口を開く。


「……あの。コルネル様は、その後どうなったのでしょうか?」


「コルネルのことか」


「……はい」


 ゼロは軽く頷き、淡々と答えた。


「聖騎士団の聖牢局に引き渡した」


「聖牢……局?」


「捕虜や重犯罪者の輸送・収監・管理を一括して担う専門部署だ。収監先は――王立聖封大監獄。別名、《アビス・サンクトム》」


「……そうなんですね」


 クラリスは、わずかに胸に手を当てる。


 ゼロは、その表情の変化を見逃さなかった。


「……監獄って響きは悪いが、拷問とか、理不尽な扱いはねぇ。心配するな」


「そうだぞ。あいつ、捕虜として正式に扱われる。下手なことはされない」


「……はい。少し、安心しました」


 その穏やかな微笑に、リオンとゼロは一瞬、視線を逸らした。


 ――だが、次の瞬間。


「うーん……」


 リオンが腕を組み、唸る。


「列車なしか……詰んだな」


「りっちゃんに頼むか」


 ゼロが、さも当然のように言う。


「また嫌味言われるって……」


「でも、それしか手がないだろ?」


「……ぐぬ」


 渋々、リオンは通信端末を取り出した。


 プルルル……ガチャ。


「あっ、もしもし……りっちゃん? げ、元気?」


『……要件を、簡潔に』


 冷え切った声が、耳元を刺す。


「は、はい。ワルシュトへ行きたいんですが、移動手段がなくて……」


『はぁぁ……』


 深く、そして明確な「舐め息」。


『そこにいる貴方の副隊長が、またやらかしたせいでしょう』


「え、もう知ってるの?」


『当然です。で、今どこに?』


「クラクク中央駅で――」


『了解。今から手配します』


 ――チッ。


 明確な舌打ち。


「……今、舌打ちした?」


『何か文句でも? ……それと、お礼は?』


「いえっ!! ありがとうございます!!」


『では』


 ガチャ。


 無情に切れる通信。


 沈黙。


「……どうだった?」


 ゼロが聞く。


「……めっちゃ怒ってる。それに、ゼロの件も完全把握」


「情報早すぎない……?」


 ゼロは乾いた笑みを浮かべた。



セレスティア王国 首都・サンクトセレム


聖騎士団本部 聖務局


 白亜の本部庁舎。

 その一角、聖務局室。


 電話を切ったリツサ・テイラーは、机に突っ伏す。


「はぁぁぁ〜……」


 柔らかな栗色の髪。

 穏やかな微笑。

 澄んだ鈴のような声。


 ――だが、その本性は。


「また……また……手配の後の書類関係が……残業案件……」


 定時退庁至上主義者。


 そこへ、白衣を翻し、颯爽と現れる男。


 聖務局局長――エリク・ノーマン。


 知的。冷静。理知的。

 ……だが、その正体は。


「どうしたの、りっちゃん? ため息なんて珍しい」


「リオン達が、また面倒事を持ち込んできたんです」


「……そうなんだ。で!? レイは!? レイから連絡あった!? もう7時間48分だよ!? 心配で心配で!!」


「局長、シスコンモード全開です!」


「だって僕から電話しても繋がらないんだよ。心配じゃないか!!」


「今は別行動中です。それに――」


(それ、着拒じゃ……)


 心の中でだけ呟き、リツサは端末を操作する。


 ボルスカ共和国南東部 ルブレン州


国境荒野地帯・ベウンツ

 荒野に吹き荒れるのは、灰色の風。

 空を覆うのは、永久に晴れることのない鉛色の雲。


 地図上には、何も記されていない。

 だが、その“空白”のただ中に――


 ベウンツ強制収容所は存在していた。


 ――否。


 それは、施設ではない。

 そこにあるのは、隔離された死の集積場。


 ザルタ連邦共和国が極秘裏に運営する

 《完全処理施設》。


 目的は、ただ一つ。


 消去。


 国家にとって不要と判断された存在を、

 この世界から完全に抹殺する。


 ここへ送られ、生きて外へ戻った者は、

 ただの一人も存在しない。



 ――だが、今。


 その地獄は、炎獄と化していた。


 爆煙が天を裂き、赤黒い火柱が空を舐める。

 鋼鉄の建造物は悲鳴のような軋音を立て、

 次々と崩落していく。


 その中心。


 業火の中に、三つの影が立っていた。



 ひとりは、黒衣を纏う妖艶な女。


 隷従の魔女――ゾフィア・チェムナ。


 獣のような光を宿す瞳。

 微笑の奥に、底知れぬ闇を湛えた女。


 彼女の背後に控えるのは、

 五鎖フィフス・チェイン――


 “第ニの鎖” ヤクブ・ロッティ。

 “第四の鎖” ミルキー・パヴェフ。


 ――殺戮のためだけに鍛え上げられた、魔女の眷属。



「第一区域――崩壊、完了」


 ミルキーが、淡々と告げる。


「第二区域も、制圧完了です」


 続けて、ヤクブ。


 その報告を聞き、ゾフィアは満足げに微笑んだ。


「そう……ありがとう。これで、ベウンツは“終わり”ね」


 炎に照らされたその横顔は、

 慈愛と残酷さが同居する、歪んだ聖母のようだった。


「……救えなかったユタ人には、申し訳ないけれど」


 そう言って、ふっと息を吐く。


「ゾフィア様。ユタ人の遺体は、すべて第二区域の焼却炉に集積済みです」


「そう……なら、行きましょうか」


 ゾフィアは、ゆっくりと踵を返す。


「――失われた命は、取り戻せない。でも……」


 振り返り、艶やかに微笑む。


「その身体だけは、私が大切に“保存”させてもらうわ」


 その言葉に、ヤクブとミルキーの背筋が、わずかに震えた。


 死体すら、彼女の“支配”からは逃れられない。


 三つの影は、燃え盛る炎を踏み越え、

 第二区域――焼却炉へと消えていった。



 この夜、立ち昇った爆煙は、

 ザルタ連邦共和国へ向けた宣戦の狼煙となる。


 そして――


 世界は、静かに、だが確実に、

 破滅への歯車を回し始めた。



ルミナーク大公国 首都ルミナーク


正義軍 第69支部

 重厚な扉を叩く、硬質なノック。


「失礼します!」


 基地長室に足を踏み入れたのは、

 アムル・ポーカー中佐。


 執務椅子に腰掛けるのは、

 第69支部基地長――マルルク准将。


「マルルク准将。緊急報告です。

 先ほど、ベウンツ強制収容所が――」


 アムルは、一拍置いて告げる。


「“隷従の魔女”ゾフィア・チェムナにより、完全壊滅しました」


「……なに?」


 室内の空気が、凍りついた。



正義軍 第69支部 第12ルーム


 薄暗い作戦室。


 壁際の椅子に腰掛け、通信端末を耳に当てていた男が、

 ゆっくりと口元を歪める。


 ラウール・クロード大佐。


 静かに、だが、どこまでも不気味な笑み。


「……そうか。理解した」


 通話を終え、端末を置く。


 その瞳には、歓喜と狂気が渦巻いていた。


「フフ……ゾフィア・チェムナ……」


 まるで、待ち望んでいた災厄の到来を祝福するかのように。


「やってくれる……実に、実に愉快だ」


 椅子から立ち上がり、窓の外を見据える。


「――始まるぞ」


 誰に向けるでもなく、呟く。


「後戻りの出来ない、破滅の戦争が」


  薄暗い作戦室の中、白銀の仮面を纏ったラウール・クロード大佐は、静かに窓外を見下ろしていた。


 その背から滲み出る圧は、空間そのものを歪ませる。


 そこへ――


 コンコンッ。


 規律正しいノック音とともに、若い男の声が響いた。


「ジェラート・ジュール、ディアス・ロックマン。入室許可を願います」


「……入れ」


 低く、冷え切った声。


「失礼します!」


 扉を開け、二人の軍曹が同時に敬礼する。


 燃えるような紅眼を宿す、激情の剣士――ジェラート・ジュール。


 快活な笑みを浮かべながらも、眼光の奥に鋭さを秘める――ディアス・ロックマン。


 クロードは二人を一瞥し、淡々と告げた。


「――任務変更だ」


 その一言に、空気が引き締まる。


「ベウンツ強制収容所制圧任務は中止。新たな目標は――」


 クロードの口元が、わずかに歪む。


「アウト・ヴァルツ強制収容所」


「……アウト・ヴァルツ、ですか?」


 ジェラートが、鋭く聞き返す。


「ああ。先ほど、“隷従の魔女”ゾフィア・チェムナにより、ベウンツは完全崩壊した」


「――なっ!?」


 思わず、ディアスが声を上げた。


「魔女が……!? あの施設を?」


「正確には、ゾフィアと、幹部二名。たった三人で、だ」


「……三人で、あの要塞を?」


 ジェラートの歯が、ぎり、と鳴る。


「それが、敵の脅威の証左だ」


 クロードは静かに語る。


「我々は、シールス隊、カーヒル隊、ロブルスキー隊と合同。四個部隊による大規模侵攻作戦となる」


 淡々とした声音。


 だが、その内側には、戦争そのものを愉しむ狂気が宿っていた。


「今回の任務は――過酷を極める。生半可な覚悟では、死ぬ」


「……!」


 二人の背筋が、自然と伸びる。


「出発は、二日後正午。作戦決行は――十二月十四日、午前六時」


 クロードは、ゆっくりと振り返った。


 白銀の仮面の奥から覗く瞳が、不気味な光を帯びる。


「それまでに、装備・精神・肉体、すべてを仕上げろ」


「ハッ!」


 二人は、即座に応えた。


 クロードは、静かに続ける。


「……今回の戦いで功績を挙げれば、昇格も視野に入る」


 その言葉に、ジェラートの瞳が燃え上がる。


「必ず、成果を持ち帰ります!」


「俺もっす。期待、裏切りません!」


 だが――


 クロードは、どこか愉悦に満ちた微笑を浮かべていた。


「フフ……その意気だ」


 踵を返し、再び窓外を見つめる。


(――戦争は、やはり素晴らしい)


(人を試し、壊し、狂わせ、そして……“本性”を暴き出す)


 仮面の下で、クロードは静かに嗤う。


(さぁ……踊れ)


(命という名の、儚い駒たちよ)


 戦場という名の舞台は、すでに、整えられていた。



 ――地下へと続く階段を、ひとつ、またひとつ。


 踏みしめるたび、現実の気配が薄れていく。


 そこは、ボルスカ共和国が誇る神秘の迷宮――

 ヴェリチカ岩塩坑。

 ボルスカ共和国 クラクク郊外に位置する。


 淡いランプの光に浮かび上がるのは、

 岩塩のみで彫刻された回廊、礼拝堂、無数の造形物。


 床も壁も天井も、すべてが純白。

 地下とは思えぬほど澄んだ空気が、幻想世界を形作っていた。


 巨大な地下聖堂。

 天井から吊るされたシャンデリアさえ、塩の結晶。


 その聖堂の中央。


 白衣の男が、気楽そうに腰掛けていた。


 ――サタン。


 片腕を差し出し、その傷を手当てしているのは、

 艶やかな黒髪と琥珀色の瞳を持つ少女。


 ローロ・ニーロ。


 凛とした佇まい。

 静謐な空気を纏う、知性と美貌を兼ね備えた存在。


「……治療が終わっていません。勝手に動かないでください」


「えー、もう治ったかなって思ってさ」


「患者が判断しない」


「……ごめんなさい」


 ローロの冷ややかな視線に、サタンは素直に頭を下げた。


 その時――


 コツ、コツ、と階段を降りる足音。


 現れたのは、精悍な青年。


 アディレット・アリムバエフ。


「やぁ、アディ。おかえり」


「……サタン様。ゾフィアが、動きました」


 ローロの手が、一瞬だけ止まる。


「……ほう?」


 サタンの口元が、愉しげに歪む。


「ベウンツ強制収容所。

 ゾフィアと“五鎖”二名により――完全崩壊です」


 数秒の沈黙。


 次の瞬間――


「ハッハッハッハッ!!」


 地下聖堂に、狂気じみた笑い声が反響した。


「やってくれるねぇ、ゾフィア! 最高だ!」


「……笑い事じゃないわ」


 ローロが、淡々と釘を刺す。


「で、どうなさいますか」


 アディレットが、静かに問う。


 サタンは肩をすくめ、軽やかに笑った。


「とりあえず――任せよう。

 僕らは、高みの見物といこうじゃないか」


 その瞳に宿るのは、

 戦争という名の祝祭を待ち望む悪魔の愉悦。


「さぁ……世界は、どこまで壊れるかな?」


 純白の岩塩に、狂気の笑みが反射していた




 

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