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Force  作者: Hal.t


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#006「Destiny Line」

凍てついた大地の彼方、灰色の空を切り裂くように、一本の鉄路が地平線へと延びていた。


風が吹くたび、雪と煤が混ざり合い、白とも黒ともつかぬ霧となって舞い上がる。


その中心に――

巨大な鉄の門が、まるで世界の境界線のようにそびえ立っていた。

 ここ、『アウトヴェルト強制収容所』


鉄製のアーチに刻まれた文字は、皮肉にも整いすぎていて、逆にこの場所の狂気を際立たせている。


〈ARBEIT MACHT FREI〉


自由を約束するはずの言葉は、ここでは死の宣告に等しかった。


蒸気を吐き出しながら、貨物列車がゆっくりと減速していく。


金属と金属が擦れ合う耳障りな音。

そのリズムは、まるで死へのカウントダウンのように正確だった。


扉が開いた瞬間、凍りついた空気が車内へとなだれ込む。


「……降りろ」


無機質な命令が、銃口と共に突きつけられる。


泣き声。

咳。

震える吐息。


人々は番号として扱われ、名前を奪われ、尊厳を剥ぎ取られながら、整列させられていく。


遠くでは、煙突から黒煙が絶え間なく立ち昇っていた。


その煙は、雲に溶けることなく、空を覆い、太陽の光さえ遮断する。


まるでこの場所そのものが、世界から光を奪う存在であるかのように。


雪の上に残る無数の足跡。

その一つ一つが、ここへ辿り着いた者たちの「生の痕跡」だった。


しかし――


その先に待つのは、

生ではなく、

希望でもなく、

ただ、終わりなき絶望だけ。


監視塔の影が地面に落ち、まるで巨大な鎖のように収容所全体を縛りつけていた。


誰もが悟る。


ここは、

人間であることを許されない場所。


そして同時に――

世界が最も深く、静かに狂った場所であるということを。


アウトヴェルト強制収容所全景を映し出す。


無数のバラック。

幾重にも張り巡らされた鉄条網。

その中心で、黒煙が空を覆い尽くす。


静寂の中に、低く重たいナレーションが重なる。


――ここから始まるのは、

人類が決して忘れてはならない、

絶望と抗いの物語。



 ボルスカ共和国――シフォン州州都キオルツ


 乾いた風が吹き抜ける大平原。

 地平線の彼方、揺らめく陽炎を切り裂くように、二つの影が疾走していた。


 ――疾角ツインズホーン


 鹿に似た優美な肢体。

 だが、その走りは暴風そのもの。


 最高時速九十キロ超。

 数秒で全力域へ達し、その速度を長時間維持する“永続型エンジン”。


 その背に連結された馬車には、

 リオン、ゼロ、クラリスの三人が乗り込んでいた。



 昼下がり。

 三人はキオルツの食堂ベソワで休憩を取っていた。


 卓上に並ぶのは、ボルスカ伝統の料理。


 酸味の効いた発酵ライ麦スープ《ジュレック》。

 白ソーセージと卵の滋味が溶け合う一杯。


 大麦と根菜、肉を煮込んだ滋養スープ《クルプニク》。


 そして、素朴な甘みのボルスカ式チーズケーキ《セルニク》。


「……このチーズケーキ、とても美味しいです」


 クラリスが、花が綻ぶような微笑を浮かべる。


「おっ、このスープも最高だぞ!」


 リオンは無邪気に頬張りながら、親指を立てた。


「それにしても……鹿車を用意するとはな。聖務局、仕事が早すぎる」


 ゼロは苦笑する。


 リオンは皿を二枚手に取り、店先へ出ると、

 ツインズホーンに料理を分け与えた。


「……さすが、りっちゃんだな。性格は冷凍庫だけど」


「冷酷・卑劣・恐怖……聖務局の象徴」


「二人とも、言いすぎです……」


 呆れつつ、クラリスは首を傾げる。


「その“聖務局”とは?」


「ああ。うちの事務全般を一手に引き受けてる部署だ。段取りと調整の鬼が揃ってる」


「鬼……」


 苦笑するクラリス。


 だが、その時――


 リオンの視線が、ふと外へ逸れた。


 街道を進む、大型貨物馬車。

 老若男女、無数の人間が、まるで荷物のように積み込まれている。


「……なぁ。あれって」


 ゼロとクラリスも、同時に視線を向ける。


「ああ。ザルタ国管轄の《保護区域》行きの輸送馬車だ」


「保護区域……?」


「戦争と経済混乱で生活困難になった人々を保護し、衣食住と医療、就労支援を行う――建前上はな」


「……」


 リオンの眉が、わずかに歪む。


「……引っ掛かる」


「何が?」


「あの馬車の汚れ方。護衛の数。……それに、乗ってる人たちの顔」


 沈黙。


 クラリスが、そっと呟く。


「……皆さん、とても怯えた表情をしています」


「……だよな」


 リオンは、拳を握りしめた。


「決めた」


「……は?」


「俺、あの馬車に乗る」


「はぁぁ!?」


 ゼロの声が裏返る。


「ワルシュト行きだろ、俺たち!」


「分かってる。だから――」


 リオンは、まっすぐに二人を見る。


「ゼロとクラリスは、このまま首都へ。俺は、あの保護区域を確かめる」


「また単独行動かよ!」


「だって、放っておけないだろ」


 その声には、迷いがなかった。


 クラリスは一瞬目を伏せ、そして静かに首を振る。


「……危険です。リオン」


「それでも」


「……」


 張り詰めた沈黙。


 ――その瞬間。


 バンッ!!


 乾いた銃声が、空気を裂いた。


「――襲撃だ! 陣形を取れ!!」


 貨物馬車周辺が、一気に騒然となる。


 ザルタ兵が銃を構え、周囲を警戒する。


 街道の先、土煙の中から――

 黒装束の集団が、獣のように躍り出た。


 殺意が、風に乗って流れ込む。


 ゼロが、静かに息を吐く。


 リオンは、剣の柄に手をかけ、歯を見せて笑った。


「ちょうどいい。――真相、掴みに行こうか」


 クラリスは胸元のペンダントを握る。


 凍てついた平原に、銃声と怒号が交錯する。


  乾いた銃声が、街の空気を切り裂いた。


 建物の影から一斉に伸びる銃口。

 反乱兵ソーテルとザルタ兵が入り乱れ、キオルツの街路は一瞬で戦場へと変貌する。


「……!」


 反射的に前へ踏み出しかけたリオンの腕を、横から掴む手があった。


「待て、リオン」


 低く、しかし強い制止。

 ゼロの声だった。


「なんでだよ! ここで止めなきゃ――!」


「あいつら……多分、《ソーテル》だ」


 ゼロは鋭く戦況を見据えたまま、静かに言う。


「《ソーテル》……?」


 クラリスが小さく首を傾げる。


「反ザルタ連邦共和国組織。《ソーテル・ナビール・クロイツ》」


 リオンが言葉を継ぐ。


「ザルタに奪われた家族、国、人生……そのすべてを取り戻すために戦う連中だ」


「我が国でも、ザルタの悪評は耳にします……」


 クラリスの瞳に、憂いが宿る。


 その間にも、戦況は激しく揺れ動いていた。


 反乱兵側が優勢。

 だが、ザルタ兵は迅速に判断し、大型貨物馬車を守る形で後退を開始する。


「……撤退か」


 ゼロが舌打ちする。


 貨物馬車は煙幕を展開し、そのまま街路を疾走していった。


 ――その瞬間。


「決めた」


 リオンの瞳に、強い決意が宿る。


「俺、あの馬車を追う!」


「はぁ!? お前、正気か!?」


「ゼロとクラリスは、予定通りワルシュトへ行ってくれ!」


「待てって言ってるだろ!!」


 ゼロの制止も振り切り、リオンは地面を蹴った。


「クラリスのこと、頼んだぞ!」


「だから待てって――リオーーーーン!!」


 風を裂き、リオンの背中はあっという間に遠ざかる。


「……行ってしまいましたね」


 クラリスが苦笑する。


「あいつ……本当に勝手すぎる……」


 ゼロは額を押さえ、大きくため息を吐いた。



 リオンは街路を駆け抜ける。


 人混み、瓦礫、弾痕。

 すべてを縫うように進む。


 ――その時。


 地面に火花が散った。


 銃弾が、目の前に突き刺さる。


「……誰だ?」


 リオンが足を止め、視線を鋭く向ける。


 建物の影から、次々と人影が現れる。


 銃口が、一斉にリオンへと向けられた。


「なぜ、ザルタの馬車を追う?」


 先頭に立つ男が、低く問う。


「……なんだよ、お前たち」


「まずは答えろ。命が惜しければな」


 リオンは、ふっと肩をすくめた。


「気になっただけだ。あの馬車が、本当に“保護区域”に向かってるのかってな」


「やめておけ」


 男は吐き捨てるように言う。


「深入りすれば、命はない」


「え? 心配してくれてんの? 優男じゃん」


 場の空気が、一瞬だけ緩む。


「……マイク、落ち着け」


 背後から、軽い声が響いた。


 現れたのは、無造作な黒髪に穏やかな顔立ちの青年。


 だが、その瞳の奥には、幾多の戦場を越えてきた者だけが宿す、静かな狂気と覚悟が滲んでいる。


「こいつ、ザルタ兵じゃねぇ。敵意もねぇ」


 そう言って、男――マイクの肩に手を置く。


「……チッ」


 銃口が、わずかに下がった。


「誰だ、お前」


 リオンが問う。


 青年は、にっと気楽に笑う。


「ユハン・ハウストン。《ソーテル・ナビール・クロイツ》で、まぁ一応リーダーやってる」


「……リーダー?」


「そっちは?」


「リオン・リーブス。聖騎士団第七番隊隊長」


 次の瞬間。


「――は?」


「聖騎士団!?」


「七番隊!? 隊長!?」


 周囲が、一斉にざわめいた。


 ユハンは目を丸くした後、すぐに吹き出す。


「ははっ、すげぇな。噂の聖騎士団か」


 そして、興味深そうにリオンを見つめる。


「それで……隊長さんは、なんであの馬車を追ってた?」


 リオンは、まっすぐに答えた。


「――本当に“保護”されるのか、確かめたくてな」


 その一言に、ユハンの笑みが、わずかに消えた。


 戦場を生き抜いてきた男の瞳が、静かに細められる。


「……なるほどな」


 乾いた風が吹き抜け、瓦礫の影が揺れる。


  沈黙が、数拍。


 乾いた風が、瓦礫の間を吹き抜ける。


 ユハンは、リオンをじっと見つめたまま、やがて小さく息を吐いた。


「……本当に、確かめたいだけか?」


「それだけだ」


 リオンの瞳には、迷いがない。


 損得も、命の計算も、そこには存在しなかった。


 あるのは――

 ただ、放っておけない、という衝動だけ。


 ユハンは、その視線を受け止め、ほんの一瞬、苦笑した。


「……あー、くそ。そういう目をする奴、嫌いじゃねぇんだよな」


「つまり?」


「同行だ。あの馬車、俺たちも追ってる」


 周囲のソーテル兵が、ざわめく。


「リーダー、本気か?」


「聖騎士団だぞ?」


「裏切られたら――」


「裏切られたら、その時は俺が殺る」


 ユハンは、軽く肩をすくめる。


「それでいいだろ?」


 その一言で、空気が締まった。


 リオンは、わずかに口角を上げる。


「合理的だな」


「褒め言葉として受け取っとく」


 ユハンは踵を返した。


「来い、隊長。……あんたが見たい“真相”、たぶん想像以上に最悪だ」


キオルツの街外れ。


 廃倉庫と崩れた工場群が折り重なる、無法地帯。


 その地下に、ソーテルの仮拠点が存在していた。


 薄暗い通路。

 油と鉄と血の匂いが混ざる、戦場帰りの空気。


「……ずいぶん、若い兵が多いな」


 リオンが、静かに呟く。


「孤児。難民。徴発された元ザルタ兵。……帰る場所がない連中だ」


 ユハンは淡々と答える。


「俺たちは、国を持たない軍隊みたいなもんだ」


「それでも戦うのか」


「戦わなきゃ、消される」


 その言葉には、飾り気がなかった。


  地下奥。


 鉄格子に囲まれた簡易牢。


 そこには――

 貨物馬車から奪還された数名の男女が、毛布に包まれて座り込んでいた。


「……この人たちは?」


「途中で強奪した。全員、“保護区域”送りだった」


 ユハンは、低く続ける。


「だがな……」


 1人の少女が、震える声で口を開いた。


「……違う。あそこは、保護なんかじゃない」


 リオンの視線が、鋭くなる。


「何が、ある?」


「……連れて行かれた人、戻ってこない」


「……」


「噂じゃ……“選別”されて、消されるって……」


 空気が、凍りつく。


 ユハンは、壁にもたれ、目を伏せた。


「保護区域――正式名称、《アウトヴェルト強制収容所》」


 ――アウトヴェルト。


「強制収容所…」


 ユハンは、苦く笑う。


「そうだ。俺たちが追ってるのは、“保護”じゃねぇ。人間狩りだ」


沈黙。


 数秒。


 やがて、リオンは顔を上げた。


「案内しろ」


「……は?」


「その馬車の行き先まで。全部、自分の目で見る」


 ユハンは、じっとリオンを見つめ――


 そして、静かに笑った。


「後悔するぞ?」


「後悔しなかったことなんて、一度もねぇ」


「……気に入った」


 ユハンは、手を差し出す。


「地獄行きのチケットだ。隊長」


 リオンは、その手を迷いなく掴んだ。


「上等だ」


 ――その瞬間だった。


 けたたましい警報音が、地下拠点を切り裂いた。


 ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!


「――ッ!?」


 全員の表情が一変する。


 直後、通信兵が駆け込んできた。


「リーダー!! 緊急報告!!」


「なんだ」


「ザルタの増援部隊が接近中! それと――」


 一瞬、言葉が詰まる。


「……護送車両、進路変更しました」


「なに?」


 ユハンの目が細まる。


「目的地、《アウトヴェルト》へ直行……速度を上げてます!」


 空気が、凍りついた。


「チッ……最悪だな」


 ユハンは舌打ちし、即座に踵を返す。


「全員、戦闘準備!! 今すぐ出るぞ!」


「は、はい!?」


 ざわめく兵たち。


「今から追いつくのか!?」


「間に合うんすか!?」


「間に合わせるんだよ!!」


 怒号が飛ぶ。


 ユハンは振り返り、リオンを見る。


「――聞いたな、隊長」


 その瞳には、もう迷いはなかった。


「悠長に潜入してる時間はねぇ。これは――強行突破だ」


 リオンは、静かに剣の柄を握る。


 そして、口角を吊り上げた。


「望むところだ」


「いい顔だ」


 ユハンが笑う。


「その覚悟、最後まで持てよ」


「最初から、そのつもりだ」


 次の瞬間、二人は同時に駆け出した。


 地下拠点を飛び出し、荒野へ。


 吹き荒れる風。

 遠くで響くエンジン音。


 それは――

 逃げる輸送隊のものだった。


 間に合わなければ、

 すべてが終わる。


 命も、

 真実も、

 そして――救いも。


 ユハンが叫ぶ。


「追いつけ!! 一人も通すな!!」


 リオンは、ただ前だけを見据える。


 その瞳に宿るのは、

 怒りでも、正義でもない。


 ――“見届ける”という、覚悟。


 こうして――


 聖騎士団第七番隊隊長リオン・リーブスは、

 反ザルタ組織ソーテル・ナビール・クロイツと手を組み、


 “アウトヴェルト”という名の地獄へと、

 逃げ場なき運命線を、全速で踏み越えた。


 それは――


 偶然の出会いではない。


 選んだ道ですらない。


 “引きずり込まれた運命”だった。


 リオン・リーブスとユハン・ハウストン。


 二人の邂逅は――


 やがて歴史に刻まれる、

 悲劇と反逆の序章となる。


 

 

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