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Force  作者: Hal.t


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#003『運命を踏み越え自由を駆ける銀』

――ハンゼン港襲撃から、2日後。


ボルスカ共和国・首都ワルシュト。

その中心に聳え立つ、超高層ビル《ヴァルソヴァ・タワー》。


地上250メートル。

「再生と未来」の象徴と呼ばれるこの塔の45階、

無人のオフィスフロアを、一人の青年が静かに歩いていた。


白銀の髪が、空調の風に揺れる。

陽光を受けて淡く輝くその色は、現実離れした幻想を思わせた。


細身の体躯。中性的な顔立ち。

穏やかな微笑の奥に、孤独と諦観を沈めた灰青の瞳。


名を――ゼロ・エイクス。


次の瞬間。


背後の間仕切り壁を突き破り、人型の黒影が次々と現れる。

――使い魔。


殺意だけを宿した群れが、一斉にゼロへと殺到した。


「……しつこいなぁ」


気怠げに呟き、ゼロは滑るように回避する。

黒影が虚空を裂き、床と壁を叩き割る。


その時――


「すかしてんじゃねーよ」


挑発的な声とともに、一人の女が姿を現した。


深紅に近い暗色の髪。

鋭く研ぎ澄まされた輪郭と、戦場に立つ獣のような気配。


右眼を覆う黒い眼帯。

残された左眼には、狂気と執着が冷たく燃えている。


名は――カルナ・ミック。


「げっ……カルナかよ……」


「相変わらずムカつく男だな」


嘲笑とともに、使い魔が20体以上へと増殖。


一斉突撃。


凄まじい衝撃で、ゼロは背後の高層ガラスごと弾き飛ばされる。


粉砕。


夜空へ放り出されるゼロと黒影の群れ。


「……強引だな」


四十五階の縁から、それを見下ろすカルナ。


次の瞬間――

ゼロと使い魔は、隣接するワルシュト中央駅の屋根を粉砕し、改札前へと墜落した。


爆煙。


瓦礫の山の頂に、ゼロは腰を下ろしていた。


その前に、ひとりの女が歩み出る。


艶やかな黒髪。褐色の肌。

切れ長の瞳に宿る、理知と冷酷。


名を――ゾフィア・チェムナ。

異名、《隷従の魔女》。


「久しぶりだね……ゼロ」


「ボスのご登場か。魔女様」


「大人しく、ついてきてくれない?」


その瞬間、駅構内にアナウンスが響く。


『まもなく、第2ホーム3番線に、クラクク行き特急電車が到着します』


ゼロは軽く肩をすくめた。


「今から行きたい所があるから、無理だね」


「……私、束縛するタイプなの」


「知ってるよ。だから《隷従の魔女》なんだろ?」


ゾフィアの瞳が、氷のように細まる。


「――なら、従わせるだけ」


合図。


床と壁から、無数の黒影が噴き上がる。


衝撃。


ゼロは吹き飛ばされ、改札を越え、

ちょうど停車したクラクク行き特急電車へと転がり込んだ。


扉が閉まる。


汽笛。


列車は加速し、ワルシュトを後にする。


ホームに残されたゾフィアは、静かに呟いた。


「……また会いましょう、ゼロ」


その背後に、カルナが飛びつく。


「姉様ぁぁぁ〜〜っ♡」


崩壊した駅舎と、走り去る列車。


――こうして、運命の歯車は、再び大きく回り始めた。



――ハンゼン港襲撃から5日後。

ボルスカ共和国“第2都市”クラクク。


ザルタ連邦共和国の東に隣接する国、ボルスカ。

その南部に位置するクラククは、かつて首都として栄えた、500年の歴史を誇る古都である。


石畳の街路。

尖塔の影が伸びる昼下がりの中心街。

人々の喧騒と香辛料の匂いが漂う中、二人の若者が、路地裏の食堂で向かい合っていた。


銀髪の少年、リオン。

柔らかな微笑を湛えつつも、瞳の奥に翳りを宿す、どこか儚げな青年。


その向かいには、淡い桃色の髪を揺らす少女、クラリス。

気品と慈愛を併せ持つ佇まいは、まるで古い王家の姫君のようだった。


テーブルに並ぶのは、クラクク名物の料理。

外は香ばしく、中はもっちりとしたねじり輪パン《オバヴァンキ》。

酸味と肉の旨味が絡み合う発酵ライ麦スープ《ジュレック》。

湯気を立てる半月形の団子ピエロギ


「……うまいな。さすが最古の都ってところか」


感心したようにリオンが言うと、クラリスは小さく微笑んだ。


「気に入っていただけて、何よりです」


ひと息置き、リオンは箸を止めて彼女を見た。


「それで、クラリス。どこまで俺について来るつもりなんだ?」


「ここまでご一緒させていただき、感謝しています。私はここから電車で、首都“ワルシュト”へ向かいます」


「ワルシュト……。首都に、何の用だ?」


クラリスは一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに口を開いた。


「……私は、かつてその街で囚われていました。

その時、一緒に捕まっていた方を、助けに行きます」


「囚われてた……?」


驚きに目を見開くリオンに、クラリスは小さく頷く。


「サタンの傘下組織――《コアノ一族》に、です」


重く沈んだ沈黙。

その言葉が孕む危険を、リオンは直感的に悟っていた。


それでも彼は、困ったように笑って言う。


「……相変わらず、無茶するな。」


「いいえ」


クラリスはまっすぐ彼を見つめ、穏やかに、しかし揺るぎなく告げた。


「……守りたい人が、いるだけです。

幼い頃から、ずっと私の側で、私を導いてくれた――

護衛騎士、アンナ」


クラリスは微かに微笑み、しかしその瞳には強い決意が宿っていた。


「私を逃がすために、彼女はすべてを捨てました。

……ですから今度は、私が彼女を連れ戻します」


その瞳の奥に宿る決意は、静かに、確かに燃えていた。


やがて、遠くで列車の汽笛が鳴る。

運命は、再び二人を別々の道へと導こうとしていた――。

しかし、その運命を止めるようにリオンは決断する。

 

「……わかった。俺もワルシュトに行く」


リオンの言葉に、クラリスは目を見開いた。


「えっ……!? ですが、リオンはクラククにご用件が――」


「なんとかなるさ」


屈託なく笑い、リオンは自分の右肩を軽く叩く。


「それに、治療してもらった恩もある。

あの怪我、普通なら一ヶ月は安静だって言われたんだろ?」


「……ええ。驚異的な回復力です」


クラリスは呆れ混じりに微笑む。


「本当に、適当な方ですね」


「褒め言葉だろ?」


その軽口に、二人の間の空気が和らいだ。


その時――

周囲の空気が、ざわりと揺れた。


「おい……見ろよ、あれ……」

「な、なんだ……!?」

「人が……空を、歩いてるぞ……!?」


視線が一斉に空へ集まる。


石畳と尖塔が織りなす、千年の歴史を刻むクラクク歴史地区の蒼穹。

その高みを、二つの人影が悠然と進んでいた。


まるで重力の束縛を忘れたかのように――。


「すげぇ……」

「誰だ……あの二人……」

「あの女の子……カタジナの帽子屋の娘じゃない?」


人々のどよめきの中、リオンとクラリスも空を仰ぐ。


そして、銀髪の少年の姿を捉えた瞬間、

リオンの表情が凍りついた。


「……ん? あれ……」


息を呑み、目を凝らす。


「……ゼロ!?」


「え?」


クラリスが驚いて振り向く。


「リオンのお知り合いですか?」


「あぁ……悪友みたいなもんだ」


苦笑を浮かべつつ、リオンは頭を掻いた。


「……なんで、あいつがこんな所にいやがるんだよ」


――時は、少しだけ遡る。



――10分前 クラクク歴史地区・裏路地


石造りの建物が連なる細い路地。

その奥を、一人の少女が足早に進んでいた。


銀色を帯びたセミロングの髪。

職人仕立てのストローハット。

スモーキーグリーンの長袖ワンピースは、無駄を削ぎ落とした端正な意匠。


名は――リゼ。


「そこのお姉さん」


背後から、護衛兵の軽い声がかかる。


「どちらへ?」


「旧市街広場に」


「そうか。ちょうど昼休みでね。一緒にどうだい?」


「……結構です」


「固いこと言わずさ――」


その瞬間。


「ごめん、待たせた」


柔らかな声とともに、一人の青年がリゼの肩に手を置いた。


「行こうか」


そのまま歩き出す二人。


「ちょっと待て!」


護衛兵が呼び止めた刹那。


青年は、右手の人差し指をくるりと回す。


「――マウィ」


次の瞬間、護衛兵の体が操られたように回転し、

自ら前のめりに倒れ込んだ。


「……足元、気をつけて」


軽い言葉を残し、青年はリゼを連れて去る。


「……ありがとうございました。でも、もう――」


「ごめん。少しだけ付き合って」


青年は、振り返らずに言った。


「次は、俺が追われてるんだ」


「……え?」


背後に現れる、異形の影。


黒服に身を包んだ、人ならざる従者たち。


「……あれは?」


「《隷従の魔女》の使い魔」


青年は苦笑する。


「ちょっと、彼女に目をつけられててさ」


「えぇっ……!?」


「自己紹介がまだだったね。俺は――ゼロ」


そして、空気が張り詰める。


前方にも、黒影。


「……まずい。挟まれた」


ゼロは振り返り、リゼに微笑む。


「少し、飛ぶよ」


「……え?」


「――フロート」


その瞬間、足元の感覚が消えた。


二人の体は宙へと浮き上がり、

黒影の包囲を一気に突破する。


高度、約十メートル。


街の上空を、歩くように駆け抜ける。


「……そ、空……歩いて……」


呆然と呟くリゼに、ゼロは楽しげに笑った。


「初めて?」


その光景は、瞬く間に街中の視線を釘付けにした。



――現在


「リゼ?……」

「何者だ……!?」

「隣の子、カタジナの娘じゃないか……」


騒然とする街。


ゼロは、気まずそうに頬を掻いた。


「……目立ちすぎたね」


「い、いえ……」


「旧市街広場だったね。送るよ」


二人はそのまま、空を渡っていく。



――ボルスカ共和国・首都ワルシュト


ヴァラヌス宮殿庭園


幾何学美を極めた回廊と、噴水の音が交差する庭園。


その中心に、ひとりの女性が佇んでいた。


艶やかな深紅の髪。

幼さと妖艶さを併せ持つ、美貌。


名は――ゾフィア・チェムナ。

異名、《隷従の魔女》。


「あの子……本当に手が焼けるわね」


背後に控えた執事が、静かに告げる。


「ゾフィア様。コルネルが、クラククへ到着しました」


「そう……」


ゾフィアは、紅い唇を微かに吊り上げる。


「使い魔も預けた。……これで、逃げ場はないわ」


彼女の瞳が、愉悦に歪む。


「――さぁ、踊りなさい。ゼロ・エイクス」


クラクク旧市街広場。


昼下がりの陽光が、石畳を黄金色に染めていた。

鐘楼の澄んだ音と、人々のざわめき。

商人の呼び声と、音楽師の旋律。


古の記憶と、今を生きる鼓動が交差する――

王国随一の賑わいを誇る大広場。


英雄も、商人も、傭兵も、旅人も。

すべてが等しく、この石畳の上に立つ。


――クラクク旧市街広場。

それは、歴史と現在が交錯する、王国最大の舞台。


その空へ、ふたりの影が舞い降りた。


白銀の髪を揺らす青年と、ストローハットを被った少女。


「送っていただき、ありがとうございました」


深く頭を下げるリゼに、ゼロはただ微笑み、何も言わず踵を返す。


胸の鼓動を抑えきれぬまま、

リゼは行きつけのカフェ《コジョウ》の扉を押した。



「やぁ、リゼちゃん。いらっしゃい」


「こんにちは、マスター……いつものを」


「今日は顔が明るいね。何かいいことでも?」


「えっ!? そ、そんな……」


頬を染めるリゼ。


その直後、客たちが次々と雪崩れ込む。


「見たか!? 空歩いてたぞ!」

「さっきのだろ!?」

「絶対能力者だよ、間違いねぇ!」

「Forceだろ?……神話の話だろ?」


店内が一気に沸き立つ。


「一緒にいた女の子……カタジナの娘じゃないか?」

「カタジナ、昨晩また酒場壊したらしいな」


「――おい」


マスターの一喝。


男たちはリゼに気づき、気まずそうに視線を逸らして店を出た。


「……気にするな」


「はい……ありがとうございます」


その時、カウンター席の男が静かに口を開いた。


「君……さっき、ゼロと一緒だったね?」


振り返るリゼ。


「えぇ……」


「ゼロは、どこへ?」


「別れたばかりなので……まだ、お近くかと」


「そう……ありがとう」


男は会計を済ませ、静かに店を出ていった。


赤を基調とした装い。

鍛えているとは言い難い体躯。

だが、その背中から放たれる異様な威圧感。


その正体――

《隷従の魔女》の配下、コルネル。

懸賞金880Gを懸けられた、国際指名手配犯。



旧市街広場に隣接する丘陵の頂。


霧を纏い、白亜の巨城が空を裂くように聳えていた。


――ヴァルヴェイン城。


かつて、王が戴冠し、神に誓い、世界の運命を裁いた城。

今は空白となりながらも、

王国の記憶と、封じられた災厄を抱え続ける場所。


過去の栄光と、未来の脅威。

その狭間に佇む、沈黙の城。


そこへ向かい、ゼロはひとり歩いていた。


石畳を踏みしめる足音。


――その背後から、声がかかる。


「……元気か、ゼロ」


振り向いた先にいたのは、

黒髪の少年――リオン。


ゼロは一瞬目を見開き、そして、微笑んだ。


「よう、リオン」


旧友の名を呼ぶ声は、

この街の喧騒の中で、確かに運命の再会を告げていた。


再会は、いつも唐突で、そして必然だ。


逃れ続けた過去。

追いかけ続けた宿命。

交わるはずのなかった道が、今、静かに重なった。


この瞬間を境に、

止まっていた歯車は、再び軋みを上げて回り出す。


リオン・リーブスとゼロ・エイクス。

それぞれの背に刻まれた痛みと誓いは、

やがて、世界の運命を揺るがす奔流となる。


これは――

自由を渇望する者と、守るために剣を取る者が、

同じ空の下で再び巡り会った、運命の始動点。


嵐は、すでに兆している。


その名は――

《隷従の魔女》ゾフィア・チェムナ。


そして、

彼女の差し伸べた鎖は、

この街すら、飲み込もうとしていた。


――だが。


抗う意思は、まだ折れてはいない。


白銀は、空を裂き、

黒髪は、大地を蹴る。


ふたりが再び並び立つ時、

世界は――否応なく、変革を迎える。

 

 

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