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Force  作者: Hal.t


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#002『混沌の幕−上がる』

白亜の城に、穏やかな陽光が差し込んでいた。


高窓を透過した光が、大理石の床に淡い影を落とし、静謐な回廊を満たしている。

鳥のさえずりが、遠くから微かに届く。


その穏やかな空気の中。

ひとりの男だけが、世界から切り離されたかのように椅子へ身を預けていた。


道化師めいた白のスーツとマント。

中性的で細身の肢体、白磁の肌。

紫の双眸だけが、闇の底で妖しく輝いていた。


――サタン。

人々が“闇の奇術師”と呼ぶ男。


指先で揺らすティーカップ。

濃厚な赤褐色の液体が、静かに波紋を描く。


「……ん。やっぱり、いい」


満足げな吐息とともに、微笑が浮かぶ。


「ザルタの紅茶は、実に素晴らしい。ねぇ、アディ」


扉際に佇む影――

漆黒のスーツに身を包んだ護衛、アディレット・アリムバエフ。


「またですか。毎日、そればかりですね」


「気に入ったものは、徹底的に味わう主義でね」


くすり、とサタンは笑い、視線を上げる。


「それで……ハンゼンの“件”は?」


一瞬の沈黙。


「――最悪の展開になりつつあります」


サタンの指が止まった。


「続けて」


「正義軍の戦艦二隻が、港沖に展開。

 クロード隊が、工場区域への強襲を開始しています」


名を聞いた瞬間。

紫の瞳が、愉悦に細められた。


「……クロード、か」


サタンはゆっくりと立ち上がり、白いシルクハットを手に取る。

その仕草は、まるで舞台へ向かう役者。


「これは――面白くなってきた」


帽子をかぶり、唇に笑みを刻む。


「アディ。少し、ハンゼンまで散歩といこう」


「……了解しました」


影のように従うアディレット。


二人の足音が、穏やかな陽光を差す城内へと溶けていく。


――それは、惨劇の幕が上がる合図だった。


 

――ハンゼン港・倉庫内――

戦場の中心。

崩れ落ちる瓦礫と火花の中で、リオンとアレンは、無言のまま対峙していた。


言葉は、いらなかった。

視線が交差した、その一瞬だけで、互いの存在を深く刻み込む。


――次の瞬間。


ドォォン!!


轟音とともに爆炎が吹き荒れ、視界が一気に白煙に覆われた。


「――ッ!」


粉塵と熱風の中、アレンの通信機が震える。


『アレン、そっちの状況は?』


ジェラート軍曹の冷静な声。


「残り二つのクリスタは、ラスティが回収。すでに離脱中だ」


『……任務完了だな。これ以上、戦場が荒れる前に帰還しろ』


「……了解。今から戻る」


一瞬だけ、視線を前方へ。


そこには、まだ煙に包まれた“何か”の気配。


アレンは歯を噛みしめ、踵を返した。


その背中が、戦火の中へ溶けていく。


やがて、爆煙がゆっくりと晴れる。


――そこに、アレンの姿はなかった。


瓦礫の間に立ち尽くすリオンが、小さく息を吐く。


(……今のは)


名も、素性も、何ひとつ知らない。


だが――確かに感じた。


運命が、噛み合った音を。


リオンは、遠ざかる戦場の轟音を背に、静かに拳を握り締めた。



――ハンゼン港湾区・裏路地。


2つのクリスタを抱え、ラスティ伍長は瓦礫の間を駆け抜けていた。

息は荒く、鼓動は耳鳴りのように響く。


その進路を、影が遮る。


「……」


気配すら感じさせず、そこに立っていたのは――アディレット・アリムバエフ。


「貴方が持っているのは……」


視界に捉えた瞬間、ラスティは即座に悟る。

敵。しかも、規格外。


「……アディレット・アリムバエフ!!」


反射的に銃口を突きつけ、引き金を引く。


――乾いた銃声、2発。


だが、弾丸は虚空を切り裂くだけ。

アディレットの姿は、すでに別の位置にあった。


「……私の質問に、答えていただけますか?」


次の瞬間、首元に走る衝撃。


「ぐっ……!」


視界が跳ね、地面が遠のく。

アディレットの指が、鉄のような力で喉を締め上げていた。


「もう一度聞きます。貴方が持っているのは……何ですか?」


「はっ……離せ……!」


小さく息を吐き、アディレットは無感情に告げる。


「……質問に答えるのは、礼儀ですよ」


――ボキッ。


鈍い音が、静寂に響いた。


力を失ったラスティの身体が、操り糸を断たれた人形のように崩れ落ちる。


アディレットは一瞥すらくれず、床に転がるクリスタへと視線を落とした。


「……なるほど」


それだけ呟き、2つのクリスタと共に影は闇に溶けた。



――ハンゼン港・倉庫区域。


爆炎と轟音が交錯する戦場を、リオンは駆け抜けていた。

その進路を――ふいに、一つの影が塞ぐ。


「やあやあ。こんなドンパチの中で、君はどこへ急いでいるのかな?」


軽薄な声。


次の瞬間、目の前に立っていたのは、見慣れぬ男だった。


「……誰だ?」


「おっと、これは失礼。自己紹介がまだだったね」


男は芝居がかった仕草で一礼する。


「私の名は――サタン」


「……っ!? お前が……サタン!?」


反射的に胸ポケットから写真を取り出し、見比べる。

だが、そこに写る顔と、目の前の男は、似ても似つかない。


「……別人じゃねぇか」


その瞬間。


「ふぅん、懐かしいねぇ。それ、ソリゴルンの時の僕だ」


耳元で囁く声。


「――!?」


気配すらなく、背後に立っていた。


咄嗟に距離を取るリオンに、サタンは肩をすくめて笑う。


「そんな警戒しなくてもいいじゃない。私、逃げたりしないよ?」


にやり、と悪戯っぽく口角を上げる。


「それともなに? 加齢臭でも漂ってる? 最近ちょっと気にしてるんだよね〜」


爆炎の中、不釣り合いな軽口。

だが、その笑みの奥に潜む“底知れなさ”が、リオンの背筋を凍らせた。


「――探す手間が省けたな」


「おや? 私にご用件ですか?」


次の瞬間、リオンが地を蹴った。


「要アリだよ!」


鋭い蹴撃。

だが、サタンは片手でそれを受け止め、軽く弾く。


「ところで君、名乗りもしないで蹴りかかるのは、少々無作法じゃありません?」


交錯する拳と蹴り。

互いの間合いは、一瞬たりとも止まらない。


「俺は――リオン・リーブス。聖騎士団だ」


その名を聞いた瞬間、サタンはふっと口元を歪めた。


「……へぇ」


「なに笑ってんだ。気色悪いぞ!」


放たれた拳を、紙一重でかわすサタン。


「これは失礼。不快にさせてしまいましたか。それで――私に何の御用でしょう?」


「色々と聞きたい。とりあえず、大人しく捕まれ」


「それは困りますねぇ。私はS.E.N.T.ユニオンとは、極力関わりたくない主義でして」


「なら――」


リオンの瞳が鋭く光る。


「武力制圧だ」


「ひゃあ、怖い怖い」


サタンは愉快そうに笑いながら、静かに戦闘姿勢へと移行した。


「――舐めるな!」


リオンは地を蹴り、再び間合いを詰める。


「……ふむ。じゃあ、少しだけ“お返し”を」


サタンの声色が、わずかに変わった。


ぞわり、と空気が歪む。

本能が、危険を告げる。


「……っ!」


サタンは指を鳴らし、芝居がかった笑みを浮かべる。


「イッツ・ショータイム!」


瞬間、空間が反転した。

彼を中心に、不可視の結界が半径二キロに展開――世界そのものが、舞台へと塗り替えられる。


「さぁ……開演だよ、リオン・リーブス」


「いちいちフルネームで呼ぶな!」


踏み込もうとした刹那。


「――プッシュ」


サタンが指先を跳ね上げる。


轟音。

リオンの足元の地面が槍のように隆起し、顎を撃ち抜いた。


「――ぐっ!」


宙へ跳ね上がる身体。


「お次は――レジービング」


サタンの右手に、いつの間にか黒い傘が現れる。

その先端が、リオンを捉えた。


「バーン」


乾いた音。

次の瞬間、銃弾がリオンの右肩を貫いた。


「――があぁっ!」


血飛沫が舞い、リオンの身体が宙で弾かれる。


「はは……いいリアクションだ。やっぱり、舞台はこうでなくちゃねぇ?」


宙に弾き飛ばされたリオンへ、サタンは影のように追撃した。


次の瞬間――

上から踏みつけるように降下。


「――っ!!」


サタンはそのままリオンに跨がり、傘の先端を撃ち抜かれた右肩の傷口へ深々と突き立てる。


「ぐ……あぁぁぁっ!!」


地面に押し倒され、逃げ場はない。

傘の刃が肉を抉り、骨を軋ませる。


「どうかな? 敗北の味は――」


ぐり、と傘が回転し、傷口をさらに広げた。


「――――ッ!!」


リオン・リーブス(未来の欠片)を失うのは、私としても惜しいんでね」


「……ふざけるな……!」


リオンは歯を食いしばり、傘を掴む。

次の瞬間、掌から紅蓮の炎が噴き上がった。


「――焼けろッ!!」


炎に包まれた傘を、サタンは咄嗟に手放し後退する。


「ほぉ……君も“Force”持ちか」


リオンはふらつきながら立ち上がり、血に染まった肩を押さえた。


「俺は――炎のForceを操る」


「それはそれは……実に面白い」


「なら、もっと面白くしてやる!!」


左腕を振り上げると、紅蓮の奔流が腕を包み込む。


「――火炎・放射!!」


轟音。


炎は暴流となって解き放たれ、サタンだけでなく周囲の倉庫群をも呑み込んだ。

鉄骨は融け、コンクリートは爆ぜ、爆炎が港一帯を照らし出す。


「――やったか……?」


だが。


揺らめく炎の影から、白いシルエットが歩み出る。


無傷。

埃一つ、付いていない。


「うん。合格点。でも――」


サタンは愉しげに微笑んだ。


「――残念。舞台に立つには、まだ役不足だね」


その瞬間、リオンの背筋を凍りつくような恐怖が貫いた。


(……格が、違う……)


圧倒的な実力差。

抗いようのない絶望。


それでも、リオンは拳を握り締める。


(――まだ、終われない)


「おっと……まだ、やるつもりかい?」


背後から響く声に、リオンの肩が跳ねた。


「……っ!」


「残念だけど、私も暇じゃなくてね。ただ――部下の仕事に付き合っただけさ」


「逃げるのか……?」


「違う」


サタンは愉しげに首を傾げる。


「君が一番わかっているだろう?

――今の君では、私には届かない」


その言葉に、リオンは何も返せなかった。

ただ、拳を握りしめることしかできない。


それを見て、サタンは満足げに微笑む。


「いい子だ……それじゃあ、また会おう」


指を鳴らす。


「――トレス、ドス、ウノ」


白煙が爆ぜ、視界を覆った。

次の瞬間、そこにいたはずの男の姿は、跡形もなく消えていた。


静寂の中、残されたのは――


焦げた大地と、崩れ落ちる倉庫群。

そして、己の無力さを噛み締めるリオンだけだった。


―シュライザー・シュタット 屋上―


夕焼けに染まる空の下、

爆炎と黒煙に包まれたハンゼン港を見下ろしながら、

サタンは静かに佇んでいた。


その背後に、影が音もなく降り立つ。

アディレット・アリムバエフ。


「……どうだった?」


「申し訳ありません。回収できたクリスタは、2つのみ」


「十分さ。残り3つは――正義軍の手か」


「すぐに艦隊へ侵入し、奪還を――」


「いや、いい」


サタンは夕焼けの彼方へ視線を投げた。


「渡しておこう。あれは、まだ“育てる段階”だ」


「……承知しました」


しばし沈黙。

やがてサタンは、軽く肩をすくめる。


「アディ。戻ろうか。……その前に、ローロの所へ寄り道していい?」


「なぜですか?」


「少しね。右腕を、火傷しちゃって」


「……サタン様に傷を負わせるとは、何者ですか?」


サタンは楽しげに微笑んだ。


「――未来の希望、かな」


夕闇が2人を包み込み、

次の瞬間、そこには誰の姿も残っていなかった。


―ハンゼン港・テルメ川沿い―


小型軍用ボートの上。

アレンは、崩壊した戦場を横目に、クロード大佐の待つ戦艦へと向かっていた。


(……あれは、リオン……だよな?)


脳裏に焼き付いた、煙の中の面影。

幼い頃の親友――リオン・リーブス。


沈黙に沈むアレンへ、部隊員が声をかける。


「アレン曹長! ジェラート軍曹、ディアス軍曹、コイル伍長は無事帰還しました。……ですが、ラスティ伍長が未帰還です。一緒では?」


「……え?」


ラスティは、2つのクリスタを携え、先に脱出したはずだった。


その瞬間、戦艦から無線が割り込む。

艦長アンデリック・アザール少佐の硬い声が、全回線に響いた。


『こちら第67号艦。艦長アンデリック・アザールだ。今回の作戦により、クリスタ3つの奪取に成功。しかし、重大な損失が発生した』


一拍の沈黙。


『クロード隊所属、ラスティ・マクラー伍長。

LKP――北緯53°32′46″北、9°58′08″東、ハンゼン港第3埠頭付近。15時を最後に連絡途絶。

――ただいまをもって、MIA(消息不明)と判断する』


戦艦内で、空気が凍りつく。


「……嘘だろ」


ディアスが首を振り、

ジェラートは歯を食いしばり、壁を殴りつけた。


「くそっ……!」


コイルは声を殺し、涙を零す。


「……ラスティ……」


ボートの上。

アレンもまた、言葉を失ったまま、拳を強く握り締めた。


「……ラスティ……」


沈みゆく夕陽が、

戦場と、失われた仲間の名を、赤く染め上げていた。



ハンゼン港を襲った、一日の惨劇。


正義軍クロード隊による強襲作戦は、

違法に流通していた人工フォース結晶クリスタの奪取という、

表向きの戦果を手にすることで幕を閉じた。


だが――

その代償は、あまりにも大きかった。


爆炎に呑まれた港湾施設。

瓦礫と化した倉庫群。

市街地へ広がった炎と混乱。


そして――

帰らぬ仲間、ラスティ・マクラー伍長。


戦果として回収された《クリスタ》三つ。

だが、闇の中へ消えた二つの結晶と、

姿を現した“闇の奇術師”サタンの存在は、

この戦いが、ただの摘発作戦ではなかったことを示していた。


再会した二人の少年――

アレン・ユーキとリオン・リーブス。


交わるはずのなかった運命の歯車は、

この港で、確かに噛み合った。


友情と宿命。

正義と混沌。

秩序と破壊。


それらすべてが、

今、静かに、そして確実に動き始める。


この日、ハンゼン港で起きた出来事は、

やがて世界を揺るがす大戦の、

ほんの――序章に過ぎなかった。


――後に、人々はこの事件をこう呼ぶ。


「ハンゼン港襲撃」


それは、

“正義”と“闇”が、本格的に激突する時代の、

幕開けの名であった。


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