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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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28/29

《古運河の残骸路》

 休息日を挟んだ翌日。

 まだ街が完全に動き出す前。

 俺たちは宿を出て、東側へ向かった。


 下級ダンジョン《古運河の残骸路》。


 レファルの東方に広がる、水路跡の下級ダンジョン。

 かつてこの地には、レファルの前身となる小さな街が存在していた。


 だが、近隣に複合型ダンジョンが発生したことで状況は一変する。

 魔物の発生頻度が急増し、街は維持できなくなった。

 住民たちは避難を余儀なくされ、街は放棄せざるを得なかった。


 その後、役目を失った運河と街の残骸は長い間放置される。廃墟に魔力が溜まり、やがてダンジョンとして定着した。

 それが《古運河の残骸路》である。


 現在の内部は、崩れた水路と半壊した石橋、泥と水の溜まり場が延々と続く。

 地形は単調だが足場は悪い。

 見通しも決して良くない。


 出現する魔物の大半はスライム系統。

 動きは遅く、攻撃性も低い。


 加えて、コボルトの姿も確認されている。

 こちらは罠を張るだけ張って姿を現さない臆病な個体が多い。

 人の気配を察知すると、即座に逃げへと徹する。

 たとえ戦闘になったとしても苦労することはない。


 そのため、下級ダンジョンに指定されているが、戦闘難易度自体は極端に低い。

 敵との正面衝突を想定するだけなら、この街でも指折りに安全な部類だ。


 初心者向けダンジョンとして、冒険者ギルドから紹介されることもある。

 罠の存在。足場の悪さ。敵に有利な地形。

 この三要素を学ぶには、うってつけの環境だ。


 ただし、人気はない。

 理由は二つある。


 一つ目は立地。

 街から徒歩で二日掛かる。

 同程度の難易度を持つ《陽だまり溢れる麦畑》が街から二時間で到達できる。

 距離の時点で勝負にならない。


 二つ目は報酬の地味さ。

 主なドロップはスライムの核。

 コボルトの罠から回収できる矢や部品も換金額は低い。

 依頼内容も素材回収や罠撤去が中心となり派手さとは無縁だ。


 結果として、ここを訪れる冒険者はほとんどいない。

 今では「誰も来ないから危険が少ない」という、少し歪んだ評価だけが残っている。


 ここはそんな場所だからこそ、ライカの良い練習場所となる。


「今日は戦闘より、確認だ」


 入口で、俺はそう告げた。


「罠を見る。罠を避ける。罠を解除する。

 敵に有利な場所でどう動くか。それを覚える」


 ライカは真剣な顔で頷く。

 サガルフも盾を構え直した。


「今回は、ライカの索敵能力向上を。サガルフは奇襲からの戦闘の感覚を掴んでいくことを目指す」

「うん」

「はい!!」


 そこから一歩踏み出し、迷宮の中へと踏み入れる。


 崩れた石造りの水路が薄暗い奥へと続いている。

 足元は湿っている。

 踏み込むたびに泥が音を立てた。


「……歩きづらい」


 ライカが眉をひそめる。

 所々にある足首ほどの水たまり。

 崩れた石畳が交互に続く。

 見通しは悪くないが、足場が不安定だ。


「ここはな、敵より罠の方が厄介だ」


 俺は水溜まりを飛び越える。


「スライムは遅いが、水に溶け込んで見えない。そして、罠だけ仕掛けたら逃げる臆病なコボルト。この地形に相まって、いやらしいダンジョンになってんだ」

「ここは、難しい?」

「いや、罠さえ分かれば大したことねぇ」


 ライカは小さく頷く。

 視線が自然と地面へ落ちていた。

 俺は見覚えのある水溜まりにニヤリとする。


「ライカ」

「ん?」

「もう2歩、前進」


 ライカは言われた通りに足を進める。

 次の瞬間、ライカの足元が抜けた。


「わっ」


 短い悲鳴と共にライカの姿がそのまま下へ消えた。

 数秒後にライカが水面から顔を出す。


「ライカ、生きてるか」

「……うん。エレウス、最低」


 恨めしい顔をしながら、こちらを睨む。


「ぬるぬるしてる……やだぁ……これ」

「スライム風呂だな」

「最低」


 ライカは這い出でるとヌメっとした液体が辺りに散らばる。

 穴の中を覗くと、膝下ほどの浅い水たまり。

 さらに奥底には半液状のスライムが溜まっている。

 攻撃性はない。ただの嫌がらせの罠だ。


「悪かったって、ほら」


 ライカの全身を魔法で生成した水で洗い流す。

 水は元の穴へと再度流し込み、風魔法で乾かす。

 乾かすにはしばらく時間が掛かるだろう。


「気持ちいい」

「それは良かった」

「これくらいやらなきゃ、ダメ」

「ごめんて。罠にかかるのも経験だからよ」

「それなら、言って欲しかった」


 ライカは少し恥ずかしそうにロープを掴んだ。

 引き上げると、服の裾がまだ湿っている。

 この時間を使い、ライカとサガルフにこちらに注目するように、俺は地面を指差した。


「今のは何が変だった?」


 ライカは視線を落とす。

 しばらく黙ってから言った。


「……石の並び、ちょっと綺麗すぎた」

「正解だ」


 俺は頷く。


「罠を仕掛けるとどうしても何かしらの部分を弄らないといけない。だから、溶け込ませようとして直す程に整って見える時がある。今回は石の並びがおかしかった。これは掘り起こした後を保全した後ってわけだな。じゃあ、お前ら。あの壁はどうだ?」


 壁へと視線を向け、必死に違いを探す二人。

 ライカの服が乾いたのを見て、魔法を解除する。

 それと同時にサガルフが声をあげる。


「あっ、穴が決まった場所に空いてますか?」

「良い眼だな。正解」


 一見不規則に組まれている石の壁だが、老朽化の影響で崩れている場所がある。穴が空いていたり、表面が色褪せていたりしている。

 今回見つけたのはその中で等間隔に空けられた穴。


「サガルフ、そこの右の穴に盾を構えたまま進んでみろ」

「この感じ、あれですよね?」

「何事も身体で覚えるもんだ」

「そ、そんなぁ……」


 俺の指示にサガルフは恐る恐るながらも1歩ずつ前に進む。その穴から1m程の距離になった時。

 穴の中から何かが飛び出す。

 サガルフはすかさず盾で弾くと金属音が響いた。


「矢が飛んできた?」

「ああ、コボルトお手製の矢罠だな」

「魔物がこんな罠を作るんですか」


 サガルフは驚いた顔をしてこちらに問う。


「最初は驚くよな。だがな、知性がある魔物程こういった罠を仕掛けてくる。下級や中級ダンジョンぐらいなら、その程度で済むが、上級ダンジョンになれば戦闘力もある。こういった類の魔物がダンジョン探索では非常に厄介だ。覚えておけ」

「はい!!」

「うん」


 サガルフは元気よく返事をし、ライカも頷く。

 二人はあれこれと視線を向け始める。

 良い傾向だ。


「あっ」


 ライカが声を出す。

 視線の先には足首ほどの高さに糸が張らされている。

 サガルフもそれを見つけるとこちらを見上げる。


「これは?」

「足を引っかければ分かる」

「まさか」

「おう、そのまさかだ」


 俺はその糸に足を掛けると、鈴の音のようなものを耳が捉える。

 しばらくの間、待っているが何も起こらない。


「これ、罠じゃない?」

「もうちょい待ってな。じきに分かる」


 俺がそう言った瞬間。

 ピタリとサガルフの身体が震える。

 盾がわずかに前へ出る。


「……右、上」


 サガルフの低い声に俺は頷いた。


「気づいたな」


 壁の上にモゾモゾと蠢く何か。

 微かに動き続ける影がある。


「ライカ」

「うん」


 言われる前に、ナイフを投げる体勢に入っていた。

 ナイフが風を切り、乾いた音が木霊する。

 ギャッ、という短い悲鳴。

 石壁の上から小さな影が落ちてくる。


「コボルトだな。これは警報を鳴らす罠だ」


 事切れているであろうコボルトに近づく。


「……矢?」


 コボルトが握りしめている手には古い矢束。

 ライカが首を傾げる。


「この罠が鳴れば、自然と矢罠も発動したことになる。回収するついでに再装填するつもりだったんだろ。コボルトにとっては貴重品であり、ここの換金アイテムだ」


 俺は矢を拾い上げる。


「この罠で死ぬ奴らがいれば、肉にありつけるからな。警報が鳴れば、見に来るのは当然ってわけだな」


 ライカは矢をじっと見つめた。


「倒しても……あんまり、得るものないんだね」

「だから、逃げるし、罠を張る。それがコボルトの特製ってわけだな」


 サガルフが静かに言う。


「……戦わない敵、ですね」


「ああ。戦わない敵ほど厄介だ。知っておけば、そういうもんだと納得しとけばいいさ」


 それから再び探索に戻る。

 落石や橋が崩落する罠、一度見た罠の解除をライカに教えながら歩みを進める。

 時々見掛けるコボルトはこちらに気づくとすぐさま退却する。

 ライカがナイフを取り出すのを制し、奥へと進む。

 しばらくすると、空間が開けた。


「ここ、ボス部屋?」


 ライカが周囲を見る。

 中央に、巨大なスライム。

 ジャイアントスライムだ。


 動きは遅い。存在感だけはある。


「……」


 ライカとサガルフが構える。


「行けるか?」

「はい」

「うん」


 俺は一歩下がった。


「まあ、何も心配してはいねぇが」


 ライカが双竜・蒼を投擲する。

 スライムの核を正確に貫く、

 ズルリと形が壊れていく。

 一瞬にして崩れさったスライムは宝箱へと変化する。


「……終わり?」


 サガルフが盾を下ろす。


「……あれ?」


 ライカも首を傾げる。

 そんな間抜けな光景に思わず笑ってしまう。


「お前らが強ぇってことだ」


 二人がこちらを見る。


「下級ダンジョンじゃ、もう学べることが少ねぇわな」


 少し間を置いて、続ける。


「罠はこれから先もっと見抜けるようになるだろうし、敵の気配も掴めてきている。それに連携は問題なくできるしな。後は経験だけだ、お前らは」


 サガルフが息を整えながら言う。


「……中級、ですか」

「ああ、そろそろ行っても良いだろ」

「おお、やった」


 ライカの目が少しだけ輝いた。

 反対にサガルフは握る盾に力がこもる。


 帰り道は静かだった。

 俺は特に何もしていなかった。

 罠は引っかからない。

 敵は軒並み倒すか、逃げるか。

 ダンジョンの中だというのに散歩をしているかのようだった。


 あっという間にダンジョンを抜ける。

 日が落ちる前に、レファルへと戻ってきた。

 街の灯りが見えた時、ライカが言う。


「……楽しかった」

「そうか」

「うん。ちゃんと、考えた」


 サガルフも頷く。

 先程とうってかわり腹を括る顔つきをしている。


「自分も……守るだけじゃなく、見る余裕が必要なことに気づきました」


 俺は二人を見た。


「それでいい」


 レファルの門をくぐる。

 日帰りで下級ダンジョン終える。

 もはや、下位冒険者とは言えない。

 ふと出来心を口にする。


「なんか美味いもんでも食うか」

「いいですね!! 肉にしますか!!」

「私、エレウスが選んだところならいい」

「なら《ギュウギュウ詰合》に行くか」


 俺達は疲れた身体で街の中へ進んだ。

 身体は肉を求めている。

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