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(つけられている)
真冬は追手の存在に気づいていた。
(隠すつもりがないのか、それともただ下手なだけか。どちらにせよ、ここは繁華街だ、一般人が多い、こんな所でおっぱじめたくないな。ならやることは一つだ、尾行をまく)
真冬は足早に動き出した。
人混みの中を通ったり電車を乗り継いだりする。
(まだまけないか、これは前者か)
真冬に焦りはなかった。
むしろ裏切ったあの日から清々しい気持ちで一杯だった。
(降りかかる火の粉を払い続ければ、いつかは消える)
真冬はそう考えることにした。
しかしこの相手、なかなか仕掛けてこない。
(なぜだろう、下っ端なら名を売るために挑んできてもよさそうなものだが、仲間を呼び集めているのか? そんな気配は感じないが、追っても逃げられるそうだ、鎌をかけてみるか)
今度は人気の無い場所を選んで進んでいく。
個人タクシーを捕まえる。
スラム街を抜けてぐんぐん進む。文化圏ギリギリの郊外まで行く。
「お兄さん、ここから先は行けないよ」
「わかってる、自己責任だろ? 会計頼む」
真冬は個人タクシーから降りる。ここから先は廃墟エリアで立ち入り禁止区域になっている。
一年前のことだ、先代が亡くなった四宝組は攻撃的な組織に変化した。過激派になった四宝組は他の組織を潰しに掛かった。その時に起きたのが大抗争だ。そしてここはその現場だった場所である。
しかし抗争が終わった今も人は帰ってこなかった、なぜそのままゴーストタウンとなってしまったかと言うと単純な話で魔物が住み着いてしまったからである。
そのためトウキョウは一回り小さくなってしまった。大損害である。
だが人目を気にせずに戦うにはもってこいの場所だとも言える。
真冬は適当な廃ビルに入っていく。家具は退かされ窓も外されている。コンクリートが剥き出しになった室内は埃っぽい。正しく廃墟だ。
「まちな、崩紫」
後ろから声がした。
やはり、と。真冬は首だけを動かし相手を見る。
「誰だ?」
真冬は四宝組でも古株だったがその男に見覚えはなかった、しかし相手は知ったふうに馴れ馴れしい口調で語りかける。
「おいおいつれねぇな。忘れちまったのかァ? って、この姿じゃ分からねぇか。久乗伝法だよ。四宝組十二幹部の!」
真冬は即座に理解した。
(あいつの能力はマズい)
一目散に廃ビルの奥へと駆け出す。コンクリート製の太い柱に身を隠す。
「おいおいそりゃねぇぜ。久々に会ったんだ。面と向かって、腹を割って、ちゃんと目を見て話そうや」
「ふざけんな!」
真冬は柱から姿を見せずに叫ぶ。
伝法の能力とは、
「カカカ! 知ってのとおり俺の能力は見たものに乗り移れる『憑依』。殴ることしか出来ねぇ馬鹿正直なお前とは相性がいいかもしれねぇなぁ? 試してみようぜぇ、なぁ!」
(あのサラリーマンの体の本来の持ち主は一般人だろう)と真冬は推測する。
無関係な人間の肉体を使うことで、相手は攻めづらくなる。特に真冬のような手合いには効果絶大だ。
そして同時におかしいとも思った。見られたのに取り憑かれていない。つまり発動条件があるのだ。
「お前みたいな善良と殺り合うときの俺の勝率は九割を越える! 行けピッグマン! やつを柱から追い出せ!」
ピッグマンはぶひゃっと叫ぶと、真冬の隠れている柱に頭から突っ込んだ。柱はガラガラと音を立てて崩れる。なんという怪力だ。直撃すればミンチになる。
「さぁ見せろ。その姿を」
しかし真冬はそこにいなかった。
「消えただと」
「久乗さん! 下から臭いがします!」
ピッグマンが指差すのは柱の後ろにある大きな穴だ。
「まさか、地面を崩壊させて潜ったのか」
「久乗さん! 気をつけてください! 振動がそっちに向かってます!」
「なにッ!」
伝法の足場が砂状となり腰まで沈む。
這い出でる前に砂の中から腕が飛び出す、伝法の頭を後ろから鷲掴みにした。
「これなら俺を見ることもできないだろう」
伝法の後ろから真冬が現れる。
「チッ、あと少しで体を奪えたのによぉ」
「俺をつけていたのは知っている。なぜここに来るまで仕掛けてこなかった?」
「さぁな」
乗り移るためには見る以外にもクリアしなければならない条件がある。
「それにしても崩紫ーー」
しかし発動条件など、能力そのものを崩壊させれば気にする必要も無い。
真冬は伝法の言葉を遮って能力『崩壊』を発動させる。
掴んだ手から暗緑色のオーラが溢れ出す。
このまま能力を使えばサラリーマンも殺してしまう。
もちろんそれも真冬は想定済みだ。
『崩壊』はオーラに触れたものを崩壊させることができる能力だ。しかし真冬の血のにじむ努力により応用技、能力者の能力だけを崩壊させる『能力崩壊』が使えるようになったのだ。
つまりオーラが触れさえすれば、能力で思念体になっている伝法のみを攻撃できるのだ。
これで無関係な人を巻き込まずに伝法のみを殺すことが出来る。
「これは」
おかしなことに手応えがなかった。サラリーマンの体から力が抜けるのを掴んでいる頭越しに感じた。
サラリーマンの中にはもう伝法はいない。真冬は砂場から素早く抜け出す。眼前のピッグマンを見る。
「あぶねぇあぶねぇ、殺るきまんまんだなおい」
伝法はピッグマンに乗り移ったのだ。
ピッグマン(伝法)は真冬を見る。見るだけが発動条件じゃないのは明らかだが見られ続けるのがよくないのも確かだ。真冬は即座に腕に崩壊オーラを纏わせる、地面を殴り崩して砂埃を巻き起こした。
「掛かったな!」
砂埃を貫き人の背丈ほどある一本の馬鍬が真冬目掛けて飛び出だした。
ピッグマン(伝法)は丸腰だったはずだ。
真冬は知らないがこれはピッグマンの能力だ。ピッグマンの能力は2つある。
一つ目が豚の特性を使える『獣人(豚)』と、
特定の武器を召喚できる『武器召喚』能力だ。
ピッグマンの対象武器は馬鍬だ。
咄嗟のことに真冬は回避せずに馬鍬を殴り崩壊させた。しかし崩壊しきる前に砕けた破片が額に当たる。皮膚が裂けただけの軽傷だが、血が流れる。
馬鍬が掻き分けた砂埃の隙間からピッグマン(伝法)が覗き見ている。真冬の傷を見て微笑する。
(乗り移った人間の能力も使えるのか)
「カカ!」
「何がおかしい。……ッ!?」
真冬は意識が押し込められる感覚に襲われた。今まで感じたことのない圧倒的な何かで全身を圧迫されるような。
(この肉体から魂を強制的に隔離させられ閉じ込められるような感覚は!)
体を指一つとして動かすことができなくなった。
向こうではピッグマンが倒れていた。
「憑依完了」と『真冬』が言った。意思と反しての言葉だ。そう真冬は伝法に『憑依』されたのだ。
(憑依の発動条件は『傷ついた相手を見ること』だったのか!)
「ぷぎ? あ、久乗さん! 大丈夫ですか!」
数分してピッグマンが意識を取り戻すと、砂に下半身を沈めて気絶しているサラリーマンに駆け寄る。
「馬鹿野郎こっちだ!」
「崩紫? あ! 乗り移ったんですか?」
「おうよ。さっさと崩紫の両肩を切り落として、ボスへ届けるぞ」
「へ、へい」
伝法に憑依された者は、一般人の意識は眠った状態になるが、能力者は体こそ動かせないものの意識はハッキリ残る。視覚も聴覚も触覚もそのままだ。ただし自分の意思で動くことができなくなる。能力も自分の意思では発動することは出来ない。能力のオンオフも伝法の意のままだ。
(参ったな、動けない。肩ごともがれたらどうしようもない)




