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「アリシア。なんだか楽しそうね?」
「お姉さま!おはようございます。」
ある日の朝、食堂ではアリシアが一人席に座っていた。その後ろにはソレルもいたが、アリシアのそわそわした様子に苦笑を浮かべている。そんな様子に食堂についた途端気づいたシルヴィアが早歩きで近づく。
声をかければアリシアは驚いた顔で振り向いたがその顔は長くは続かず満面の笑みで挨拶してくるのだからシルヴィアの心の中は穏やかではない。
「おはよう(私の妹が可愛すぎる!ねえランド!!)。」
「おはようございます、アリシア様、ソレル(はいはい、聞いてますって)。」
「おはようございます。」
「何かあったのかしら?」
「い、いえ。今日は友達とご飯を食べる約束をしていまして…。」
「あ、ああ。モンテルト侯爵令嬢だったかしら?」
「はい、その子とあともう一人と一緒するんです。」
「もう一人?」
「はい、とても明るくて可愛い子なんですよ。」
「そうなの。」
だれ、誰だ!?と心の中でアリシアと仲良くなりそうな女子生徒を頭の中で検索しながら慌てふためいているとは思えないほどシルヴィアの被っている仮面は分厚かった。
そもそもまだその侯爵令嬢も紹介されてないわ!なんて思っているが、紹介する前に知っているのだろうとも思わないでもない。
「あ、来ました!お姉さま、紹介しますね。」
「ええ、…っつ!?」
「アリシアお待たせー!」
「あ、ちょっとリズ!走っちゃだめだよ!」
「おはよう!あ、お姉さま。この子がサラ、この子がリズベットです。」
「は、初めてお目にかかります。サラ・ラピス・ド=モンテルトと申します。」
「リズベット・ラ=シャーリングと言います!初めまして、アリシアと仲良くさせていただいています!」
「あ、ああ。アリシアの姉、シルヴィア・ラルク=セントフォーズと申しますわ。」
サラは控えめに笑みを浮かべて返し、リズは顔一面に笑みを載せて元気に返事をしている。
なに、どういう事?私はいま目の前で起こっている出来事に頭がついていかない感覚がした。三人の令嬢が仲良く会話をしているのは不思議ではないが問題なのはその人物だ。いまアリシアは誰と仲良くしているといったのだろう。その子は、私が危惧している令嬢は、正真正銘リズベットと名乗る男爵令嬢に他ならない。
「…お姉さま?いかがなさいましたか?」
「あ、ああ…いえ。…アリシア、今日の講義の後私の部屋に来なさい、渡さなければいけないものがあるの。」
「は、はい。かしこまりました…?」
「…行くわよ、ランド。」
「は。」
足早にその場を去ったシルヴィアは離れたところで振り返った。その視線の先にはアリシアたちが仲良く席について朝食を待っていた。三人ともが仲のよさそうに話している様子に、シルヴィアは言いようのない恐怖が胸の中を駆け巡る。
原作の中で確かにいたヒロインのリズベット男爵令嬢と、私の妹でセシルルートでは異色の悪役令嬢をするアリシア。この二人はゲーム内、こんなに仲良く会話するシーンなんてなかったし、そもそもリズベットとアリシアが初めて話すのは彼女がセシルルートに入ってからの秋だ。
それが、なぜいま。それも仲の良さそうに会話をしているの…?
先ほど会ったリズベットはアリシアの言うように明るくて顔の整った令嬢だった。まとう雰囲気ですら可憐な花のようで。
今の私たちで、もう原作とは違っていることは分かっていた。しかし先日聞いたレイハルクとセシルと接触をしていたリズベットとの会話は原作のそのままだった。
「…なにが、起こっているの?」
「…シルヴィア様?」
あの令嬢は原作のようにヒロインなのか、それとも…。
「シルヴィア、どうしたの?朝食は?」
「、っレイ!」
「ん?…、何かあった?」
「あの、アリシアが、え、でも…!」
「…ランド?」
「それが、先ほどアリシア様のご友人に会われてから様子がおかしくて…。」
「友人?モンテルト侯爵令嬢だったかな?」
「はい、そしてシャーリング男爵令嬢もいらっしゃって。」
「シャーリング…?」
「レイ、ねえどういう事?なんでアリシアとあの令嬢が…!」
「…いったん落ち着こう。ほら、席に行こう。ランド、紅茶を頼む。」
「、かしこまりました。」
ことん、とソーサーが置かれる音がして、シルヴィアは添われるようにカップに手を伸ばす。ふんわり香るハーブの香りと口の中からじんわりと広がる温かさに逸っていた心臓が落ち着くのを遠くで感じた。
「落ち着いた?」
「ええ、ごめんなさい。取り乱したわ。」
「大丈夫だよ、シルヴィアは唯一すべてを知っているのだからね。」
「…そうなのよ、でも”原作”ではあの二人は仲良くなるどころか、セシルへあの子が好意を寄せなければ会話することすらないはずなのよ…。アリシアは引っ込み思案で友達はいない。そしてあの令嬢はそもそも…。」
「“原作”で悪役令嬢である君たち以外の女の子と話す描写は殆どない、かな?」
「…ええ。時々お助けキャラという感じでクラスメイトの一人と話すことは見たことはあるけれど。」
「でも今、アリシア嬢は引っ込み思案というわけではなく友達がいる。そしてその友達の中にあの令嬢がいる。…シルヴィアや僕たちという前例から考えて“原作”から離れていることは明らかだろうけど、少し違和感があるね。」
「ええ、そうなのよ…!だからあの令嬢とアリシアを離さなければ、」
「待って、シルヴィア。それはまだ早いと思うよ。」
「な、んで?」
「まだ僕たちはシャーリング男爵令嬢のことを知らない。“原作”での知識はあるかもしれないけど、シルヴィアや僕たちという例外がある以上、彼女がその例外に当てはまらないとは言えないよ。」
「っつ!で、でも貴方達と“原作”通りに接触はしているでしょう!」
「それでも、だ。セシルの時もそうだったけど、ストーリーの変更は今までなかったと思わない?」
「、あ…。」
「セシルは父親と対決し、そして自暴自棄になりその状態でアリシア嬢と会う。僕とセシルは彼女との出会いを果たす。違ったことといえば僕たちの性格と、セシルたちのあの出来事の最後だ。」
その言葉でシルヴィアはあの日のことを思い出した。玄関で見たアリシアの苦しそうな顔、セシルが目の光をなくし呆然と立ち尽くす姿。どれも、原作通りの。いや、原作に入るための必要なストーリー。
俯いて苦しそうに唇を噛むシルヴィアをみてレイハルクは真剣になっていた顔を緩めた。
「シルヴィア、一度今の彼女のことを調べてみたらどうかな?なにかわかるかもしれないよ。」
「…そうね、うん。一度調べてみるわ。」
「僕のほうでも調べてみるよ。それに僕たちと同じような令息はあと二人いるよね?彼らがあの令嬢と接触しているか探ってみる。」
「そうね…お願いするわ。」
原作と違った未来になっているのか、それともあのストーリーが始まっているのか。シルヴィアには分からない。楽観的に考えることも、悲観的に考えることも今まだ出来ない。
しかし、それでもシルヴィアには一つだけ分かることがあった。それは、この先何があろうと今持つ幸せを守ってみせるという強い思いが胸の中にあるということだった。
久しぶりの投稿となります。




