31
春うららかな今日、グランドスワレイ王国にある最高峰の教育機関の入学式が執り行われた。例年通り入学者数は多く誰もがこれからの学園生活を夢見て瞳を輝かせている。
そんな中、一人のご令嬢は俯いた顔を上げることが出来ずにいたことに気づいた人物はどれくらいいるだろうか。そのご令嬢の名はアリシア・レイル=セントフォーズ公爵令嬢。彼女の家はあの二大公爵家の片翼で現宰相が当主を務めている。そんな家庭の二女として生まれたアリシアはそれはもう美しかった。
薄紅色のふんわりとした髪にきちんと揃えられた前髪によってその綺麗な黄金の瞳を隠すことなくさらけ出し、露出の少ない式典用の制服からでもわかる細い体。見た目と相まって風に煽られれば飛んで行ってしまいそうなくらい儚げなご令嬢だった。
そんなアリシアは入学する前から有名であった。一つは昨年学園を卒業したセントフォーズ家の次期当主である兄アズベルト・イル=セントフォーズが王国きっての天才として名が通っている為だ。公爵家の跡取りや次期宰相とまでいわれているその技量は勿論、彼が専門として研究を行なっている王国歴史で様々な発見を学生の身で達成しているという偉業を成していたという、天才という名をほしいままにしている人物を兄に持っていること。
二つ目は姉シルヴィア・ラルク=セントフォーズがその優秀さに加えその美貌、また婚約者との恋物語が王国全土で広まっているという、これまた話題性のある姉をもっていること。
三つ目は婚約者がセシル・フォレスト=ギルジーク公爵令息だということだ。彼は学園でその頭脳や武道で名を轟かせているだけでなく、家柄も最高級なのだ。父を現軍将でまたギルジーク公爵家はセントフォーズ公爵家同様、二大公爵家である為だった。そんな二人が婚約しているということがすでに話題性のあることなのだが、その仲は王太子と姉シルヴィアとの恋物語と並ぶほどの恋愛をしているという点においても有名であった。王都内や王宮書庫などでその仲の睦じいところを目撃されており、政略というものは関係ないといっているようなものだ。
そんな身内に話題性溢れる者がいるアリシアが注目されないわけがなかった。
入学式の前、正門前で例の三人と一緒に校舎に入り別れたあと一人で教室へ向かう最中も入った後もずっと好奇の目がアリシアの身体に突き刺さっていた。
アリシアは殆ど屋敷から出ていなかったり、他のご令嬢たちと交流があったわけではなかったため、初めておのおおにんずうを目の前にしただけではなく、加えて視線を多方から集めていたことによって、キャパオーバーを起こしていた。
(な、なんでこんなに注目されているのでしょうか…!制服可笑しかったのですか!?いやでもソレルたちにしてもらったし、それに、それに…!うう、せしるさまあ!)
顔に公爵令嬢としての崩れかけてはいるが仮面を被っているため、外から見ればアリシアはただ目を伏せて式典に集中しているように見える。しかし、そんな彼女の内面は荒れ狂っていた。初めての式典に初めての大人数、そして多方からの視線に心の中では先程から逃げ出したいと叫び泣いていた。
彼女が助けを求めた愛おしい婚約者のセシルはそもそもアリシアからもセシルからもお互いの存在を確認できないほど離れているため助けが来るわけがなかった。
早く終わってえ…!と若干情けなくなっているアリシアの願いは叶うことなく、今は来賓の挨拶が舞台上で行われていた。
式典が終わり新入生が退出している中、アリシアは大きな溜息を吐こうとして、その直前で口を抑え止めることに成功していた。慣れない環境で気が緩んでいるのは、何もアリシアだけではないようでアリシアの隣に座っていた小柄な令嬢はその小さな口から大きな溜息を吐いていた。
ありしあが少しだけ視線を向ければ、ちょうど彼女が大きく口を開けている所だった。吃驚して顔全体で向けてしまったアリシアに気づいた彼女は慌てて口を隠すも、もう殆ど意味をなしていなかった。
ポカーンとアリシアが見ているのに気づいた彼女は頬を赤く染めて小さく、すみません…、とこぼして俯いてしまった。身体は照れからかプルプル震えている様子に、小動物を思い起こさせる。
不躾に見てしまったのはアリシアだったため、慌てて謝った。
「こちらこそ、その…見てしまってすみません…?」
「い、いえ…!私が礼儀がなっていなかったのです…!」
いえいえこちらこそ、いえいえ私こそ。とお互いが頭を下げて謝り続けていたら、退場の順番が来たのか、後ろに座っていた人に促され慌てて二人は退出していった。
会場を出ればあとは教室まで自由に向かうことになっているため、生徒たちはまばらになっていた。
そこでやっと今までの自分たちの行動を思い出し、二人は顔を見合わせて笑い合う。
「ふふ、謝りすぎましたね。」
「はい、…あの、私サラ・ラピス・ド=モンテルトと申します。」
「あ、私はアリシア・レイル=セントフォーズと申します。」
「え、セントフォーズ…?も、申し訳ございません、公爵家のご令嬢とは知らず…!」
アリシアが名乗った後、突然顔を真っ青にして謝りだした彼女の様子に最初はポカーンとしたものの、爵位が上のものが先になのらなければいけないと言うことを思い出し、慌ててアリシアは言葉を紡いだ。
「え、あ、気にしないでください!私が先に名乗らなかったのが悪いのです…!」
「しかし、」
「そ、それに!あの…お恥ずかしながら、同世代の女の人とお話しするのが初めてで…、その、礼儀を忘れてました…。あ、」
な、なに正直に言ってしまったんだろう!家庭教師には常々すぐに謝るな、だの。正直に全てを言うことはダメだ、と言われていたのに…!
自分の失言に気づいたアリシアは、照れて赤くなっていた頬を、今度は青く染めて慌てている。そんなアリシアの様子を見ていた彼女は、
「ふ、ふふ!」
「、へ。」
なぜ笑っているのか分からないアリシアだったけど、彼女が笑っている顔はとても楽しそうで。つられてアリシアの口元も緩んで来た。
二人で笑っている様子は、可愛らしい令嬢が戯れている様子を存分に周りに披露していたため、道を横切る生徒たち、特に男子生徒はその様子に見惚れていた。
「あの、サラと呼んでも…?」
「ええ!私もアリシアって呼んでいい?」
「!もちろん!」
この時、アリシアは初めて友達という存在を手に入れた。サラの存在はこれからのアリシアの人生に大きく影響していく事になる。そして、サラも。アリシアという存在で大きく変わっていく。
アリシアとサラ、二人の令嬢の人生が交わったことはこの世界にとって吉と出るか、凶と出るか。それは真っ白だった絵本に絵が書き足されているように感じられた。




