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第3章もよろしくお願いします。
一面を青く染め雲ひとつない大空、木にとまり羽を休めながらもその口からは美しい唄を歌う小鳥たち。春の暖かで少しだけ肌を刺す風。
アリシアの目の前に広がるのは沢山の馬車に沢山の生徒たち。それぞれがこれからの未来を夢見て瞳を輝かせて前を向いている。そんな様子をボーッと見ていたアリシアに颯爽と近づいてくる人影が複数あった。
その人物たちは周りにいる人たちの視線を集めて、誰もが見惚れていた。
それを気にすることなく一直線に歩く先には、顔を隠すように伸ばされていた前髪を、今は綺麗に瞳の上で揃えられ空を薄く微笑んで見上げるその美しい顔を一切隠すことなくさらけ出している。
薄紅色の緩くカールした腰まで伸びるしなやかな髪に、黄金に輝く瞳は水分を含んで、そして少しだけ垂れている。十人中九人が振り返るだろう、そんな美しい女性の姿のもとへ。
「アリシア」
白銀の髪から覗く額に二筋の傷痕をもつ美しい男性がその女性を呼ぶ声は甘く優しい。
その声に反応して振り返った女性は風邪で靡いた髪を手で押さえながら視線を交えた。口元には緩くあがって、瞳を甘く彩らせて。
彼女から溢れる声はか細いが美しく、お淑やかで耳に優しく入ってきた。
「セシル様」
セシルはアリシアの手を掴みエスコートするように手を引いた。アリシア入って少しその透き通った白い頬を赤らめてあとをついていった。
二人が向かう先には先ほどまでセシルと一緒にいて、今は少し離れたところで二人を待っている美しいものたち。
「久しぶりだね、アリシア嬢。」
「お久しぶりです、レイハルク殿下。」
「、アリシア。」
「…お姉様、」
「…入学おめでとう。」
「はい、ありがとうございます…!」
四人が揃った場所は見えないはずの輝きがキラキラと放っているように感じられる。
背後に聳え立つ大きくて華々しい校舎へとそれぞれが進んでいく。四人もそれに習い、婚約者にエスコートされながら向かう。
ふと少しだけ強い風が吹いた。その風はセシルの短く切られた前髪をふわりと浮かべさせる。それを見ていたアリシアは少しだけ顔を俯かせた。その額から覗く二筋の痕のうち一つはアリシアと一緒にいた時についたものだから…―――――――――
それはまだ、アリシアが学園に入学する前。セシルは新学期に向けて学園が長期休暇に入った頃の出来事だった。二人は最近増えたデートコースである王都で、少しだけ服装を平民のものたちのものに似せたものを着て歩いていた。
しかしその美しすぎる姿とオーラは隠しきれず、変装のための服装は意味をなしていなかった。
いつものように二人は街を散策し、途中で見つけたカフェへと入っていった。王都で人気のその店の中は人たちで賑わっていた。案内された席についた二人はメニューをあいだに置き仲良く見ている。
少しした後、頼んだ物が運ばれる。アリシアの前に置かれたのはハーブティー、セシルの前に置かれたのはブラックコーヒー。そして二人の前に置かれたのはいろいろな種類のお菓子が乗ったティースタンド。
遠くから二人を見ている者たちはその絵画のような状況に時を忘れてうっとりと眺めている。
「わあ、凄いです!どれも美味しそう!」
「ゆっくり食べたらいい。時間はまだあるんだからな。」
「はい、セシル様これどうぞ?」
「いや、アリシアが食べたらいい。」
「あ、すみませんご迷惑でしたか…?」
「いや、気に入ったのなら食べればいいと思って、だな。」
「…私は、一緒に食べたいのです。…だめ、ですか?」
「…だめではない。…その、頂こう。」
「!はい!」
そんな砂糖を吐き……、甘い空気が流れる雰囲気のまま二人は優雅にアフタヌーン・ティーを楽しんだ。そして再び街を散策するふたり。アリシアの腰に手を回して行き交う道をゆったりとエスコートするセシルに未だなれないアリシアは顔を赤らめる。
そんなとき一つの様子がアリシアの視界に入った。パッと立ち止まったアリシアの体からするりとセシルの腕が離れる。
「アリシア、どうかしたか?」
「あそこに子猫が。」
指差す方には小さな白い猫が声をあげて鳴いていた。まだ幼いのに一匹でいる様子にアリシアは眉を顰め、衝動のまま足を伸ばした。
「っおい!アリシア!」
駆け寄りしゃがんだアリシアはそっと子猫に手を伸ばした。最初は警戒するように顔を強張らせていた子猫は、アリシアの柔らかい雰囲気に緊張した体を緩める。
「どうしたの?貴女、ひとり?お母様は?」
そう問いかけるアリシアににゃー、と一鳴きした子猫は伸ばされたアリシアの手へと擦り寄った。
「いないのかな…?」
そんなアリシアの周りは静かだ。人通りの多かった道から脇道に逸れたその場所は少しだけさびれていて物静かだった。そこへ足音が聞こえそれはこちらへと向かってくる。
そのときアリシアはセシルを置いてここへ来たことを思い出し、勢いつけて立ち上がり振り向いた。
「っセシルさま、勝手に行って申し訳ありませ…、っつ!?」
しかし、後ろにいたのは、セシルではなかった。顔を愉快そうに歪めて笑う見知らぬ男性の姿に、アリシアの身体は一気に固まった。いくらアリシアが世間知らずのご令嬢だったとしても、今の状況がどんなものかわかっている。
危ないと、本能が言っている。
「ねえお嬢さん、良いものを着ているね?しかし、それよりもっと珍しくて良いものを持っているんだ。おじさんと一緒に見に行かないか?」
「…っ、…いえ…!」
「そんなに遠慮しなくても、ほら!」
そう言って伸ばされた手はアリシアの腕を掴もうとする。いつもアリシアに手を伸ばしてくれる優しい者たちとは似ても似つかない、無骨なもの。
アリシアのなかで一気に恐怖が沸き起こった。身体は固まり、瞳は恐怖で彩られ視線を目の前のものから反らせず、喉は渇ききった。
そんなアリシアの様子に気づいたのか、先ほどの子猫が毛を立たせ二人の間に入り、目の前の男に向かって威嚇をする。その姿は小さくも、アリシアの身を守ろうと熱り立っていた。
鳴き声は鋭く、声量は大きい。その声が煩わしくなったのか男は不快そうに眉を顰め、足で子猫の身体を蹴り飛ばした。
「っち!邪魔だ猫。」
「っあ!!」
その勢いのまま壁に辺り倒れた猫は痛みに身体を震えさせ、消えそうな鳴き声をならす。
「っつ!な、にを…!」
一目散に駆け寄って抱き締めた子猫の身体は怠そうに手足をなげうっていた。
その様子に気を取られていたアリシアは後ろの様子を忘れていた。背後から伸びた手がアリシアの腕を掴み上げ、無理やりアリシアの身体を立たせた。
「ほら、そんなのよりおれと一緒に行こうぜ?」
「っつ!やめ…!」
「おい」
抵抗しようと身体を捻らせたアリシアの視界に移ったのは、男の背後から伸びた、アリシアの心を熱くされるものの腕で。
「っセシル様!」
「大丈夫か、アリシア。」
視線を男に向けたままアリシアに声をかけたセシルは走ってきたのか肩で息をしていた。そしてその腕は先程までアリシアの腕を掴んでいた手を捻り上げていた。
その手を勢いよく外へとなげ、そのままその男の身体を向こうへと蹴り飛ばした。
一瞬にしてアリシアの前に姿を現したセシルは、アリシアの腕の中にいる怪我をした子猫の様子に眉を顰め、そしてアリシアの瞳に溜まった涙を見て、そっと腕を伸ばしてアリシアを抱き締めた。
「危ないだろう、アリシア。一人で勝手に行くのはダメだ。」
「は、い…セシルさ、ま…!」
我慢していたものが一気に流れ出したアリシアの様子に、もっと早くに駆けつければよかったとセシルは悔しそうに唇を噛んだ。
あのあと、行き交う人の波に呑まれたセシルは流されてここにくるまでに時間がかかってしまったのだ。
アリシアはホッと息をついてセシルの胸に寄りかかった。しかし腕の中の子猫はピクリと耳を立たせてまた鳴き声を鋭くさせた。
「どうしたの、……っつ!セシルさま!」
「っつ!」
身体を起こしたアリシアの視線に入ってきたのは先ほどの男が鉄の棒をセシルに向かって振り落としている姿だった。
アリシアの叫び声にセシルはバッと振り返って顔の前に腕を上げたが間に合わずそのまま額に当たった。しかしそのままセシルは、そんな怪我など気にしないかのように足を振り上げ今度こそ男の腹部へとめり込ませる。そしてそのまま傾いた身体に近づき、その無防備な首裏に手拳を落とす。
崩れ落ちるように地に伏せた男の身体はそのまま動かなかった。
はあ、と息を吐き男の意識が落ちたことを確認したセシルがアリシアの方へと振り向いた。
「っセシル様、その額…!」
セシルの額からは、先程負った傷から溢れ出る血が流れていた。セシルはアリシアの声でやっとその事に気付き手で強引に拭った。しかし、そこからはまた血が流れ出す。
アリシアは慌てて片手で子猫を抱き直しポケットからハンカチを取り出し、その場所へと当てる。
「おい、アリシア。血が…」
「そんなの構いません…!申し訳ございません、私のせいで…!」
「お前のせいではない、あの男のせいだろう。」
「ですが、私が勝手に行動しなければ…!」
「アリシア、」
涙を流したままハンカチを当ててくるアリシアの手を掴んでセシルそっと声をかける。アリシアに届くように、そっと。
「俺はお前を守るためならどんな怪我を負ってでもお前を助ける。泣くな、アリシア。」
「私は、貴方に怪我をして欲しくなんかない…!怪我をするくらいなら、私なんて…!」
「お前を守る役目を俺から奪ってくれるな、アリシア。婚約者の、恋人として。お前を守りたいんだ。」
「…では。…では、怪我なんてしないで…!私に泣いて欲しくないと願われるなら…、怪我なんてしないでください…!」
「……約束しよう。」
セシルはそっと、ハンカチを持って傷に当てたままの手を掴み血で濡れたハンカチをもう片方の手で握る。そして、その空いた手を口元まで持ってくる。
「俺はこの先、お前を守り通そう。その涙も、心も全て。アリシア。」
「…私の願いは、一つです。無事で、…怪我なんてしないで…!」
「…言っただろう、お前の涙も守ると。…その願い、きっと叶えてみせる。…だから、泣くなアリシア。」
セシルはそっと、アリシアの手の甲へと口付けた…―――――。
「アリシア、どうかしたか?」
「セシル様、その…もう痛みませんか?」
「ああ、これか。」
セシルは合点がいったという風にその場所へと手を伸ばした。それに習うようにアリシアもそっと伸ばした。人差し指でなぞった痕は少し凸凹としている。
「大丈夫だ、気に病むな。」
「…ですが、」
渋るアリシアをふ、と笑ってその伸ばされた手を掴み手の甲にそっと口付ける。その姿にアリシアは既視感を感じるとともに恥ずかしく、先ほどの比ではないほど強く頬を赤く染めた。
「っセシルさま!」
「アリシア」
「…はい。」
「この傷に誓って、お前の心配を全て取り除こう。お前の願いを叶えよう。…俺にお前の全てを守らせてくれ。…そう言ったはずだが?」
「っつ!」
言葉は甘く蕩けそうなのに視線は強くアリシアを貫く。その意思の強い想いはもう、誰にも止められそうにない。アリシアはそんなセシルに、嬉しくて恥ずかしくて、照れ臭くて。
「…では、これ以上怪我をなさらないでください。」
「はは!ああ、叶えよう。」
「ちょっとそこのおふたりさーん。そう言うのはひとめのないところでやってくれるー?」
「ひとめがなくても駄目よ!…ほら、早く来なさいよ。遅れるわ。」
「ああ。」
「も、申し訳ありません…!」
四人が進む先は、これからの人生を大きく左右するもの。それを覚悟しているのははたして何人、この学園にいるのであろうか。
美しい者たちが校舎へと去っていた後の広場では、見惚れて歩みを止めていた者たちに時間を取り戻させもう先ほどのように賑やかであった。
そこに、一人の女性が新たに門を潜り抜けようとした。その女性は漆黒の髪と瞳をもち、その透き通った肌に美しく映えさせている。瞳は大きく、手足は細長く。身長は少し控えめな、まだあどけなさが残る姿。人形のように完成された美しさをもつその人物はまっすぐ校舎へと進んでいった。
その者口元が上がっていたことに気づいていた者は誰もいなかった……―――――。




