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ある晴れた空に温かく光を放つ朝日が、私の瞳を照らす。眩しくて少し目を細めたのは最初だけ。慣れてきた瞳は庭へと視線を走らせる。またいつもと同じ日常の始まりを告げる小鳥のさえずりに、今日は少し違う思いを抱かせる。

空に浮かぶ太陽もそよそよと吹く心地よい風も、それに揺られている木々も普段と変わりない。けれど私の中では昨日と違ったように見える。


今日は私の12歳の誕生日だから。



ベランダへと続くドアを開いて、太陽に当たる。大きく息を吸い込んで、吐く。何度かそれを繰り返して目の前に広がる景色をみる。いつもと同じなのに、違う。そういう風に感じさせるのは、私の気持ちが誕生日を迎えたことに対して少し踊っているから。

どんなに毎日が同じであろうとやはり一つ歳を重ねるときは、気持ちの持ちようが違ってくるのかな。


そんな単純な心に苦笑して、部屋に戻る。ドアを閉めたと同時に、今度は私室へと繋がるドアが音を立てる。


「アリシア様、ミリアリアです。起きていらっしゃいますか?」

「ええ、起きているわ。」


私の返事を聞いて失礼します、という言葉と同時に開くドア。そこからはいつものようにミリィが顔をのぞかせる。


「おはようございます、アリシア様。」

「おはよう、ミリィ。」


私の顔を見た途端ふわりと緩むミリィの顔につられて私の顔も緩む。そしてすこしいつもよりそわそわしたミリィが頬を染めて言う。


「アリシア様!12歳のお誕生日おめでとうございます!」

「ふふ、ありがとう、ミリィ。」


興奮冷めやらぬというように、私以上に喜んでいるミリィの顔にひとつ幸福が私の心に光を灯す。そんなミリィに促されてモーニングドレスに着替え準備をする。今日は誕生日だからといつもよりすこし華やかな黄色のドレスに身を包み、髪を右に流す。嬉しそうに私の準備を整えてくれるミリィは嬉嬉と装飾品を選んでいる。満足のものをみつけたのかふふんと鼻歌を口ずさみながら仕上げていく。普段より楽しそうなミリィの姿は見ていてとても面白かった。


そんなミリィと共に寝室をでると、ソレルが私のお気に入りのジャスミンティーを入れている最中だった。ソレルは私に気づくとソーサーを一度置き、ミリィとよく似た顔をほころばせる。


「おはようございます、アリシア様。12歳の誕生日おめでとうございます!」

「おはようソレル。ありがとう。」


私がソファに座ると同時に置かれた紅茶を飲む。やはり美味しいなあ、なんて思いながら朝の穏やかな時間を過ごす。

ふう、と一息つくと毎年目にするものへと視線を向ける。それは毎年贈られてくる誕生日プレゼント。勿論家族から。

あまり活動的ではない私に友達はいないからなのだが。


今年は何を贈ってくれたのだろうと少し胸を高鳴らせる。私の家族は暖かさこそ無いけれどこうして毎年私の誕生日には贈り物をくれる。もちろん義務的にくれたものかもしれないけど、贈られるだけで私に泣きたくなるほどの幸福をくれる。


お父様やお兄様からは書籍を、お母様からはドレスを、お姉様からは装飾品を。手にとってそれらを眺めれば、言いようのない幸せが私の胸を締め付ける。家族からの愛を求めるのは諦めようなんて思うけど、毎年誕生日にはまた求めても良いんじゃないかなんて思わされる。



私にとって誕生日は、甘くて優しくて、そしてほんの少し苦いものだ。







「アリシア、昼までに支度をしなさい。お前の婚約者のもとへ挨拶に行くぞ。」

「え」

「いいな。」

「……はい、お父様。」


そんな日の朝食は少し豪華に彩られる。シェフがいつも以上に気合いをいれてくれたのが伝わってきて、また私の胸に幸せの光を灯す。

家族はやはりおめでとうの言葉はない。けれどそれでも嬉しかった。


しかし、驚いたのは食事の後。そろそろ自室へ戻ろうとした時にお父様から告げられた言葉に、思考が一瞬停止した。婚約者が出来たなんて知らなかった。いつ、とか。誰ですか、なんて疑問は訊けなかった。ただ私に求められたのは肯定の言葉と、覚悟を持つことだったから。


混乱する頭を抑えて自室へ戻ろうとした足を再開させる。廊下へ出た途端ソレルが困惑した顔で私を迎えた。そんな彼に苦笑しつつも、私も同じ気持ちだった。突然の言葉に戸惑いしかないけれど、私に否と言うことなんかできない。ただ、求められたことを返すだけ。ソレルと共に廊下を歩き出し、少ししたとき、後ろから足音が聞こえた。何だろうと後ろを振り向くとそこにお姉様がこっちに向かってこられていて、私の姿をみつけると足を止められた。


なにかあったのだろうかと戸惑いつつも疑問の言葉を発しようと口を開く前に、お姉様は、


「婚約するんですって?アリシア。」

「っ、は、はい…。」


まだ私の中で処理し切れていない婚約の事を話されて言葉が揺れた。それを聞いたお姉様は少し眉をはねらせ訝かしむよう私を見た。


「はあ、はっきりと喋りなさいよ。」

「申し訳、ございません…。」


「貴女が婚約なんて、まだ早いものね。公爵令嬢としての自覚も薄いみたいだし。まあ、もう婚約は決まったこと。せいぜい私の顔に泥は塗らないでちょうだい。」

「は、い…。」



私の返事を聞いて、何か言葉を言おうとされたのか口を少し開けられたけどそこから言葉は出ずに、そのままお姉様は止めた足を再び進められ自室へと向かわれていく。お姉様の従者はそれに続くように、私に一礼して去って行った。


「…アリシア様、」

「…大丈夫、心配しないで。ソレル。ほら、戻りましょう。」


せっかくお姉様から話しかけて頂いたのに、満足に言葉を返せない自分に呆れてしまう。どうしてこうも、上手くいかないのか。

やっぱり私は12歳を迎えても、成長することはなかった。



私室に戻ると話を聞いていたのかミリィはドレスを十数着ほどまとめてもって来ていた。装飾品や靴などもまとめて置かれているのをみるとその仕事の早さに優秀さを思わせるけれど、その顔に浮かんだ困惑の表情はいつものミリィのまま。

ソレル同様ミリィも同じ顔をしていることに、すこし私の心が落ち着き出し始める。


「ア、アリシア様…、ドレスのご準備が出来ています…。」

「うん、ありがとう。ミリィ。…早速選ばなければいけないわね。」


まだ落ち着いていない心臓を無視してか、身体は準備をするために動き出す。それにつられたように二人も動き出す。胸の内はみんな複雑であろうとも、時間がない分急がなければいけない。

豪奢なドレスたちに手を伸ばして選びにかかる。どんな方なのか、なんて疑問はもう頭の片隅に押し寄せられていて、もう私の思考はドレス選びの方へ傾いていた。



二人と相談しつつ選んだのは、今年お母様から贈られていたドレス。ライトが当たったような明るい藍色を基調としたクラシカルなドレス。極力肌を見せない作りになっていて、でも背中はレースリボンであしらわれているから女性的で美しい。まだ幼いこともあって凹凸なんて全くないけど、お母様を見ていたら大丈夫な気がするから心配はしていない。


早速着替えてドレッサーの前へ腰掛ける。ミリアリアが持ってきた装飾品の中から雫の形にカットされたルビーのピアスにシンプルな二連の様々な色のカラーダイヤモンドが使われたネックレス。髪型は背中の開いた部分を隠さないように左に流して緩く編んでもらう。

メイクはまだまだ子供だからアイホールに少し色を乗せて、唇にピンクグロスを塗るだけで終わらせた。


完成した私の擬態は中々のものなんじゃないかな、と心の中でつぶやく。ミリィが片付けをしている間にソレルに入れ直してもらった紅茶を飲む。私がベランダで春の花を見ながらお茶を楽しんでいる間も私の頭の中を占めるのは今日初めて会う婚約者様のこと。


どんな人だろう、優しい人なら良いな。笑顔が素敵な人なら良いな。なんて政略結婚のための婚約者だと、打算有りの婚約だと分かっているけれど期待してしまう。

ふと、頭の中に別の映像が流れ込む。さきほどのお姉様との会話。



『貴女が婚約なんて、まだ早いものね。公爵令嬢としての自覚も薄いみたいだし。まあ、もう婚約は決まったこと。せいぜい私の顔に泥は塗らないでちょうだい。』


あの言葉をおっしゃっているお姉様は私の方へ視線を向けていなかった。腕を前で組み、首から右へ顔をそらしていたから、表情までは窺えなかったけれど、声色はツンとした棘と冷たさを含んだものだった。


また、ツキン、と胸の奥が痛む。

ソーサーを机に戻し手を胸に当てて痛みが引くのを待つ。


アリシアのもつ分厚く目にかかってしまっている前髪が、俯いたアリシアの顔を隠した。

下唇を噛んでいるアリシアのその背中は、たださみしさだけを背負っている。

それをみたミリアリアとソレルは顔を見合わせて眉を下げ、大切な主人の悲しみを持っているその心情を心配をし、いつかその小さな背中を支えることができるように、また堅く胸の中に刻み込んだ。








活動報告にて「連載:桜に焦がれた公爵令嬢」の裏話や設定秘話などを投稿していきます。

更新の目安は連載と同じく1週間に1,2回を予定しています!

どうぞそちらの方も読んで頂ければと思います。


悠子。

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