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遅くなり申し訳ございません
窓から見える景色は美しい緑と広く壮大な青色。太陽は燦々と輝き視界を明るく彩る。ガタゴトと揺れる馬車の中、斜め向かいには書類を片手に仕事をなさっているお父様が座られている。手持ち無沙汰な私は窓の外を見るしか移動する時を過ごすすべを持たない。
これから向かう先に待っているのは私の婚約者のお屋敷、ギルジーク公爵家。私の生まれたセントフォーズ公爵家が王国の学力の最先端を走っているとすれば、ギルジーク公爵家は武道の最先端を走っている。現当主は王国筆頭の武官、将軍閣下。武術においては誰も太刀打ちできないと言われるほど現当主の強さは歴代最高。
そんな方のご子息との婚約はグランドスワレイ王国の二代公爵家の結びつきを確かなものにするだけでなく、次代への補償でもある。
そんな大事な婚約が当日に教えられるというのは私の心の健康を害するものだったのだけれど、そんなこと言えるはずもなく。
私の持てる最大級に綺麗に見えるドレスを着てお昼を迎えた。と、言ってもこのドレスはお母様に頂いたものだし、装飾品だってお姉様から頂いたものなんだけれど。
今からお会いするご子息、セシル・フォレスト=ギルジーク様は私のお姉様と同い年。まだ学園には入られていないのに、もうすでにその名を馳せている。
お姉様と婚約されているレイハルク殿下と仲が良く、三人で王宮でお茶をされている姿は一枚の絵画のように美しいのだそうで。
そんないろいろ凄い方の婚約者になるなんて緊張と不安で胸が押しつぶされそう。
出発前にはお姉様から、馬車に乗って直ぐにお父様からくれぐれも粗相のないように、公爵家の名に傷をつけないように。と言われているから余計にそう思ってしまう。
窓から見える景色は美しく、普段の私だったら目を奪われているだろうけど、そんな余裕が今の私にあるはずもなく。吐きそうになるため息を喉の奥で噛み潰すしかない。
だんだんと周りの景色が変わってきて、民家やお店などが見えるようになってきた。私の乗っている馬車はそこを一瞬も止まることなく進んでいく。街に住む人々は家紋のつき、一目見ただけで高位貴族が乗っていると分かる馬車が珍しいのか足を止めて視線を向けている。
外に視線を向けていて時々そんな人々と目が合うのが恥ずかしくなってきてさっと背中を背もたれにおく。さっと急いで寄りかかったため少し馬車が違う揺れをしたのか、お父様の視線がちらりとこちらを向く。
公爵家令嬢としてはしたなかったと頬に熱が集まったのを感じる。恥ずかしくなり身体を縮こませ俯く。
お父様ははあっとため息を吐かれて書類を膝の上におく。
「…アリシア」
「っ、はい…」
「これからが大事なんだ、いま緊張してどうする。失態をおかしてくれるなよ。」
「…もちろんです、お父様」
冷水を浴びたようだった。
当たり前のこと。いつものこと。
そう割り切っていたはずだった。
でもまだ、私は諦めきれなかったのかもしれない。
緊張で震えていた心は、今は凪いている。落ち着けよう、落ち着こうとしていた心は、想像していなかった方法で緩いリズムに戻っていく。
それでもまだ、心の中には婚約者のことで占めていた。これからの人生を共にする人との関係は、たとえ政略だとしても。
そこに愛があることを願ってしまう。望んでしまう。どうか、まだ見ぬ彼だけは、どうか。
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「こちらがアリシア嬢だ。セシル、挨拶を。」
「…セシル・フォレスト=ギルジークです。」
「…アリシア・レイル=セントフォーズです。」
嗚呼。やっぱりそうなんだ。
目の前に立つ彼を見て思う。
政略結婚だと分かっていた。そこになにもないことも分かっていた。
彼の瞳に映る色は、何度も見た彼らと同じ色をしていた。
アリシアは見上げていたその顔を分厚い前髪で隠し俯いた。その瞳に映る色はもう一つの輝きすら持っていなかった。
しかし後ろから見た彼女は普段では考えられないほど背筋は真っ直ぐだった。
俯いたのは顔だけで、その出で立ちは公爵家令嬢としての求められた姿そのものだった。
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「…ご機嫌麗しゅう、セシル様。本日はお招きいただきありがとうございます。」
「あぁ、先日ぶりですね。アリシア嬢。」
「は、い」
あれから数週間。
私は何度かギルジーク邸を訪れ交流を図っている。と言ってもこれは婚約者としての義務として決められたこと。
あの日から私の淑女教育にもさらに時間や科目が増えて、こうして外に出て婚約者に会う時間が唯一の自由な時間だった。しかし、ギルジーク邸の中に一歩でも踏み入れれば緊張があるので厳密にはギルジーク邸と我が屋敷を行き来する馬車の中だけなのだけれど。
「今日は我が屋敷の温室でお茶などいかがですか。」
「…ありがとう、ございます。」
最初一目見たセシル様はお隣に立たれていたギルジーク公爵様と出で立ちがそっくりで公爵様をお若くした風だった。しかし、ふわふわした藍色の髪や白銀の涼やかな瞳は夫人に似ている。
連れられて温室に向かう途中、視界の隅に懐かしい色を見た気がしたけど、それが何かわからないまま、温室に到着してしまった。
振り返って見て見たけどもう建物に遮られている。
温室の中にあるテラスでお茶をする私たち。ただ会話をするだけの時間。口下手な私とあまり多くを語らない彼とでは沈黙に支配される時間が多い。気を使って振ってくれる話題に話を広げることのできない私は意気地なしだ。あの頃だったら私が私がと、自分の話を家族にしたものだったけれど、今となっては遠い昔のよう。
気まずい雰囲気のなか行われるこのお茶会は、もしかしたら近いうちにこの接触すら無くなっていくんだろう。多分、ううん。きっとそのうち、彼の視界や思考の中に私という存在すらなくなっていく。
それを私は分かっていながらも、何もできないままなんだろう。
とうとう話が進み出します。次話で本題に入っていきます。




