嫌い、嫌い、好き(3、終)
今日も今日とて、レイハルクに呼び出されたシルヴィアは王宮にいた。
しかし、最近では会話の内容が穏やかになりつつある。今までは嫌味の応酬をしていた二人だったらけれど、あの日からは嫌味を言いつつも穏やかに日々の話をしていた。
そして、他の誰にもいえないシルヴィアの隠された気持ちも全てレイハルクに語っている。
もう、彼女の中にはレイハルクという人物が存在していた。王太子としてではない、自分の婚約者候補としてでもない。ただの友人としてのレイハルクが存在している。
彼の方もだんだん自分の中にシルヴィアという人間が居座り出しているのを感じた。
レイハルクの周りにはいない、純粋な友人としてのシルヴィアが。
今日の話題は学問についてだった。もともとシルヴィアもレイハルクも優れた頭脳を持っていた。彼らの会話は年齢に見合ってない小難しい学問について語っていた。
この国の王太子として、公爵家の娘として、二人が求められるレベルは簡単にとれるような場所にはなかった。日々誰かが自分の足を引きずり下ろそうとするのか分からない。不安定な場所にいつも立っている。
親の名前や地位なんか、自分を守ってくれるものなんかじゃない。自分の両肩に一番存在感を放っている大きなものなのだ。
「・・・じゃないの?」
「いや、―――だよ。あれがーーー・・・。」
「あ、そっか・・・。」
「それにしても、凄いわね。レイハルクはまだいろいろやっているのに。」
私は貴方の半分くらいしかやってないのに、と呆れたように言ってみせたシルヴィアにレイハルクは苦笑を溢す。
「何言ってるの。君こそ大変だろう?男尊女卑ってわけじゃないけど、君は女性なのに周りの倍はやっているじゃないか。」
「まあ、ね。必要だと思うし、それに嫌いじゃないもの。」
「へえ、真面目だねえ。」
「なに、馬鹿にしてる?」
「してないしてない。」
首を左右に振りながらも、その喰えない笑みは変わらないまま自分を見ていた。シルヴィアははあ、とため息をついた。
レイハルクと時間を共にするようになって彼のことが分かってくる。
最初は本当に嫌なヤツとしか思わなかったけれど、今は違う。
顔にいつもついている笑顔は彼なりのポーカーフェイス。王太子という立場から、何でもないときに表情を作らないことや、表情をころころ変える素直さを許されなかったのだろう。
しかし、友人として過ごす内に、彼の笑顔の種類が分かってきた。
楽しそうに笑ったり、意地悪く笑ったり、いたずらを思いついたというように少年みたいに笑ったり、人を馬鹿にするように傲慢に笑っていたり。いろんな笑顔が彼の中に存在していた。
過ごす時間が長くなる度にみつける表情に、最近のシルヴィアの心は落ち着かない。
自分といることで強固な仮面を脱いでいろんな表情をみせてくれるレイハルクという存在に。その笑顔に魅了される。
最初は嫌いだった笑顔も、最近ではうわ嫌な顔してる、とは思っても嫌いではない。
「そういう貴方だって誰よりもしてるじゃない、人のこと言えないわ。」
「・・・僕は王太子だからね。」
「え?」
「王太子に求められるもの以上をやらないと。」
「・・・どうしたの?」
「いや?なんでもないよ。」
しかし、時々見えるレイハルクの真っ黒で何の色か分からない表情は好きではなかった。
いつも突然見えたと思ったら、瞬きすると陰もないその色。
「・・・はあ。」
「うん?どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわ。なによ、それ。」
「うん?」
「その『王太子だから』ってなによ。」
「ええ?そのままだよ。僕は将来この国の頂点に立つんだ。誰よりも優れてなきゃだめでしょ。」
なにを当たり前なことを、と可笑しそうに笑うレイハルクをみて次に言った言葉は、シルヴィア自身も思ってもいなかったものだった。
「私も一緒に立つんだからそんなに気負わなくても・・・・・・。・・・え?」
「・・・いや僕が、え?なんだけど。」
「いやいやいや、え?今私なんて言った?」
私も一緒に立つ?
いや勿論婚約者候補としてレイハルクと過ごしているものの所詮まだ候補に過ぎない。正式に申請もしていないし、まだ周りに認められているわけでもない。仮初めの婚約者と言っても過言ではない関係なのに、一緒に立つ?
何言ってんの、本当に。え?
混乱したまま視線を右往左往させるシルヴィアの耳は髪から覗く部分だけでも真っ赤に染まっていた。
「・・・ぶはっ!」
「、え。」
「あはは!!本当に君は面白いね!」
「ちょ、なんで笑ってんのよ!」
馬鹿にしてるの!とさっきの表情とは一転、シルヴィアは怒ってレイハルクの顔を見た。
しかし、そこには馬鹿にしたような笑顔じゃなくて、純粋な笑顔があった。
口を開いていまだ笑っているレイハルクは片手で目元を隠している。
シルヴィアはその様子を呆然と見ていた。初めて見た純粋な笑顔に処理しきれない何かの感情がいま、シルヴィアを襲っているからに他ならない。
ほんっとうに、シルヴィアは。
小声でポツリとレイハルクがいった言葉はまだ混乱しているシルヴィアの耳には届かなかった。シルヴィアはいま顔を俯かせて混乱しているから、周りは見えていない。
レイハルクの顔がまた新しい色を宿したなんて、シルヴィアは知らなかった。
少しして落ち着いたのかやっと顔を上げたときにはもう、レイハルクはさっきの純粋な笑顔をしていなかった事に少しだけ残念におもったシルヴィアだったが、それを顔に出すことは悔しくて平然と紅茶に口を付けた。
「ねえ、シルヴィア。」
「・・・なによ。」
「君も僕と一緒に勉強するかい?」
「え、何でよ。貴方と一緒にやったって、私には必要のない知識が増えるだけよ。」
「ええ、なんで?僕と一緒に立つんじゃなかったの?」
「なっ!!」
にやにやとした顔を隠さずに面白がるレイハルク。そんな彼に苛立ちと共に自分のさっきの発言にまた羞恥心がぶり返した。
「か、からかってんじゃないわよ!」
「からかってないよ、ふふ。」
「笑うな!」
「いやいや、さっきの言葉は嬉しかったなあ。また言ってくれる?」
「言うわけないでしょ!」
嬉嬉としてからかってくるレイハルクの顔はなんとも楽しそうだった。
「いいじゃない、ねえヴィー?」
「!・・・よ、くないわ!」
シルヴィアは突然言われた自分の愛称であろうそれに一瞬固まった。なぜ、とか。突然、とか。思うことはいろいろあったけれど、それ已然にきゅう、と胸が締め付けられる。
もう、この感情の名前の答えは知っているけれど、それを認めてしまうのはまだ勇気がなかった。しかし、遠からずこの気持ちに自分は名前をつけるんだろう、と頭の片隅に思いながら。
シルヴィアはレイハルクに向かって今日もまた嫌味を言う。
「馬鹿にするのも大概にしなさいよ、レイ!!」
「!・・・ふふ、だから馬鹿にはしてないよ?」
呼び名を自分もまた愛称に変えて。
シルヴィアとレイハルクの出会い編、これにて終了です。このあとレイハルクはセシルに会うんですね、分かります。なんかどんどん最初に考えていた設定を悉く壊していってくれるみんなです。
なに、シルヴィアとレイハルクって最初の出会いってこんなだったの?シルヴィアってこんなこと考えてたの?
毎日書き進めていく度に新たなみんなを知っていくような気がします。←




