嫌い、嫌い、好き(2)
シルヴィアは今、自分の状況下に何度も現実逃避を繰り返している。何故かってそんなのは、
「君は何をいつも読んでるの?」
勿論目の前のラスボスと二人っきりで対面しているからにつきる。
事の始まりは父親に連れられて王宮に来たことだった。そこから何故か両陛下や王太子殿下と五人で女くじをする事になったのだ。その時に初めて会話した王太子の様子に、迅速に任務を済ませてさっさと屋敷へと戻ろうと思って自分でも完璧だと思っている仮面を被ったのに、何故か目の前には王太子の姿が。
そしてあの何を考えているのか分からない嫌な笑顔をずっと顔に貼り付けたままシルヴィアに話しかけてくる王太子はいったい何が悪くてこんな状況を作ったのか。
仮面を被ったまま数刻が過ぎてもお互いがぼろを出すことはなかった。
そしてそろそろこの時間も終わりだろう、とシルヴィアが話を終わらせにかかったとき、不意に王太子の視線の色が変わった気がした。
ビシッとシルヴィアの中の彼女が固まったとき、とうとう来た。
「うーん・・・なかなか崩れないねえ?」
「、何のことでしょう?」
「君のその全く面白くない不細工な顔だけど?」
・・・不細工?はは、空耳かしら。生まれて数年、自分の顔の作りは自他共に認めるほど美しい。不細工のぶの字すら言われたことのないシルヴィア。
そんなシルヴィアに誰がなんと言った?
「あれ、聞こえてないのかな?」
「・・・ご冗談がすぎましてよ、殿下。女性にそのようなことをおっしゃってはいけません。」
「ええ?本当のことを正直に言っただけだよ?それに聞いてる者なんていないんだから大丈夫でしょ。」
「・・・本当のこと?」
「うん。何か変なこと言ったかな?」
さっきまでの完璧な笑顔は一転、人を馬鹿にしているような顔をした王太子の姿にシルヴィアの顔が引きつる。彼女の中にいる者はやばいと顔を蒼白させている。落ち着いて!と叫んでいるけれどシルヴィアの耳には届いていない。
「・・・変なことというか。」
「うん?間違いじゃないしね。」
だんだんシルヴィアの声が震えてきた。身体も小刻みに震えてきている。あと何か一つで大爆発を起こしそうな自分に微かに残った理性が止めている。
「あれ、今の顔は今日一番の不細工だ。」
ぷっちーーーん。
何処かで糸の切れた音が聞こえた。その音にレイハルクはさらに笑みを深める。
「お言葉ですが、殿下。」
「うん?」
「あんたの顔の方が不細工だわ、この性悪王子が!!!!!」
人のこと馬鹿にしてんじゃないわよ!ととうとうシルヴィアがぶち切れた。貼り付けていた仮面を目一杯外に放り出す。仮面の下の顔は怒りで真っ赤に染まっている。そして絶え間なく口から流れるのは今まで我慢してきた恨みの言葉たち。
全部をはき出した後のシルヴィアは全体力を使い切ったのか肩で大きく息をしている。そして脳に酸素が回りだんだん思考が正常に戻ってきたとき、先程の自分を思い出して顔を蒼白させた。
心の中にいる者はもうすでに頭を抱えてやばいやばいと言葉を吐き続けている。そんな彼女同様シルヴィアも頭の中をやばいの一言がグルグルと永遠に回っている。
「・・・ふふ、ぶふ・・・!」
目の前の男は笑いを堪えようとしているが口元も目元も何もかも笑っているから全く隠せていない。
「あー。面白いね、君。」
「・・・いや、あの」
「面白い君が僕の婚約者なんておもし、・・・嬉しいよ。」
「隠せてないし聞いてないわ!?」
婚約者!?婚約者ってなに!?誰が誰の婚約者って!?
「君が僕の婚約者だってば。」
「心を読むな!って私はなにも聞いてませんよ!」
「まあ、まだ僕たちも幼いし婚約者候補ってだけだからねえ、まあ候補なんて君以外いないからほぼほぼ婚約者だけど。」
「何で私が!!」
「何でって・・・、公爵家の子供でしかも歳が近ければ勿論そうなるでしょ。」
「聞いてない!」
「だから今は候補って段階だからだって。」
「聞いてないわ!!!!!!」
何度も聞いてない、を繰り返すシルヴィアにますます笑みを深めるレイハルク。その瞳には面白い者をみつけた、と書いてある。
もう仮面を被ることを忘れてしまったシルヴィアは大いに混乱をしている。極めている。
しかし残念ながら、そんな彼女を助けてくれる者は誰もいなかった。
それから何日か経った今、シルヴィアはもう殆ど慣れてきた王宮の道を歩いている。今日も今日とて婚約者候補であるレイハルクに呼び出されたのだ。
もう仮面を被ることを止めてしまったシルヴィアの顔は不満を露わにしている。最初こそそんなシルヴィアの様子に驚きを隠せないでいた王宮に仕えている者たちだが、日常と化したそれと、原因を知っているからもう誰も驚いていない。むしろもうまたか、としか思っていない。
「やあ、遅かったね、シルヴィア。」
「突然呼ばれたからよ!それに急ぐ理由なんてないわ。」
ふんっと鼻を鳴らせて用意された椅子に腰掛ける。その目の前に座っていたレイハルクはそんなシルヴィアの様子に面白いとニヤリと笑う。
いつものように始まった二人の会話は、毎回遠回しだったり直接だったりする嫌味の応酬だった。ひとつシルヴィアが嫌味を溢せば、それを笑みと共に嫌味を返すレイハルク。それにまたシルヴィアが嫌味を返すというなんともリズムがあっている。
紅茶を入れ直す給仕の者もまたかと顔には出さずに思う。
「そういえば君に一つ下の妹がいるんだって?」
「・・・それがなにか?」
「どんな子なの?」
「・・・突然なに?あの子のことはあんたに関係ないでしょ。」
もう敬語すら使っていないシルヴィアは顔を盛大にしかめ、ギンッと視線を強める。
「あれ、嫉妬?大丈夫だよ、僕の婚約者は君だって。」
「誰が嫉妬なんかするのよ!!寝言は寝て言いなさい!」
「なにシルヴィア、寝てないんだから寝言じゃないよ?」
「あーー!!!もういちいちいらつくわね!!」
なかなかに楽しそうである。そしてその後言い負かされたシルヴィアは自分の妹についてレイハルクに語った。ツンデレ全開で。
「つまりシルヴィアは彼女のことが大好きってこと?」
「なっ!ちゃ、ちゃんと話聞いてたの!?そんなことは一言も言ってないわ!」
「いやー、本当に君は分かりやすいねえ。」
「笑ってんじゃないわよ!」
「・・・まあ、真剣な話、君は妹さんに素直にならないと関係はもっと悪化するよ?」
「っつ!・・・何が言いたいの。」
「ふふ、君はもう分かってるでしょ?」
「・・・・・・。」
シルヴィアは唇を噛む。そう、だんだんと妹との間に溝が深まっていくのを感じているのは他でもない、シルヴィアが一番分かっていた。
しかし、何故かいつも妹の前では素直になれないのだ。どう頑張っても、何故か。
妹であるアリシアはいつも、視線をうろうろとさせて身体を縮こませ顔を俯かせる。もう伸びて瞳にかかったままの前髪で顔を隠す。そんな態度にシルヴィアはいつもイラッとくるのだ。
公爵家の娘として生まれたのにあんな態度は姉としても公爵家の娘という同じ立場の人間としても、許せなかった。
彼女のことをどれだけ考えていて、大切にしたくても。そんな態度を見れば大丈夫?どうしたの?なんて彼女を心配する言葉の前に、いつも文句が出てくる。
シルヴィアだって分かっている。自分の態度は行き過ぎていることを。関係を悪化させているのは自分にも責任があることを。
素直になれないのだって自分が一番歯がゆく思っている。
「・・・それでも、あの子の態度を公爵家の娘として、許すわけにはいかないの。・・・間違ってるとでも言うの?」
貴方も、私が間違ってるとでも、いうの?
いつもそうだ。自分の言い方はきつくとも、間違ったことは言っていないはずなのに、いつも言い過ぎだ、とか。素直に心配してやれ、とか言われる。
それでも、同じ立場の人間として、妹が今のままではいけないのは変わらない事実。嫌われても、恐れられても。あの態度を許すわけにはいかない・・・――――。
「いいんじゃない?」
「、は?」
さらっと言われた言葉に、理解が追いつかない。
「いいんじゃない?それが正しいのなら、許さなくても。だって公爵家の娘として今のままじゃ駄目だから、妹さんの未来を心配して言ってるんでしょ?」
なにが可笑しいの?
そうあっけらかんと、なにも間違ってないといった人は今までにいなかった。何故、とも思うけど。でも、それ以上に言いようのない感情がシルヴィアを襲う。
「・・・・・・変なことを言うのね。」
「そうかな?」
「・・・そうよ、変な事よ・・・。」
シルヴィアの頭の中に、さっきの言葉が等も浮かぶ。シルヴィアは間違ってない、と。妹さんのためでしょ、と。
今までしてきた自分の行動はきついけど間違ってはないと、思っていた。
それでも言い方だって態度だって悪いのも分かっていた。
でも、それ以上に。
なんでこんなにアリシアのためにしていることを、アリシアの将来のことを思ってしていることを、あんなに苦言を呈されるのかと不満に思っていた。
「うん?どうしたの?」
ジッと視線を目の前の男に向ける。その顔は最初にみた薄ら寒い笑みとは違う、多分彼が本来持っている笑みを浮かべている。
最初は何を考えているのか分からない彼が怖いと思うと同時に嫌いだった。そして彼の内側を会う度に知っていく内に、こんなに喰えないヤツは面倒だ。嫌なヤツだ、と思っていた。
婚約者として将来人生を共にしようとも、決して彼のことを好きにはなれないと思っていた。人間としても、男としても、なんとしても。
でも、誰かに認めてほしくて。自分でも知らなかったこの感情を、さらっと簡単に言いのけてみせたのは、他でもない。彼ひとりだけだった。
良いやつなんかじゃ決してない。優しくもない、多分好きにもなれないくらい意地の悪い人だ。
でも、今まで嫌いだ嫌いだ、と思っていた感情は今は全くなくて。
苦手だけど。それ以上に、興味をもった。
この人の思考はどうなっているんだろう。この人の視界には何が写っているのだろう。
彼から見た私は、どう写っているんだろう。
ことり、と胸の奥に一つの小さな石が投げ込まれた気がした。その石は今はまだ真っ黒なベールを被っている。
しかし、これから磨けば何色になるんだろう。
石はキラリ、と一瞬光ったのち静かに暗闇の中に息を静めていった・・・―――。




