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嫌い、嫌い、好き(1)

シルヴィアとレイハルクのお話です。










最初の印象は最悪だった。








私はシルヴィア・ラルク=セントフォーズ。この国の二大公爵家の片翼を担う由緒あるセントフォーズ公爵家の二子にして長女だ。一つ上にはまだ幼いながらもその才能を遺憾なく発揮している、まあ簡単に言って超天才の兄が一人と、すぐ下にはいつもいつもうじうじして公爵令嬢として全くなってなくて世話の焼ける妹がいる。


そんな性格にも才能にも癖しかない兄妹の真ん中に生を受けた私は、見た目最高中身も最高、と自分で言っても恥ずかしくないくらい、むしろ否定することこそ可笑しいくらい、私は公爵令嬢として優秀だ。

自分で言っても恥ずかしくないくらい!!!


だってだって、昔から何故か大人たちの言葉を理解できたし学問だって難なくこなせるし、見た目だって美しいし!そんなことは…なんて謙遜する方が嫌味になるわ!

…まあこう言ったら従者なはずのどこかの馬鹿はハイハイそうですね、なんでばかにしてくるけどね!あいつ本当に私の従者なのかしら…。今日こそ帰ったら解雇してやるんだから…!!ま、まあ謝るなら許してあげるけど!しょうがないから!


ここまで考えていたら目的地についたのか、前を歩いていたお父様の足が止まった。それに続いて私もその場に立ち止まる。


「いいか、シルヴィア。笑顔で愛想よくしなさい。笑顔で、だ。」

「…そんなに強調されなくとも…。ちゃんと公爵家の娘として完璧に任務を遂行してみせますわ!」


えっへん!と小さな胸を反らせて見せたシルヴィアに、表情こそ変えないものの内心で呆れてしまったのは他でもないシルヴィアの父親だ。自分の娘ながら何故かこう育ってしまったのは何故なのか、彼には全くわからない。この子の兄は何故かマイペースで、この子の妹は気弱レベルマックス。


そう考えていたら、何故か自分の子供たちが全く自分に似ていないことに気づいた公爵。もちろん母親である夫人にも似ていない。いや、姿形は自分たちの血を引いた子供たちだが、性格は本当に誰に似たのかさえわからないほど十人十色ならぬ三人三色。


「…はあ。」

「なんで溜息をつかれますの?大丈夫ですわ、私はお父様の娘ですもの!」



「……お前の妹もこれくらいはっきりしていたらもっと上手くいったのにな…。」

「はい?お父様なんとおっしゃいましたか?」

「いや。…これからは私語はなしだ。恥をかかすなよ。」

「勿論ですわ!」


意気揚々と握りこぶしを作る娘は基本的に素直すぎるのに、家でのある状況下においてのみ何故か素直を殴り捨てる変な性質があることを思い出して内心で大きな溜息を吐いた。



目の前にある大きな扉が重々しく開けばそこは、公爵にとっては慣れた、シルヴィアにとっては初めての空間があった。豪華な絨毯に家具に、壁に掛けられた絵画。どれも値段を聞けないほどのキラキラしたものが惜しみなく置かれている。

どちらかというと、貴族の中では質素であまり贅沢を好まない我が家ではありえない光景にシルヴィアは少しだけ目を見開いた。言葉は出なかっただけ幸いである。


そんな娘の様子に、だろうな、と思うも顔を隠せと呆れた公爵は、目の前に座る方達への挨拶をする。


「本日はお招きいただきたいですありがとうございます、陛下、妃殿下。」

「うむ、そう堅くなるな。今日はただの会食のようなものだろう?」

「そうですわ、宰相。もっと普通になさって?」

「…ですが。」


その会話が耳にやっと届いたシルヴィアは目の前を確認する前にシュバっと頭を下げた。

確実に目の前にいるのはこの国一番の方々だから、だ。


「そんなことより、そちらの彼女を我らに紹介してくれ。」

「…はい。シルヴィア。」

「はい…、セントフォーズ公爵が長女、シルヴィア・ラルク=セントフォーズです。この度はお目にかかれて誠に光栄に思います。」

「うむ。」


「あらまあ、大きくなりましたねえ。王子と同い年だったかしら?」

「はい。」

「…あの、」

「ああ、一度貴女の母に連れられて来たことがあるのですよ。」


そうだったの!?と驚いる顔は内側に隠れはしたものの、空気がそういっている。

公爵は呆れ、両陛下はそんなシルヴィアに微笑ましく思った。


「レイ、貴女も挨拶をしなさい。」

「はい。」


その声でやっとこの空間にまだ人物がいたことに気づいたシルヴィアは視線を声のした方へと動かす。そこにいた人物を視界に収めた後、周りの音が一切聞こえなくなったのを遠くで感じたシルヴィアは、目の前の方を固まったまま見つめた。


「レイハルク・ジル・ド=グランドスワレイ。この国の王太子だよ、よろしくね?」


そういって柔らかく笑った彼の周りに一気に花が咲いた気がした。しかし、同時に、彼の発する何かをシルヴィアは本能で感じ取った。


こいつ、喰えないヤツだ。


笑顔は完璧、むしろその笑顔に多くのご令嬢たちは頬を可愛く染めてため息すらつくほど美しい。そして物腰の柔らかい言葉に誰もが魅了されるだろう。しかし、だ。それはそれ、これはこれ。である。


ヤツの目は何一つ笑ってはいないのだから。


何故私がそれに気づけたのか全く分からないけれど、私の中の何かがやばい逃げろ!と叫び回っているのを感じる。私の心臓も突然の危機的状況にバクバクと大太鼓を鳴らしている。

しかし、突然全く意味もなく、いや私にとっては意味のあるものだけど、叫ぶなんて事は出来ない。それは公爵家の長女としても、貴族の娘としても、またシルヴィアとしてもそんなことは出来ないのだ。


とりあえずこの場を何もなく普通に終わらすためにも、まず私がとらなければならない行動は一つだけ。


「お目にかかれて光栄に思います、殿下。」


仮面をかぶることのみ!!!!



私の返事を聞いた殿下はぴくり、と微かに眉を跳ねらせたけれどそんなことは気にしない。私は何も見ていない。断じてみていない。

隣からのお父様の視線がグサグサ刺さってきているけれど、今は何もお答えできませんよ。目の前にラスボスいるのに視線なんかそらせません。・・・ラスボスってなんだっけ?まあいいや、とりあえず早くこの時間が過ぎ去ってほしい。


シルヴィアが完璧な笑顔を浮かべたまま思考を無意識に飛ばしたとき、レイハルクの口角が微かに上がったことに気づいたのは誰もいなかった。


シルヴィアの完全武装に気づいたのはこの中の誰もがそうだ。陛下は面白くなりそうだと意地悪く笑い、王妃はあらまあと困ったように頬に手を当て、父親である宰相は遠い目をしてこれから起こると思われる面倒なことに思考を巡らせた。


そんなことはいざ知らず、シルヴィアの思考の殆どはとっくに家にいる彼女の大事な女の子へと飛んでいる。





両陛下と王太子、そして父親と五人で過ごした食事の時間は最後のデザートと共に終わりを告げた。シルヴィアとしては完璧に任務を遂行出来たと思っている。波風立てず、あの人の逆鱗にも触れずに何事もなく終われたと思っている。これでやっと帰れると心の中でふう、と息を吐いたとき、シルヴィアが予想もしていなかった出来事が彼女を襲う。


「父上、彼女と話がしたいのですが良いですか?」

「・・・へ?」


「まあ、素敵だわ。良いですよね、陛下。」

「ああ、いいだろう。宰相もいいか?」

「・・・はい。」


いやいやいや何が起きた?シルヴィアは事態が急変したことに思考が追いつかないでいる。その間にも自分を除いた四人でどんどん話が進んでいく。

シルヴィアの思考が追いついたときにはもう目の前にはあの危険な香りのする笑顔を付けた王太子がいて。


「ではシルヴィア嬢、いきましょう。」

「は、い・・・。」


ここで断る事なんて出来ないことは混乱したままのシルヴィアにだって分かっていた。

シルヴィアの脳内では王太子がいった言葉が「地獄へ逝きましょう」と誘っているようにしか感じなくとも、断ることの出来ない状況に口を引きつかせ、伸ばされた手に自分の手を重ねた。









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