従者ランドは答える
シルヴィアの従者ランド視点のお話です。
なんで従者になったのかとよく聞かれる。それに俺はいつもこう答えていた。
俺の両親は代々セントフォーズ家に仕える家系の者だった。父親は現当主である公爵の従者を務め、母親は当主の夫人の筆頭メイドなため、俺自身も、将来次期当主になられるであろうまだ見ぬお子様に仕える事を求められた。幼い頃から従者として必要であるか分からないようなものまで習わされ、それを誰よりも使いこなす事を求められた。
俺はその世界しか知らなかったし、それが使命だと思っていたから何の疑問も持たずに進めて言った。自分で言うのも何だが、要領が良かった俺は何をしても期待通りの成績を収めていた。そして待望の第一子である後継ぎがお生まれになり、数年。その下にはまた二人のお嬢様もお生まれになり、そろそろお後継ぎに従者があてがわれる時期になった。
最有力候補であったことを自覚していたが、それに驕ることなく日々鍛錬を続けていたときに、それが起きた。
従者候補である数名の男たちが旦那様の書斎に集められた時、旦那様からこの場で従者を決めることを伝えられた。この候補者の中の誰よりも優秀な成績を納めていたことは周知の事実。だから間違いなく俺が選ばれると思っていた。
しかし、旦那様に告げられた名前は自分ではなく、候補の中でも順位にすれば下の方の男の名前が呼ばれた。
何が起きたのか分からず呆然と立ちすくむ俺と、予想外の名前が呼ばれたことに困惑し騒めきだす候補者たち。それは旦那様の一喝でまた元の静けさに戻るも、内心誰もがこの選定に疑問を持っていた。
そして旦那様は続けてお二人のお嬢様の従者も発表された。その中に、俺と後輩の中でも仲の良かったソレルの名前が告げられる。戸惑いを隠しもしない視線が他方から寄越されるも、動揺したことを悟られるのは俺のプライドが許さず、しっかりとした声でその命を承った。
候補者で選ばれなかったものが退席するなか、選ばれた俺たち三人が呼び止められその場に残った。旦那様の隣には父が表情を変えずに立っていて、父はこの事を最初から知っている事を悟った。
言いようのない感情が俺の中に渦巻く事を止めることはできなかった。幼い頃から一番を求められ、お後継ぎの従者になる事を前提として今までやってきた事すべてが無に変わったようだった。
旦那様が何かを後継ぎ付きになった男に言っている。その後にソレルにも何かを言っている。俺はそれを呆然と聞いていた。心はここにはいないのに、頭は旦那様が仰っていることを記憶し理解していくことにほとほと呆れる。
そして俺の番になった時、選ばれた二人が退出するように言われた。二人ともが俺の顔を伺いつつ去っていくことに激しい怒りを感じたが、それは表に出なかったと思う。それほど、感情を表出だすことを制限する術を今までの生活で習ってきていたから。
「この選定に不満か、ランド。」
静かに旦那様が仰られた。その言葉に、何を今更だと思った。しかしそれを言えるほど強靭な心は持ち合わせてはいない。
「いえ。旦那様の仰せのままに。」
ジッと俺を観察するかのように鋭い視線が向けられたが、意地でもこの感情がバレたくなかった。
しかし、そんなことは旦那様の前では無に等しくて。
「この選定は変わらない。お前をシルヴィアの従者に選んだ理由を見つけろ。それがお前の最初の課題だ。」
俺が選ばれた理由…?
そんなの、何があるというのだ。俺は従者に必要なものもそうでないものも全て一番を取り続けていたんだ。俺以上にお後継にふさわしい奴なんていなかったはずだ。
シルヴィアお嬢様の従者に選ばれたことに不満があるわけではない。不満なのはなぜ俺がお後継ぎの従者に選ばれなかったことだ。
「お前にはシルヴィアの従者に最も適した人間だ。それを考えよ。」
話は以上だ、と退席を命ぜられた俺は礼をしてその場を去った。
廊下にでて自身に与えられた部屋に戻る最中、旦那様の言葉が頭の中を駆け巡る。シルヴィアお嬢様に最も適した従者とはなんだ。なんで俺だったのか。何度考えても全く答えを導き出すことは出来ない。
そんな俺の前に人影が映った。それはランドに身体を抑えられながらも此方に向かって来ようとする、あの選ばれた男だった。
「辞めて下さい!」
「いや、今じゃないといけないんだ…!何で俺が…!!」
聞こえてきた言葉に頭の中が真っ赤に染まった感覚がした。あいつはいま何と言った…?俺が求められていた立場を簡単に奪っていった奴が。いつもオロオロと鍛錬を行い、鈍臭くてそんな自分は選ばれるはずがないと捻くれて鍛錬を疎かに行ってた奴が。
今なんて言った?
「っランド!!お前からも旦那様に言ってくれ!何で俺が従者に…!」
気づけばあいつの胸ぐらを掴み上げている自分がいた。ソレルが必死にそれを止めようと俺の手を掴み、大声で俺の名前を呼んでいる。目の前には上手く酸素を吸えないのか、呼吸を乱しているあいつがいた。
「お前、今なんて言った…?」
自分でも驚くほどに底冷えした声がでた。俺は勢いをつけて男を壁に投げ飛ばした。
「っランドさん!」
「うるせえ、今は黙っておけ、ソレル。こいつの言葉が聞こえなかったのか?今こいつが」
「ランドさっ…!」
「…何で俺なんだよ…。」
「あ?」
「お前の方が相応しいじゃないか。…俺なんかいつだってお前に勝てないのに、」
その口を、その喉を潰してやろうかと本気で思った。伸ばそうと手に力を込めた時、隣からドンッと強く鈍い音がした。
「それ以上喋んな…!本気になる前から諦めたお前がランドさんに勝てるわけないだろ!!!お前ランドさんの何を知っている!何を知ったかのようにランドさんのこと相応しいとか言ってんだよ…!!」
「…ソレル…?」
ソレルに頬を殴られたあいつは呆然とソレルを見ていた。
俺も、今何が起こったのか理解が追いつかずに視線をソレルに向けた。
ソレルは大声を出したため肩で息をしていた。そしてその瞳はギラギラと怒りに燃えていた。初めてソレルが怒っているところを見た。いつも俺に追いつこうと足掻くように鍛錬をしては、俺が一人で訓練をしていたらすぐさま近寄ってきて何度も教えを請うてくる。人懐っこい笑顔や闘争心を燃やす表情は何度も見た。
しかし、こんなに怒ったところを見たことは一度もなかった。
「自分が相応しくないと思うなら、今まで以上に鍛錬をしろよ!!ランドさんに勝てないとか言ってる前に勝つように努力をしろよ!!!何情けないこと言ってんだよ!!」
「お、おれは…!」
「ソレル、やめろ。」
「ラ、ンドさん…だってこいつ…!」
「いいから。…ありがとな。」
俺は視線をソレルからそいつへと向けた。その視線に気づいて身体を跳ねさせるそいつをみて静かにいう。
「お前、何で従者になろうと鍛錬してたんだ。」
二人から突然なんだというような視線を向けられたが、気にしない。別に空気を読まなかった訳じゃない。ただ、俺が昔から疑問に思っていたことを聞いただけだ。
「…認められたかったんだ…。」
小さい声が聞こえた。それは弱々しく、ふるえていた。それでもなにかの感情が強く込められていることを感じる。
「誰に。」
「父さんに、旦那様に、…お前達に…。」
耳をすませないと聞こえないほど小さかったけれど、なんとか聞こえた言葉に疑問が生まれる。
「何で俺らなんだよ。」
「…いつも見てたよ、お前らが訓練をしてるとこ。」
「え、なにストーカーかよ。」
「ちょ、ランドさん今それは言っちゃダメです!!」
「…おい。」
「すまんすまん、続けてくれ。」
「ランドさんが止めたんすよ!?」
「…知ってたさ、お前らがどれだけいい成績を納めても訓練を続けてること。羨ましかったさ、どうしてそんなにできるのか。」
あ、続けた。なんて思ってるであろうことがソレルから伝わってきたが敢えて無視した。話が進まないからな。
「何でそんなにできんの、おまえ…。」
「分かんね。」
「「…はあ?」」
ちょっと視線が痛い。二人の目が物凄い馬鹿を見たような目だった。仕方ないだろ、本当の事なんだから。
「何でとかいくら考えても分かんねぇよ。気づいたらやってんだ。そこに理由探したことねぇよ。」
「…本気で言ってます?」
「本気だけど。」
「「…まじかよ…」」
お前ら仲良いな。
「まあでも与えられたもん完遂出来ないなんて情けないだろ。」
「…無駄にカッコよくてムカつく。」
「…同感です。」
「なんなの、お前ら。」
綺麗にハモってんじゃねぇよ。何仲良くなってんの?さっきまで色々あったじゃん。
「…はぁ、本当に情けないわ…。」
「、え?」
「…次は負けねえからな!!覚悟しとけよ!」
そういったあいつの顔は今まで見たことないくらい晴れやかだった。
「…っはい!」
「へーへー。」
「…ちょっと、騒がしいわよ。」
「お、お嬢様!?なぜここに…!?」
幼い子供の声が聞こえて視線を三人で向ければそこには腕を組み仁王立ちしたままこちらを見るシルヴィアお嬢様がいらっしゃった。何度か会ったことはあったが、そんなに関わることがなかったため緊張がよぎる。
ソレルの声にやっと反応した体でなんとかお辞儀をする。
「大声が聞こえたから来ただけよ。なにしてたの。」
「いや、ちょっと…」
ははは、なんて乾いた笑い声を出すソレルに俺ら二人も同意する。殆ど当事者であるようなもののお嬢様になんと言えばいいのか。
ふーん、と流したお嬢様にほっと安堵した三人だったが、次の言葉でまた身体が固まる。
「ねえ、ランドって貴方達の中にいる?」
「…っは、はい。私です。」
「貴方ね。話はお父様から聞いてるわ、優秀なんだってね。これからよろしく。」
さらっと言われた言葉に反応しない俺らじゃなかった。さっきまでその話をしていたのだから当然と言えば当然だが。
「…お嬢様はなぜランドさんが選ばれたと思われますか?」
「!?っおい!!」
「そんなの私が優秀だからよ!」
「「「…は?」」」
ドーンッと効果音が聞こえるくらい堂々とした態度と声で言われたお嬢様に全員が唖然とする。
「優秀な私には優秀な従者が付くなんて当たり前でしょ!何言ってるのよ。」
えっへんと小さい身体を逸らし腰に両手を当てている。そんな姿に唖然としたまま動けないでいる二人をよそに俺は、
「…っはは!!」
爆笑した。何言ってるんだろう、この方は。何故そんなに小さくて幼くまだなにも知らないだろうに。何故そんなに堂々としているのか。どんな根拠でそんなこと言っているのか、全く分からない。分からないけど、この方が言っていることが嘘だとは到底思えなかった。
そして、面白いと思った。こんなに何かに興味を持ったことは初めてだった。
まだ笑いが治らない俺に二人は戸惑いを隠せなくて、お嬢様は不満そうに唇を尖らせている。
「なに、なにか不満でもあるのかしら?」
「いえ、ぶふ!…そんなことはっ。」
「いつまで笑ってるのよ!?」
「すみませっ…ぶはっ!」
「止まってないじゃない!!なんなのよ!!」
馬鹿にしないで!と騒ぐお嬢様がいたがなかなか笑いは収まらない。
やっとの思いで笑いを収めたが、その頃にはお嬢様の顔が膨れっ面になっていた。
「…よろしくお願いします、シルヴィア様。笑ってしまい申し訳ございません。」
「ふ、ふん!謝ったんだし、しょうがないから許してあげるわ!」
「…ぶはっ!」
「ちょっ、なんなのよこいつ!!!」
もうそこには理由が分からないと言っていた自分はいなかった。そして、旦那様に与えられた課題の答えもまた、分かってしまった。
俺にはシルヴィア様しか主人はいなかったからだ。シルヴィア様しか、俺が仕えることのできるお方はいらっしゃらないからだ。
淡々と過ごした日々に、一斉に一面が彩られていく感覚がした。
俺は、この人の従者になるために、従者になろうとしたんだ。
「ランド!ちょっと外に出なさい!今日という今日は許さないんだから!」
「すみません、遠慮します。」
きーー!!!っと声が聞こえて来そうなほど怒っているシルヴィア様を何度見たことか。原因が自分にあることはわかっているが、止めることができない。だって、俺を選んだのは、俺を従者にしたのはシルヴィア様だ。俺の本質を偽って仕えるなんて出来ない。
「お前なんで従者になったんだ?」
そんな質問が今日もまた俺に向けられる。そして俺は今日も変わらずこう答える。
「シルヴィア様に仕えるためだ。」
俺の主人はあのお方だけだから。
番外編でなく本編に少し関わってくるので…ここで入れさせていただきました。さっさと本編進めろよ!とお思いの方、申し訳ございません…汗




