20
「―…何があったの、ソレル」
「…申し訳ありません、私にもよく…」
アリシアが帰ってきたと一報を受けて正面玄関に向かった。いつものように話は上手く出来ないかも知れないけれど、あの子の顔色を伺うことぐらいは出来ると思って。
しかし迎えて見えたものはソレルに支えられて呼吸を乱している、雨に打たれ濡れたままのアリシア。申し訳ない程度に拭われていたタオルは、許容範囲以上の水分を吸ったため水によって色を変えていた。
今日がセシルとのお茶会だと知っていた。だから私も帰ってきたのだ。原作通りにはならないはずだ、と思って。しかしどうだろう、今私の目の前にいるアリシアは。
部屋に着くなりベッドに倒れこんだ。私がいることにすら気づかないほど、意識が朦朧としていた。高熱なのか、頬を真っ赤に染めて苦しそうに息をするあの子だったけれど、最後に眠りにつく前に何かを溢してた。
それがなにか問いかける私と、一瞬目があった気がする。その言葉はもう一度アリシアの口から紡がれることなく、アリシアは意識を手放した。しかし、そんなことよりも、何故アリシアがこうなったかすらも、わからない。
もしかして原作通りになってしまったのだろうか?
でも、あの世界でのセシルでも、アリシアでもない。今の二人は確かに別人なのだ。
「…もしかして、」
強制力でも働いているのか?
「シルヴィア様?」
「…ソレル、ランドを呼んでちょうだい。」
「え、…は、はい。」
あの日、私はセシルがギルジーク公爵様にことごとく負けていたことをこの目で見ていた。セシルが終わった後に呆然と手を見つめていたのも知っている。セシルの瞳が色をなくしているのも、知っていた。
でも、でも。
セシルはあのセシルとは違って、アリシアとの交流を嫌がってはいなかった。私が尋ねれば面倒そうに顔を顰めはするものの、雰囲気を和らげてはなしてくれていた。
レイには、大丈夫だと言われたけれど、これはなんなのか。
アリシアが苦しんでいる。
「シルヴィア様、いかが」
「ギルジーク邸に行くわ、馬車を用意して。」
「…は?何故、」
「確かめに行くのよ、私の妹が苦しんでいる要因を。」
「…かしこまりました。」
「いいから通しなさい!」
「し、しかし…!シルヴィア様、セシル様は今…!」
「ここにいるのは分かってるわ!!そこを退きなさい!」
馬車を最大限に急がせて着いたギルジーク邸を問答無用というように目的の部屋まで突き進んで行く。伊達に昔からセシルと幼馴染をやっていないのだ。この屋敷のことは十分に知っている。
顔なじみの使用人達が私を止めようと声をかけてくるけど、そんなもの構ってはいられない。
部屋に到着して扉を開けようとすればセシルの従者が私の動きを制するように扉の前に立つ。顔は盛大に焦っている彼は、こんな私の状態に驚いているのだろう。
それに、私を止めようなんて無理よ。
そもそもあいつが、私が来ることをわかっているのだから。
「…シルヴィア、」
「遅いわ、セシル。」
「っセシル様!?早く体をお休めください…!」
「大丈夫だ、…話があるんだろう?」
「もちろんよ。」
従者が背を向けていた扉が開いた。そこには怠そうに身体を扉に預けて、少し呼吸を乱しているセシル。従者が急いで駆け寄りその背を支えるも、本人に遮られ隣でオロオロとしていた。セシルの従者は主人第一で少し気弱な雰囲気を持っているが、まさしく今、彼はこの状況に追いつけていないのだろう。まあ、いつもこんな感じではある。
「それで、話はなんだ?」
「分かってて聞いてるの?」
「…アリシア嬢のことだろう。」
「っあ、たり前でしょう!?何故あの子は体調を崩していたの!?今日はあんたの屋敷でお茶をするときいていたのに!」
「っつ…!」
「それにあんたもよ、セシル!なぜ丈夫なあんたが風邪なんか引いてるの!」
「…それは…―ーー」
聞き終わったあとのシルヴィアの顔は、憤激しているのか悲しそうにしているのかわからない顔だった。その瞳には膜が張っており、今にも涙が溢れそうだった。
そんなシルヴィアに慌てたセシルは目でランドに指示を出す。それを受け取ったランドは頷きシルヴィアにハンカチを渡した。
そのハンカチはすぐさまシルヴィアの顔に押し付けられた。時々シルヴィアの口から溢れる声は震えていた。
「…シルヴィア、」
「……わかってるわ。」
シルヴィアにはセシルの顔を見なくても、彼が言いたいことはわかっていた。いや、ここに来る前から、アリシアの顔を見た時から、わかっていたのだ。この問題をなんとかするのは自分ではないことを。
それでも、セシルの顔を見て話をしなければ気が済まなかったのだ。たとえ姉妹の関係が上手くいっていなくて、その原因が自分にあることがわかっていてもシルヴィアにとってアリシアは唯一の大事な妹で、守りたい愛おしい存在なのだ。そのアリシアが苦しんでいる原因のもとへ行かなければと思ったのだ、それが自己満足だとしても、止めることはできない。
それと同時に、シルヴィアはセシルの友人でもある。彼が故意にアリシアを傷つけるような人ではないことも
わかっていたのだ。
そんな矛盾の中で、身動きできないシルヴィアはひどく脆い。
ここにきたのはアリシアを思っての衝動だった。けれどセシルの部屋に入るときに思ったのは、友人であるセシルのことだった。
いまだハンカチに顔を埋めているシルヴィアの後ろに立つランドは、今まで一度も見たことないくらい険しい顔でセシルのことを見ていた。ランドにとっての一番はなんと言おうとシルヴィアだ。その主人が苦しんでいる理由は見当がついており、セシルを恨むのはお門違いだともわかっている。けれど、シルヴィアを泣かせたのだから、苦しめたのだから恨めしく思うのもしかたないだろう。
その視線を受け取ったセシルは今日、初めて顔を緩めた。そこに乗ったのは小さな苦笑だったけれど、そこでやっとセシルの纏った雰囲気が緩められたのだ。
「…時間をくれないか。」
「……、…あの子をこれ以上苦しめないと約束するなら…いいわ…。」
「当たり前だ。」
もうそんなことはしない、と呟いたセシルの顔は今やっと、何か背負っていた重たいものを下ろせたように晴れ晴れとしていた。その顔をハンカチの間から見たシルヴィアはほっと安堵する。しかし、それを態度に出すのはなんか悔しくて、対面で座る二人の間にあるテーブルの脚を蹴って、テーブルの角をセシルの膝元にガツンッと音を立てさせて当てたのであった。
シルヴィアもですが、アリシアもギルジーク邸の使用人を無視しすぎですよね…。




