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少しこの後もシリアス?回が続きます。
「雨が降ってるなんて…。」
「…残念ですね。」
セシル様が学園に入学されてから初めてのお茶をする日。昨日の夜まで続いたドレス選びや装飾品選びはミリアリアにすら呆れられるくらいだった。少しでもいい格好を、と悩み続けた結果藍色のふんわりと広がったドレスを選んだ。
楽しみでワクワクしていた心とは裏腹に空はシトシトと雨が降り続いている。馬車でセシル様のお屋敷に向かう最中に外を見てだんだん変わっていく風景を観察するのが好きだったのに、今日は雨に視界を奪われて思うように道端の花々を見ることが出来ないでいる。
ぼーっと外を眺めていてもこの天気に気持ちまで引きずられたのか私の心は沈んでいった。反対側に座るソレルはそんな私をみて困ったように眉を下げている。
私もこんなふうに天気に気持ちを左右されるなんて子供みたいだなあって思うけれど、一度沈んだ気持ちはそう簡単に上がっていくことはなかった。
ギルジーク邸に着いた時、いつもより少し静かなように感じた。どこか息を潜めているかのように絵画たちがその場に立ちすくんでいるように、静かに、深く。
今日は外でのお茶は出来ないから、と屋敷の者が応接室へと案内してくれる。真っ直ぐ続く廊下を促されながら歩いている時、横にある窓から見える景色にまた気持ちが沈んでいった気がした。
これからセシル様とお会いするのに、こんなに気持ちが沈んでしまったことは今まで一度だってなかった。早く止まないかなあと窓の方に視線を向けながら歩く。
こんなに雨を気にしてしまうのは多分、今日の雨はどこか強く地面を叩きつけているからだ。
誰かの涙に濡れた顔を誰からも隠すように、強く、強く…―――?
「っつ!!」
「え、アリシア様!?」
窓の外を眺めていた私の視界に何かが写った。それが何かと理解する前に私の身体はバッと翻し進んでいた廊下を逆方向に脚を走らせた。
後ろから私の突然の行動に驚いたソレルや屋敷の者達の驚く声が聞こえたけれど、そんなの構っていられなかった。この敷地内にある庭や温室には何度も訪れてお茶をしたことはあったけれど、屋敷の中でお茶をするなんて滅多にない。そのため屋敷の構造なんて頭の中に入っているはずがないのに、私の身体は迷うことなく進んでいく。私の心がこっちこっちと示してくれているかのように、ぐんぐん進んでいく。何度か角を曲がったとき目の前にドアが見えた。走ってついた勢いのままにバンッと開けて雨の中を進んでいく。
こんなの公爵令嬢としてはしたないのは分かっていたけれど、止めることはできなかった。
「っ、セシル様!」
雨で視界は遮られ、足音は雨で消されている中、やっと探していた背中を見つけることが出来た。
どれくらいそこにいたのですか、セシル様…!
いつもまっすぐに伸びた背中はやや曲がって、正面を真っ向から見据える顔はずっと下を向いてしまっている。きちんと着こなされているはずのシャツは雨に濡れて乱れ、肌色を透けさせていた。
「セシル様、どうして外におられるのですか…!?風邪をひかれてしまいます!」
「――…アリシア嬢…?」
セシル様の隣にやっと並んで、その冷えてしまった身体を早く暖めなければとセシル様の腕を掴めば、今やっと気付いたというように視線は私を捉えた。しかしその瞳はいつものような意志の強い色は剥がれ落ちており何も写していなくて、その声は掠れていた。
「セ、シル様…?」
「……」
問いかけてももう反応はしてくれなくて、儚い。力強いセシル様の姿は今はどこにもいなかった。
どうしてそんな顔をされているのですか…?
「いかが、なさったのですか…?こんな雨の中で…」
「…俺は、…―――。」
「え?…すみません、雨で声が上手く拾えなくて…」
「弱いな、俺は。…俺なんかじゃ父上には勝てない…。」
視線は確かにこっちをむいているはずなのに視線が合わない。能面を被ったかのような顔をしたセシル様は淡々と言葉を紡がれていく。
「だいたいなんで俺の測定技師官が父上なのだ。俺なんかが歴代最高と謳われる軍将と戦って一本も通らないなんて分かっていたことじゃないか。そもそも、俺なんかが勝てるわかがない。ギルジーク家の者なのに武術は上手くないのに、なんで俺はここに産まれたんだ。俺なんかが…――」
「っセシル様!!」
虚空をみて話しているセシル様が怖くなって慌てて意識を此方に戻そうと、掴んでいた腕に力を込めた。それに気付いたのかセシル様とやっと視線が交わる。ほっと息をついて、早く部屋に戻りましょうと声をかけようとしたとき、
「お前も大変だな。」
「、え…?」
「将来父に劣った軍将になる男の婚約者なんて、早く見捨てたらどうだ?お前も分かっているだろう?俺は一生父を超えることはないと。それともそんなこともわからないほど頭が悪いのか?俺が持っているのは公爵家の嫡男だという事実だけで他はなにもない。秀でていなくてはいけないはずの武術も父に到底劣るような男の婚約者なんてさっさとやめてしまえ。どうせお前ももう少し歳を重ねれば俺のことなんか」
「やめてください!!!それ以上ご自分のことを悪く言わないで…!セシル様はお強い方です!」
「お前がなにを知っているんだ!!!!!!!」
腕を掴んでいた私の手を乱暴に振りほどかれ、今度は彼が私の肩を強く掴んだ。その勢いで乱れた前髪から覗いた、今までなかった左眉の上に出来た傷跡。ギリっと音が聞こえそうなほどに込められた力に私の顔は多分顰められてしまっているだろう。でも、それよりも。セシル様の大声を、強く感情の込められた声を聞いたことがなかった。
「たかが数日くらいしか会ったことのないような者が一体何がわかる!お前に俺のことなんかが分かってたまるか!!のうのうと生きてきた人間に何が!」
「セ、シル様……!」
「優秀な父を持った俺の何がわかる!何をしても比べられては馬鹿にされる俺のことなんか…!」
比べられては馬鹿にされる…?そんなの、
「――…分かります。…貴方だって知っておられるでしょう…?」
「、」
「私のほうが何も持ってません。頭脳も令嬢としての資質も、貴方を支えるだけの言葉も、強さも…。…私の方こそ、なにも…。」
「アリ、シア…?」
「公爵家の娘なのに、それらしくないでしょう。…貴方様にはもっと相応しい方がいらっしゃった筈なのに、私はただセントフォーズ家の娘だというだけで貴方様の婚約者の立場を手に入れたのです。それが分かっているのにこの立場を手放そうとしないのです、私は。…卑怯で、最低でしょう?…そう思っていても、貴方の婚約者としての立場を誰にも譲りたくないのです。」
口からこぼれ落ちる言葉はなんとも醜い。今までは寸のところで何度も飲み込んでいた言葉たちはもう隠れていれくれなかった。こんな根深く暗い言葉なんて貴方には、…セシル様だけには絶対に隠していたかったけど、もう口は閉じてくれない。頭では何度も止めようと指令を出すけれど聞いてくれない。
いまやっと私の中で燻っていた感情の名前が分かったけれど、その気持ちはもう黒く濁ってしまっている。純粋な気持ちだったはずの感情が、言葉を吐き出すたびに輝きを失っていくよう。
ねえ、セシル様。私は貴方のことを好きになってしまったのです。まっすぐに私をみてくれた貴方の視線に撃ち抜かれたのです。貴方の言葉全てに、私のなにもかもが救われたのです。
ただ、好きだと思った感情は気付くまでにその色を増やしていったのです。
最初は純粋に憧れていた。でも貴方と会うたびに見える優しさに惹かれていく。キラキラ光る輝きが私の心の中に灯ったことに気づいたとき、嬉しくて恥ずかしかった。でも、時が経つたびに貴方を一人占めしたくなってきた。王宮書庫ですれ違う女性にみ惚れられている貴方をみて、セシル様のお話の中に出てくるお姉様のことですら羨ましく感じたのです。
貴方の婚約者は私なんだと恥じらいもなくいってしまいたくなる時がありました。知っていますか?セシル様。貴方は女性に人気があるのですよ?その端正なお顔立ちだけじゃなく貴方の紳士的なところや、鍛錬のために剣を振るその姿に、見惚れてしまうのです。その美しさに。
貴方に相応しくないと言われていることも知っています。公爵家という地位でしか取り柄を見出せないこの私に貴方様は勿体無いでしょう。でも、もう無理なのです。
貴方の婚約者としての立場を誰かに譲るなんてそんなこと、もうできる気がしません。貴方を支えるなんて烏滸がましいし、力不足なのは分かっているんです。でも、もしかしたら、貴方の背負うほんの少しでも私が支えることができるなら、私は貴方の婚約者でい続けたい。
「好きです、セシル様…。貴方の真っ直ぐなところも、不器用に優しいところも、考えすぎてしまって言葉に詰まり口を閉じてしまうところも、そうやって悔しそうに沈み込むところも。」
その驚いて口をあけてしまっていつもの凛々しい顔が少し情けなくなってしまっているところも。
「私は貴方との婚約は決して破棄したりしません、貴方に拒絶されたとしても情けなくも縋ってしまうくらい絶対に。」
「…お前は、」
「…はい。」
「お前は本当に…馬鹿だな…?」
「…はい、申し訳ありません。」
その言葉を最後に、セシル様の体はこちらへ傾いてきた。慌てて支えようとはしてみたものの私に支えるだけの力があるはずもなく、あっけなく一緒に座り込んだ。
その時ちょうど追いついたソレルや屋敷の者が、驚きつつも私たちを部屋の中に連れていってくれた。
気を失ってしまっているセシル様は医師に診断していただくことになった。わたしも一緒にとは言われたけど、もう時間が迫ってしまっていることもあり、拭くものだけを借りて馬車に乗り込んだ。
屋敷についた後、わたしの身体も力尽きたのかそのままベッドに倒れこんだ。明日学園がお休みでよかった、と思いながら意識を手放した。
完全に意識を手放す直前に見たのがお姉様の泣きそうに歪んだ顔だったとは、わたしが眠る前に見た幻想だったんだろう…―――。




