18
突然の大声にさしもの天才レイハルクも対応できず、元凶であるシルヴィアに黒い笑顔を向けた。
「…急に大声を出さないでよ。」
「だ、だって…!」
「…それで?なにか思い出したの?」
「そ、そうなの。あのね…―――」
乙女ゲーム「真実の愛を愛してる」には二大巨頭と言われる人気攻略対象がいた。一人はメインヒーローであるレイハルク王太子殿下。超難関キャラとしても名前を挙げられるレイハルクのルートは大まかに分けて三つ。トゥルーエンドはヒロインに打ち勝ち、レイハルクと超幸せな王太子妃エンド。ノーマルエンドはレイハルクが誰にも恋をせずにそのまま王太子妃になるエンド。これは自分を王太子妃としか見ずに、本質のレイハルクを出してくれずに仮面夫婦のような結婚をする。バッドエンドはヒロインにとられた挙句罪を問われ国外追放に公爵家の爵位剥奪。
この三つのエンドがあるもその内容が最低でも一つのエンドに2種類の終わりスチルがあるのもこのゲームの人気の要因だ。
そして、そのもう一人の人気攻略対象はセシル・フォレスト=ギルジーク公爵子息だった。最初、彼は婚約者であるアリシアへの好感度が低いのだ。根暗そうな分厚い前髪や人形のような無機質なアリシアに恐怖すら覚えていた。しかし自分のプライドから逃げることは許さず、正面から真っ直ぐに接していたこともあり、アリシアはセシルに恋をするのだが…。
そんな最悪な状態からスタートするセシルルートだが、これまた最初にある強制イベントで元々低かった好感度をまた下げる出来事がある。それが、セシルの学園最初にある「実力測定」だ。
その「実力測定」の測定技師が父親である軍将で、その父親に無残なまでに大敗してしまう。元々やさぐれていたが真面目でプライドが高いセシルの全てを崩していった出来事といってもいい。そのイベントの後アリシアがいつものようにセシルに会いに行くと機嫌が悪かったセシルに今まで以上の罵倒をうける。それ以降は近ずくことも困難になって行くのだ。
まさに無理ゲー…。しかしまあレイハルクルートより簡単な理由もまたあるのだが、それはまた…――。
「そっか。そういうこと…。」
「え、なに…?」
「いやさっき会ったセシルはちょっと気が張っていたから。」
ドクン、と強く鼓動したのをシルヴィアは感じた。やはりイベントは回避できないのか、と。
「…でもまあ、大丈夫でしょ。」
「な、んで…!!なんでそんな簡単に言えるの!?セシルがアリシアを傷つけるかもしれないのに…!!」
簡単に、あっけらかんに言ってみせたレイハルクに、今まで感じたことのない程の激しい怒りを感じた。たとえ好きな人であったとしても、大事なアリシアを傷つけるということはそんな簡単に流せることじゃない。あの気の弱くて寂しがり屋で、でも頑固なまでに愛情を請い続けるあのアリシアの泣き顔は、今まで嫌という程見てきた。その要因が自分のこの傍迷惑な性格だったことも少なくはない。それでも、アリシアはシルヴィアにとって唯一無二で愛する妹なのだ。本当は泣かせたくないし、出来るなら顔一面に広がる美しい笑顔を見たいのだ。それを…!
「落ち着いてよ、シルヴィア。」
「落ち着ける訳ないでしょう!?レイ、貴方何を言っているのか分かって…!」
「落ち着け。」
「っつ!」
今までに聞いたことのない声だった。一瞬にして場を支配するような、誰もが従わざるを得ないようなピンっと張った声。それを向けられたシルヴィアは恐怖を感じるとともに、この人がこの国を将来背負って行く高貴な方であることを思い出す。
今まで一度も自分に向けられたことのないその強さを、シルヴィアはかのメデューサの目を見たかのように固まってしまった。
それを感じたレイハルクは内心、やり過ぎたかな…と後悔する。今のシルヴィアからは自分を未知の恐怖にあったかのような目で見て身体を強張らせている。だが、それでも、これでしかシルヴィアを止める術を今のレイハルクは知らなかった。
「…聞いて、ヴィー。」
愛称で呼ばれれたことによって強張りが解けたシルヴィアだったが、レイハルクから感じる雰囲気に慣れずに震えていた。レイハルクはそんなシルヴィアに参ったと言うように眉を下げて苦笑した。それをみてやっとシルヴィアにも余裕が生まれて行く。
「…ごめんなさい。貴方がそんな風に言ったつもりはなかったのは分かってたんだけど…。」
「いや、僕の言い方が悪かったんだよ。ごめんね。」
レイハルクは立ち上がって、正面のソファに座り手を握りんで俯くシルヴィアの隣に腰かけた。その振動で揺れたソファに気づき顔を上げたシルヴィアの顔の目の前には、真剣な目をしてこちらをみるレイハルクがいた。そして膝の上で握り込まれた手を上から優しく被せ、きゅっと握られる。
普段ならそれだけで顔を真っ赤にして悪態をつくシルヴィアだが、今回はそんなことできるはずない。むしろ感じた暖かさにほっと息をついた。
「ねえ、ヴィー。僕がさっき言った言葉覚えてる?」
「え?」
「『原作は変わってきてる。』」
「、あ…。」
「信じてみない?今のセシルを、君の妹さんを。彼らは確かに違う道を進んでいる。今のセシルがその『原作』通りの行動をしたとしても、あの二人の今の関係なら乗り越えられるって僕はそう思ってる。ヴィーはそう思わない?」
シルヴィアの頭の中に流れたのは、セシルとアリシアが初めて二人で王宮に行った日の帰りの屋敷前での情景だった。アリシアの控えめだが嬉しそうに微笑む顔と、幼馴染で友人でもあるシルヴィアでさえ見たことのないセシルの穏やかな顔。あれはどの『原作』のルートを探しても見ることのできないものだった。
確かに二人は『原作』とは違う、二人だけの道を歩いていた。
「―――……、…思う、…思うわ…!」
「…うん。」
途端に胸に押し寄せた安堵に耐えきれず、シルヴィアの瞳には涙が溢れる寸前まで溜まっていた。レイハルクは、本来なら人目のない空間では節度のある接触しかしてなかったが、今のシルヴィアを見て体が脳の指令を無視して、その弱い身体を抱きしめた。
シルヴィアは突然のレイハルクからの抱擁に動揺を隠せず顔を赤く染めたが、それ以上にその暖かさを求めてその背中へと腕をまわした。
不安が一切なくなったとは言えない。だが、幼い頃からの友人で誰よりも誠実なセシルを、そして気が弱いけれど真っ直ぐなまでに強い所もあるアリシアを知っている。あの二人なら、もしかしたら。と思ったのだ。いや、信じたのだ。
どうか二人の未来が幸せに交わることを祈って。
レイハルクの腕の中で、シルヴィアはその暖かさに縋るように瞼を閉じる。そこからは一筋の涙が溢れていった。
実力測定の日、シルヴィアは強く握った手が汗で濡れていることに気づかないほど目の前を凝視していた。その背後ではランドが普段感じることのないほどの緊張を主人から感じ、静かに寄り添っていた。ランドには何がそこまでシルヴィアを掻き立てるのかは分からない。しかし、一生をこの人と共にと誓ったあの日から持ち続ける忠誠を抱いて、シルヴィアを見る。もしシルヴィアが傷つくことがこの後に起こるようなら、すぐにでも守れるように。
そんな二人の目の前で行われているのは、今年の一番注目されているであろうギルジーク家の戦いだった。セシルの目の前にはこの国随一の力をもつ軍将、いや父親がその鋭い眼差しで自分を見ている。震え上がるほどの覇気に圧倒されそうになる。それでもセシルの中には一つの言葉と、一人の人物がいた。
彼は言った。
『僕は歴代最高の王になるんだ。』
彼女がいる。
振り返ってこちらを控えめに微笑むその姿で…――――――。
ランド視点のお話って重要ありますか?←




