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「…アリシア様、お加減はいかがですか?」

「…っけほ、大丈夫よ。そんな顔しないで、ミリィ?」


あの日から数日が経った。しかし元々体の弱かったアリシアは風邪を拗らせ、今もなおベッドから起き上がることが出来ないでいた。最初は熱も高く起きている時間も少なかったが、今は枕を背中にあてて座り、読書ができるまでになっていた。それすらも渋い顔をするソレルは、その姿を見つける度に横になって休むように促される。しかし意外にも頑固なところのあるアリシアは暇だから、とあの倭国の書物を読み進めていった。



こんな我儘を言うのはアリシアが気を許してくれている証拠だからか強くは出れないソレルに、ミリィは苦笑する。ミリィはとうの昔に諦めていたため、具合が悪くなったらやめてくださいね、の言葉だけでアリシアの好きにさせていた。




今は咳が出るだけで殆ど治っているのだが、ソレルとミリィに何故か焦った顔をして全力で部屋から出る事を止められたのだ。しかし、ずっと本を読むのも飽きてくるのは仕方のないことで。アリシアは二人が部屋から出ていったあとこっそりと部屋から抜け出す。戻ってきた後に焦る二人は想像に難くないけれど、ちゃんと上着を羽織っているから大丈夫よね、と言い訳を心の中で言いつつコソコソと出ていった。


アリシアはその足でお日様が燦々と照っている庭へと進んだ。サクサク、と芝生の上を進んでいきお気に入りのベンチに腰をかける。そこは昔とある大事な出来事があった場所だが、幼すぎたためかアリシアははっきりとは覚えていない。しかし、何故か昔からここがお気に入りだった。ここで誰かを待っているかのようにぼーっと過ごす時間が好きだった。

ある時は空を飛ぶ小鳥たちを眺め、別の日にはシロツメクサで花冠を作り、また別の日は膝に本を置いたまま眠ってしまったり…。


その場所でアリシアは先日あった事を思い出す。久しぶりにあったセシルのことだ。

窓に視線を移していたアリシアは視界にセシルを見つけた途端、衝動的に走った。いつもなら少し走るだけで息切れをして立ち止まってしまうアリシアだったが、あの時は無我夢中でセシルを探していた。

セシルを見つけた時、安堵と同時に小さく見えた背中を見ていられなくなり駆け寄った。


今思えばあの行動は普段の自分では全く考えられないものだったが、今思い返しても後悔は全くしていない。むしろあの時をもう一度過ごしたとしても、同じ事を繰り返すだろう。


しかしふと、身体の動きを止めたアリシアは次の瞬間ブワッと音が聞こえてきそうなほどに、一瞬で全身を赤く染めた。思い出してしまったのである。勢いに任せて吐露した自分の気持ちを、そして告白を。


「…言うつもりはなかったのに…!」


真っ赤になった頬を隠すように手で顔を覆うアリシア。そのまま何かを唸っている。恥ずかしさは全くなくならないが落ち着いてきた頃には耳だけを赤く染めて、顔の赤みはひいていた。


あの時行ったことは寸分違わずに、アリシアの本心だった。王宮へ行けば沢山の貴族たちがいる。その中でセシルが目立たない筈がないのだ。アリシアの手を引きながら進む姿は絵本に出てくる王子様そのもの。時々ふっと顔を緩められる時なんかは心拍数が駆け足になる程綺麗で。

それが全てアリシアに向けられたものだとわかってはいたけれど、その姿を見てぼおっと頬を染めてセシルを見るご令嬢はたくさんいた。そして横にいる私をみてなにかコソコソ喋るのだ。


アリシアは他人の視線や自分に向けられる感情に敏感だ。その向けられた視線が悪意のあるものだと気づかないはずはない。言葉こそ聞こえないが、大抵は自分が相応しくないことを言われているのであろうと思っている。


それをみて、いつも思うのだ。たとえ政略的にセシルと婚約をしていたとしても。アリシアにとってセシルはもう大切な人になっている。セシルとの関係を無にすることは、もう出来ないのだ。


セシル様の微笑む顔を見ないで、セシル様の婚約者は私なんだ、と。


アリシアの中で初めて生まれた好きという想いは、様々な感情をアリシアに与えていった。焦がれるほどの気持ちを、照れて顔を直視出来ないほどの輝きを、心の中にポツンと生まれた黒いものを。

こんなに自分に感情が溢れたことに最初は驚き、戸惑いなかなか眠れない日もあった。しかしセシルの顔を頭の中に思い浮かべるといつも、アリシアの心は煌めきで埋め尽くされた。


会う日が続く度にアリシアに生まれた想いは大きくなっていく。止められない感情を持つのは初めてだった。





だから、セシルが自分のことを悪く言うのを許せなかった。

アリシアにとってセシルは想い人であると同時に、自分の生き方を、生きる術を教えてくれた恩人でもあった。セシルがいなければいま、アリシアの中には生まれずにいたものが沢山ある。

倭国への探究心や諦めない心、まっすぐ前を見る力も、焦がれるほどの熱い想いも。


アリシアに沢山のものをくれたセシルが、自分を疎かにすることが許せなかった。いつも思うのだ。貴方はこんなにも素晴らし人なのだ、と。こんな私を救ってくれた人なのだ、と。


最後に見せたセシルは、困惑と同時に眩しそうに目を細めていた。セシルにとってアリシアがただの婚約者としての存在だったとしても、あの時の行動は何か一つでもセシルに良い風を吹かすことができたかもしれない。



ふわっと心地良い風がアリシアを包んだ。アリシアの緩くカールした髪をふわっと浮かせ、毛先を遊ばせる。アリシアの座るベンチの反対側の肘掛には小鳥が二羽寄り添っている。仲良く並んだ二羽はチュンチュンと声をあげて楽しそうに歌っている。


アリシアはふっと微笑んで手を差し伸べた。最初はビックリしたかのように歌を止めてじっとその手を見ていた小鳥たちだったが、ふわっと飛びアリシアの手にとまった。


そして再び歌を歌いだす。片方の小鳥がアリシアの肩に飛び乗って、もう片方はベンチの周りを楽しそうにクルクルと飛び回る。


幼い頃から何故か動物たちに好かれていたアリシアは、こんな風に一緒に遊んでいるのが常だった。あまり外に出ないアリシアの唯一の友人といっても良い。

穏やかな空気がアリシアの周りを流れていた。


しかし、それは近づいてくる足音で終わりを告げる。アリシアの肩にとまっていた小鳥はその音に飛び立ち二羽で空へと飛んでいく。アリシアは近づいてくるのが誰かわかっているかのように後ろを振り向かずに言う。


「もう、小鳥たちが飛んでいってしまったわ、ソレル。」


拗ねたようにいったのは、この後くるであろう小言を回避するためのものだった。しかしその言葉にいつもの言葉が返ってくることはなく、代わりに別の声が戸惑ったかのように告げてきた。


「…す、すまない。」

「……え…?」


バッと振り返った先にいたのは、ここにいるはずもない人で。そしてその背後にはソレルが困ったかのように眉を下げて笑っていた。


「…せ、…セシル様…?」

「ああ、突然きてしまいすまない。」


そこにはセシルが戸惑ったように口を閉じていて。何故ここに、とか。どうして今、とか色々なことが頭の中に浮かんだアリシアだったが、混乱したためか口から出た言葉は…―――


「キ、」

「き?」


「キャーーーー!!」



その時誰もが初めて聞いたアリシアの悲鳴だった。

アリシアの頭の中に最後に浮かんできたのは、適当に選んだ部屋着のまま出てきてしまった自分への叱責だった。














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