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第2章の始まりは少し時間が戻ります。ご了承ください。
「用事がないのなら話しかけないで」
「え、あ…、」
朝日が眩しく輝いているころ、グランドスワレイ王国のセントフォーズ公爵家の屋敷にある廊下のど真ん中で、二人の見目麗しいご令嬢は対面していた。しかし、少しの時間の後一方の女性は踵を返し長く続く廊下を従者を連れて去っていった。取り残されたご令嬢はその背中に震える手を伸ばしたがその手が相手に触れる事なく、力なく降ろされそっと寄り添った従者に連れられて自室へ戻って行った。
最初に去って行ったご令嬢の顔はキリッとしており少し目が鋭い。真っ直ぐ伸びた背中と上品に前に組まれた腕、優雅に歩く姿はどこから見てもただのご令嬢ではない。見た目はまだ幼さを感じさせるが、その凛々しいまでの美しさに威厳すら感じさせる。
しかし、そのご令嬢。自室へ向かう脚がだんだん速くなっているではないか。どんどんどんどんスピードが上がりはするものの、その優雅さは損なわれない。しかし、やはりその速さにチグハグな違和感を感じさせる。
後に続く従者は慣れているのか前を歩くご令嬢との距離を変えずについて行く。
自室の扉が見えてきた頃にはもう早歩きとはとても言えない速さになっていた。そして、その顔は表情こそ変わらないが、こころなしか蒼ざめているようにみえる。
バーーン!!!
勢いよく開いた扉に、部屋の中にいたメイドは少し目を見開いて驚いている。
それを気にせずにスタスタと進み中央にあるソファに座り、ひとこと。
「………………またやってしまったわ」
ズーーーン、という音を背負ったかのような悲壮な声と膝上に組まれた腕で額を支え顔を隠された。ご令嬢ことシルヴィア・ラルク=セントフォーズはいま誰が見てもわかるように酷く落ち込んでいる。
その姿は普段の彼女では想像できないほど影を背負っているではないか。
「シ、シルヴィア様!大丈夫ですか?!」
「自業自得という言葉ご存知ですか、シルヴィア様。」
三者三様ならぬ二者二様のごとく、メイドでシルヴィアより少し歳が下のサリィは気落ちした主人の元へ駆け寄りその頼りなくなってしまった背中に寄り添う。その顔はとても慌てていて主人が心配だとありありとわかる。一方冷たく言葉を投げたのはシルヴィアとは乳兄妹で呆れたと隠しもしない表情と言葉で主人であるシルヴィアを見下ろしている従者兼護衛のランド。態度と言葉はまったく遠慮のないもので本当にシルヴィアを敬っているのだろうか。
「う、うるさいわよ!ランド!!そ、それくらい分かるわ!」
「では先程のアリシア様に向けたご自身の言葉を思い返してください。」
「うっ!」
「シルヴィア様!ラ、ランドさん!やめて下さい!シルヴィア様だってご自身の態度が悪いことだってわかっていますよ!」
「…サリィ、君の言葉でトドメが刺さったよ。」
「え?…あ、シ、シルヴィア様!?」
二人の遠慮のない言葉(一人故意的ではなく言った者もいるが)で再起不能まで落ち込んだシルヴィア。もう回復は見込めないのか。
しかし、その俯いた口元から弱々しくだが言葉が溢れる。
「…わかってるわよ…。でも、アリシアはオドオドし過ぎでつい…。」
「ついで虐めていれば話になりませんね。」
「ランドさん!」
その言葉も直ぐ様ランドに叩き落とされはしたが。
「落ち着かれましたか?」
「ええ、ありがとう。」
漸くシルヴィアが落ち着いてきたのは先程より少したった頃だった。この短さが先程のやり取りの多さを伺わせる。
「しかしまぁ、シルヴィア様も変わりませんね。アリシア様がお可哀想ですよ、こんなに自分を冷遇する姉にも諦めずに何度もお声をかけられるなんて。」
「わ、わかってるわよ。」
「それにしてもどうしてあの様な可憐で庇護欲のそそる方がこの屋敷に御生れになったんでしょうか。シルヴィア様は兎も角、旦那様方のお子様でしたらもう少し気が強くなりそうなのに。」
「兎も角とはなによ。…まあ、それもそうだけど。」
ランドの言葉通り、この屋敷ではアリシアはとても珍しく異様さを感じさせる。見た目はセントフォーズ公爵や夫人の良いところを受け継いだご令嬢で、シルヴィアとは違った美しさを持っているが、重たく分厚い前髪で大きくぱっちりとした瞳を隠し、その美しさに影を落としている。
そしてその少し気弱そうな見た目通り、アリシアはいつも小さく縮こまり不安そうに視線を下に落としている。公爵家令嬢としての教育はされているがいつも自信のなさそうにしている姿はこの屋敷である意味視線を集めている。
「あの子の態度は公爵家令嬢としてあり得ないわ。社交界に出る前までになんとかしてもらわないと、恥ずかしくて家から出せないわよ。」
「まあまあ、落ち着いて下さい。『アリシアが心配だ、このままじゃ変な男にいいようにされてしまう』ですよね?分かりにくいですよ。それに、少し頼りない態度ですが社交界に出ればその美しさに惚れる殿方もいらっしゃるでしょうが、警戒心の強いお方なので大丈夫です。ソレルたちも居ますし、彼らが許しませんよ。」
「…ランド、少し貴方とは大事なお話をしなくてはいけないみたいね?」
「あ、遠慮します。」
「…はぁ」
「お、落ち着いて下さい。お二人とも…。」
二人の言い争いはもはや日常と化しているが未だサリィはその険悪さに慣れない。
決して二人の仲が悪いわけではない、むしろ遠慮のないその関係は良いと言えるだろう。
「そう言えばシルヴィア様。レイハルク殿下から今日王宮に来るようにとのお言葉を頂いています。」
「…あいつも毎回突然よね…。私の事を何だと思っているのかしら。」
「そう言いつつも急いでご準備されているではありませんか。そういう事ですよ。」
「本当にお前も変わらないわね…」
「シルヴィア様!殿下をあいつなどと言われてはいけませんよ!」
「…サリィ、今それを言うの?それにもうあいつに渡す礼儀など持ち合わせてないわよ。」
「なかなか酷いじゃないか、ヴィー。」
「煩いわ、レイ。笑ってるじゃない。」
所変わってここは王宮。王族と許された者のみが出入りを許されるプライベート空間の広い温室のなか。周りは綺麗な薔薇や様々な花が咲いている場所で、二人はお茶を楽しんでいる。
こうしてレイハルクの時間が出来た時は殆ど二人で過ごすのは昔から変わらない。
それは二人の関係に名前がついてからも同じだ。
「婚約者にはもう少し優しくしてもらいたいものだな?」
「それなら事前に連絡をいれることね。いつも突然呼び出すのだから。」
「でも、君はいつも来てくれるじゃないか。」
「れ、礼儀の話をしているのよ!私に予定があればどうするのか言っているの!」
「うん?どうするの?」
「…まあ、貴方から呼び出しがあったと告げれば大丈夫だろうけど。」
ふふ、と笑う顔が憎いのなんの。シルヴィアは綺麗に整っている眉を中心に寄せて正面に座るレイハルクの顔をジッと睨む。
しかしその視線に気づいたレイハルクがニコッと微笑むと髪に隠れた耳を赤く染め、口元をソーサーで隠して視線をそらす。
その姿はいつもの美しさとはまた違ったものを感じさせている。
レイハルクとシルヴィアは幼馴染だ。産まれて数年経った時に国王と宰相、(今はここにはいないが)将軍の子供が同い年だと言うこともあり王宮でよく遊んでいた。
三人は男二人と女一人というすこしおかしな組み合わせだが、意気投合したのかすぐに仲良くなり今では勝手知ったる場所として王宮の私設を行き来している。
そしてその数年のち、レイハルクとシルヴィアが婚約を結んだがその関係は変わらず仲の良いままだ。
今ここにいない将軍のご子息であるセシルとよく王宮でお茶をしている姿が確認されている。
しかし、関係は仲の良いままだがそれは友人としてではなく、シルヴィアとレイハルクの間に流れる空気は甘い。
幼い頃から過ごす内に生まれたこの気持ちは婚約者として実っているのは、この世界では珍しい。
王太子とその婚約者の仲の睦まじさは王都でも人気の恋物語として知られているとシルヴィアが聞けばその美しい顔を真っ赤に染めて反論するだろうが。
「それで?今日は何かあったのかしら?」
「ヴィーに会いたかっただけだよ?」
「や、辞めなさいよそういうの!」
何かあったんでしょう!と顔を少しだけ赤く染めて抗議する姿は意志の強さを表している少しだけつり上がった瞳を強調させているけれど、それを見るレイハルクの目は穏やかで優しく、そして少し熱を持っている。
ただのいつものイチャイチャか、と給仕をしていたメイドは瞳を無にしてささっとその場を離れる。これは二人が王宮でいる時にはよくされる事なのでもう王宮に住む使用人達は慣れたものだ。自重してくれとは思っているが。
「ふふ、相変わらずシルヴィアは面白いね。話というほどのことではないけど、少し耳にしたことがあってね?君の妹さんとセシルが婚約したんだって?」
「……そうよ。」
「不満そうだね?」
「アリシアはまだ公爵令嬢として未熟なのだから婚約してはいけないと思うのよ…!!それによりにもよってあのセシルよ!?あの朴念仁よ!?」
「……悪かったな、朴念仁で。」
「げ」
「やあ、セシル。遅かったね?」
「誰がお前達二人のところに行きたくなるんだ。俺を呼び出すのは辞めてくれ。」
シルヴィアはぶすっと顔を顰めたとおもえば途端、勢いをつけて喋り出した。最初こそ姿勢だけは落ち着きを見せていたが後半は立ち上がらん勢いだった。その顔にはありありと私は不満ですと言う様に顰められており、ツリ目気味な瞳を更につり目にさせている。
そんなシルヴィア達の元には新たな人物が近づいてきた。表情こそ変わらず無ではあるものの声は先ほどのシルヴィア同様不満を露わにしていた。
「いいじゃないか、僕たちの仲だろう?」
「ならイチャつくな、来にくいだろう。」
「い、イチャついてないわよ!!」
今度は顔を赤くするシルヴィア。本当に忙しい人である。
「で?なんの話があるんだ。」
「シルヴィアが君と妹さんとの関係を気にしていてね?」
べ、別に気にしてなんか…!というシルヴィアの声は完全に無視されている。彼女が意地っ張りなのは今に始まった事ではない。
「…アリシア嬢の事か?」
「うん。彼女はどんな感じのご令嬢なの?僕はシルヴィアからの話しか知らなくてね。」
興味津々という風に元々の笑顔を深めて聞いてくるレイハルクに少し眉をキュッと寄せたセシルは口を閉ざしたまま視線を反対側へ向けた。そうすればその先にいたシルヴィアが目に入った途端、数秒前の自分を呪った。
「…セシル、貴方アリシアの事泣かせたら許さないわよ…。」
「はあ…。それを本人に言えば関係が良くなるんじゃないか?」
「そんなこと出来たら苦労してないわよ!」
正論である。そして早くもシルヴィアは開き直っている。
この三人の関係はいつもこうだ。男女混合の関係でここまで仲が良いのは他にいないだろう。
二人の言い争いを今度は穏やかに微笑みながら見守るレイハルクはとても優しった…――――。
はい!ということで第2章ではシルヴィアもメインヒロインとしてこれから数話でてきます。どうぞよろしくお願いします。
悠子




