9セシル・フォレスト=ギルジーク
セシル視点
初登場人物もいますので是非宜しくしてあげてください。
グランドスワレイ王国は北は様々な果実がなっている木々や多くの種類の動物たちが住まう森の楽園、南は広々とした穏やかな波が打ち付けられ色とりどりの魚たちが住まう海の楽園
と称されるほど自然豊かな国だ。
しかし我が国は自然だけが取り柄なわけではなく、生活水準も高く現国王がしく王政は歴代最高の平和だと言われるほど国としても栄えている。
そんなグランドスワレイ王国の軍事面を担い戦闘に立ち軍部を率いているのは現軍将のギルジーク公、我が父上だった。
幼き頃から父の背中は広く大きく、前を睨みつけるように鋭い瞳も精悍な肉体も、どれもが力強く威厳を持っていた。
ギルジーク家に生まれたことになんら不満などは持ち合わせていない。しかしその完璧なまでに偉大な父上を見ていると標高の高い山に登ったかのように息がしづらくなるのもまた、事実だった。
公爵家嫡男としての教育は決して甘くはないがどれも苦痛などと思うほど辛くはない。それは元々の素質がそうさせているだろうことはわかっていた。
一度教えられたことは何度も繰り返す必要のないこの頭は逸脱していたし、遺伝からか同世代の子息には負けないほどの技術を持って武道でも負けることを知らない。
そんな私に教師たちは我が力のように大袈裟に褒め称え他へ言いふらす。しかしその瞳を彩る色は自身の功績だと自分を褒めるものと、異質だと私を見る恐怖で引き攣るものだった。
それに対して不満はないがあからさまその態度にも視線にもいい加減鬱陶しく、振り返ればあのころの私は反発心の塊であったのか、次の日には見知った顔の殆どが屋敷から姿を消していた。
そんな私にもこの傲慢な性格を一新させるほどの人物との出会いがあったのは幸運だった。飄々とした態度に、顔に常備された微笑み。何でもサラッとこなしてみせる姿は正に完璧そのものだった。私も公爵家嫡男としての能力を買われていたため頭脳も武道も劣っているつもりはなかったし、むしろ同年代に同レベルの人間などいないと思っていた。
しかし、その考えを傲慢だと一蹴りし鼻で笑った相手は常に前を見て突き進む強さと貪欲さを惜しみなく発揮していた。
それは住む環境がそうさせたのかもしれないと言うのは簡単だが、しかしそのまっすぐ直進して一寸のブレのない美しさは、私の全てを変えていった。
そんな男、レイハルク・ジル・ド=グランドスワレイ王太子殿下こそ、私の生涯の忠信を捧げると心に決めたのは、必然にして命運だったと思う。
「また難しい事を考えているのかい?」
「いや、何でもない。」
そんな懐かしい事を思い出したのは場所の問題だったのかもしれない。
――――――――――――
レイハルクと初めて会ったのは王太子殿下であるレイハルクの側近を探すのに、この国の片翼を担う我が公爵家に同じ年齢の子息が居たため選ばれ王宮に訪れた時だ。王宮の私邸の庭園で王妃主催の茶会で父に連れられ挨拶をした私にいつもの微笑みを乗せたレイハルクは流れるように端の席に私を誘導しそこで話を始めた。
最初は堅苦しくない話ばかりだったが数刻たった時にサラッと言われた言葉は感心すらする程に呆気ないものだった。
「君は僕の側近になるつもりはあるの?」
「…そのつもりで本日は参りましたが。」
「そっか、うん。ならその性格変えてきてくれない?」
「……は?」
まるで当然のことを言ったかのようにサラリと言う王太子の気持ちが読めず怪訝な顔をした私に先程向けてきた笑顔とは異なる、他人を馬鹿にしたような嘲笑いをした。
そんな表情を向けられたことのない私は気分が悪く、何言っているのかと睨みつけた。仮にも王太子な相手に反発を向けるわけには行かず、しかし馬鹿にされた事に言い返さないほど自分を安売りしていないため視線で対抗した。
しかしそれを見た王太子は表情を変えずに話を進める。
「君のそのちっぽけなプライドや傲慢さは僕には不要だからね。軍将の子息だから能力は高いだろうけどただそれまでだ。向上心も忠誠心も持っていない相手を側近にするほど僕の側近に対する条件は甘くない。」
「…王太子、それは」
「まあ君が変わらなくても今は君しか側近候補がいないから覆すことができないけどね。今の軍将で長年続いたギルジーク家からの軍将の輩出を途絶えさせるのは惜しいからせいぜい頑張って。」
「…私の何が不満ですか。公爵家嫡男として必要な能力は充分にもっているはずです。」
「さっきから言ってるんだけどなあ…、なら聞くけど君は軍将になるつもりはあるの?」
「ギルジーク家の嫡男ですから当然でしょう。」
「なら、君の父上以上の軍将になる覚悟は?」
「…は?」
「今の軍将は歴代最高の能力を持っている。軍将としての技術はもちろんだけど戦略を立てる知能も申し分ない。そんな父親を越そうとしてる?」
「………父以上、ですか」
「うん。僕は歴代最高の王になるんだ。その側近も歴代最高じゃないと意味ないだろう?」
「…陛下は創国以来最高だと言われていますが、」
「知ってるよ。でもそんなものは越せばいい。他の誰にも父より劣っているとは言わせない。僕はこの国の王太子だよ?国を繁栄させる為にいるんだ。」
「…どうしてそこまで思えるのですか?」
「うん?」
「歴代最高とはこの国を創った偉大なる祖先たちより偉大になると言うことです。我が父だって彼らを目指しているといいます。それ以上なんて…、」
「君は本当に馬鹿だね。君の持つ能力に自信しか持っていないのに、負けることしか思ってない。なんで追い越そうとは思わないの?君の持つプライドはほんっとうにちっぽけだね。その傲慢さはどこからきてるのさ」
「追い越す、ですか」
「うん。……で、そろそろ返事聞かせてくれない?僕の‘‘側近’‘になるつもり?」
賭けてみようと思った。この貪欲に求める姿に。もしかしたら将来、口だけだったではないか、なんて思うかもしれないが、それでも多分私はもう、それが成されなかったとしてもこの方についていくだろう。
そう漠然とした思いが私の脳に直接殴り書きされたようだった。
「はい、勿論です。今すぐにでも殿下が望む側近となって見せましょう。」
そう言い切った私を見つめる王太子の表情にはもう嘲笑などなく、あるのはいつもの笑みと瞳に映る楽しそうな色だった。
――――――――――――――
「ふうん?その割には口角が上がっているようだけど?君の笑みを見たのはいつぶりだろうね。」
「気のせいじゃないか?ほら、早く執務室に戻るぞ。」
「真面目だなあ、少しくらい息抜きしなきゃ捗らないよ?」
「はいはい。」
あの日誓った言葉を偽りにしないよう私は殆どわかったものと放棄していた勉強を再開し、今でもそれは続いている。そしてあのころのとは違い王太子殿下とは幼馴染としても主従としても距離を縮め今では名実ともにレイハルクが望む‘’側近‘’となった。
レイハルクから直接言われたわけではないが初めて会った時から数年後には王太子専用の執務を共にこなしたり、側近としてあらゆる行事に付き従っている。
レイハルクのあの飄々とした態度も常に貼り付いている笑顔も、あの常に前を見て突き進むその力強さと貪欲さは今も変わらない。
あの時言われた言葉は私の憶測に住み着いて全く完全なまでに動かない忠誠心となった。
私は私の全てをかけえてこの王太子殿下を創国最高の王にすべく力を尽くすだけだ。
「あ、そういえば今日来るよ。」
「…またお前はあいつを呼んだのか。ちゃんと前日までに知らせているだろうな?」
「さあなんのことだろう?」
「…はあ、またあいつが怒鳴って来るのが分からないのか?いい加減聞き飽きたぞ。」
「何言ってるの、セシル。あそこが可愛いところだろう?」
「…私には分からないな。」
「ふふ、まあ今日は君も覚悟しておいたほうがいいよ?」
「は?」
「だって君、あの子が一番大切にしてる子を貰ったんだから、ね?」
途端に脳裏に最近初めて見た控えめに微笑む姿が横切った。
なぜ横切ったのか、とそんな事は考えるまでもない。
もう自分の中でその存在が確立しそうになっているからだ。
しかし、それを認めてはいけない気がするのもまた、事実として心の中に存在している。
「…貰ってはいないだろう。」
「今は、だろう?それに上手くいっているみたいだからそれについても言われるだろうね?」
それはあの頃見た笑みではないけれど、でもあの頃より暖かさのある笑顔だ。まあ、それは悪戯を思いついた少年のような幼さの残るものだが。
もう何年も隣にいるがその笑顔を見るたびに嫌な予感しか感じない。はあ、と溢れるため息を隠さずつげる。
「もう帰っていいか……?」
「ふふ、だーめ。」
あいつのことはお前がなんとかしてくれと何回言っても変わらない。俺を巻き込むなと言っても変わらない。
楽しそうなレイハルクはある意味悪魔のようだ、とこれから起こるであろう出来事にもう一度、私は大きくため息を吐いた。
これで第1章は終了です。第2章もお付き合い頂けた幸いです。ありがとうございました。
悠子




