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六角の花   作者: フミ
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今年最初の雪

白い羽が飛び立った地の底では、ジョアンが額の汗を拭って空を見上げていた。


「ソヤカ様、何処へ?!…ああ行ってしまった。」


ジョアン率いる五十名程の発掘隊の使命は二つあった。

一つは倒壊した封神壇の柱に刻まれた旧文明の歴史の発掘と記録であり、

もう一つは毎日ここに訪れる、思い詰めた感のあるソヤカが、自暴自棄な行動をしないようにとの監視役である。

しかし白い羽になって飛んでしまうので、そこからの追跡は出来る筈も無く、

額の汗を拭った左手の薬指の指輪の感触が、未だ鮮明なハルナの記憶を思い起こさせ、発掘作業どころでは無くなってしまった。

到底 夏とは思えない肌寒さが、汗ばんだ身体を冷やしてしまう事になりそうなものだが、そうはならなかった。


「暑くなりそうだ。」


革の羽織りを脱ぎ捨て、梃子棒(てこぼう)を肩に担いだ。

そうする事が、これから先 何十年になるか分からない約束の日まで、マカベ ジョアンであり続ける唯一の方法だった。


白い羽が飛び立った方角を辿るとする。


アキヨリの鉄産球の塔を掠め、ホウライ山の麓にでは、心柱が立つまでに再建の進んだオンケイ寺の五重塔には、ワシノミヤ組の職人達が半纏を脱ぎながら久しぶりの青空を見上げている。


去年は青々と稲が風に揺れていた田園地帯には見る影も無く、茶色く立ち枯れた残骸が横たわる。

しかし ここにも青空を見上げる農民の姿があった。


城下町はどうだろうか、嬉々として青空を見上げる町民は勿論の事、気の早い連中は笛や太鼓を持ち出し、ある一箇所に集まりつつある。

そこはトミナリ城の一の曲輪、やっと天守閣を建てる事になった一角には足場が組まれるだけだったが、やはりそこは この国の象徴なのだろう。


そして海、そしてエダ島湾、そして夾竹桃の浮島、白い羽が降り立とうとするそこにはジンキチの熱演があった。

派手な着流しをゆらゆらと靡かせ、船の上ながら揺れる様に倒れて行く その動きは、どこからどう見ても海に沈んで行く様にしか見えなかった。


「男一匹 キダ クニトモ!海に生まれて海に生きたこの俺が、海で死ぬなら本望よ!」


サカイの戦ではアキヨリになりすました名演は、本日 初披露の演目で演じるのは海の王なのだろう。

海の王を海に沈めたのは、黒子が操る張りぼての怪魚だった。

張りぼてには頭と尾に棒が付いていて、それぞれ一人づつの黒子が生きているかの様に泳がせている。


「凄い!凄い!ほんとに生きてるみたいだ!」


「すごいですね、くにとも さんは きっと すみともちゃんのことなのですね。」


浮島から海に張り出た夾竹桃の根が絡み合った観客席では、少女と幼子の観客が甘い蜜がたっぷりかかった菓子を食べながら、甘い蜜でベタつく手を叩き、名演に喝采を送っていた。

その後ろでは巨大な怪鳥が、演劇に興味が無いのだろう終始そっぽを向いている。

その足元には、黒子の操る張りぼてとほぼ同じ大きさの魚の骨が打ち上げられ、目玉を失った穴ぼこで虚空を見つめている。


元はと言えば 魚の骨は生きた魚であり、更に元を辿れば巨大魚は何の変哲も無い一匹の鯖だった。

海へ溶け出した火の鳥の血を浴び 巨大化したのである。


「ニリカを助ける為にスミトモは化け物魚と戦ったんだね。

なあなぁトウカ、スミトモっていい奴だよな。」


トウカは海面を蹴りながら答えた。


「みんな こわいと いいますけど、とても やさしいひとですよ。」


トウカが言うように世間の評判と本人の実情には乖離がある様に、演劇は脚色され現実とは違うものだ。


「ああ、母ちゃんに父ちゃん!俺を迎えに来てくれたのか!

いや違う!あれは弁天さんにヨシタダさん!俺を助けに来てくれたんだ!」


ジンキチ演じるキダ クニトモは、天女と鎧武者に引き上げられ救われた。

何がどう違うかには言及しないが、スミトモはニリカとヨシサダに助けられたのは事実なのだろう。


「良かった!良かったよ!スミトモは助かったんだ!

でもさ、スミトモが死んじゃったら、私のせいだったんだよね。

トウカもジンキチも私に良くしてくれるけど、私はそんな価値があるのかな…」


出航する度にに挨拶に来てるれるスミトモが生きている事を知っていながら、ピリカは物語の大団円に立ち上がって拍手喝采を送ってすぐさま落ち込んだ。

つまり名演に夢中になっていて、身の回りに起きている事は疎かになっていた事になる。


「ありがとう、あなたが出て来てくれたから曇り空が晴れた、私の吹雪がこびりついた この国に夏を連れて来てくれた。

私のやった取り返しのつかない事を帳消しにしてくれた。

ありがとう…本当にありがとう…」


白い羽がピリカの手を握っていた、白い羽は跪くソヤカになった。


「ああ!見つかった!見つかっちゃった!どうしようトウカ。」


ソヤカに礼を言われる意味が分からないピリカは、身をよじり夾竹桃の花の中へと戻ろうとした。


「いきるかちのあるなしで ひとはいきているのではない、うまれたからいきているのだ。

おとうさまがいっていました。

いみはわかりませんが、いまこそいうときだとおもいました。

そして ぴりかと とうかは あまてらすのけしんです。

ぴりかが あまのいわとからでてきたので そらがはれたのです。

だから しんぱいはいらないのです。

おうちに いきましょう、おとうさまとおかあさまは、きっとうちのこになれといってくれます。」


全く意味が分からなかった、しかし思い知らされた。


「ハポ…私は生きていていいんだね…」


その年の稲の収穫はほぼ無いに等しかった。

しかし寒さに強いジャガタラ芋がアキ国に一人の餓死者も出さず、いつしかその耕作を考案したモンジュウロウを称え、ジャガタラ芋はモンジュウロウ芋と呼ばれるようになった。

蒸したモンジュウロウ芋を頬ばりながら、今年最初の雪の下、ピリカは山の屋敷から見える景色で、ただ一つ行っていなかった高台に登った。

行っていなかった理由をぼんやりと考えたなら、何故かアキヨリに妨げられていた様な気がしてきたさ。


「ここに行こうとする度に、どこか他に連れて行かれたような気がする、何があるんだろ?」


何か置いてあるのは屋敷からも見えたが、間近に見るそれにピリカは息を飲んだ。


「凄い!侍だ!生きてるみたいだ、誰が作ったんだろ?

ああ、きっとアキヨリだな、人から見て良く出来ていても、作った本人は恥ずかしがったりするもんな。」


十二人の侍の陶像、タキを筆頭にアキヨリに付き従い守り通した忠臣 豪傑達である。


「リッカが作ったんだよ。」


声を掛けられ振り向けば、赤い綿入れ半纏を着たアキヨリが立っていた。


「ごめん、どうしても見たかったんだ…

あれ?リッカが作った?あれ?あれ?」


あての外れたピリカは首をひねって考え込んだ。

その少女らしい仕草にアキヨリは安堵の表情を浮かべて、半纏を脱ぎピリカに着せてやった。


ピリカはタキの顔を知らなかった。

吹雪に立ち往生したアキヨリを誑かし、間欠泉へと導いた、火の神と思われる者から最後までアキヨリを守り通したタキの顔を知らなかった。



おしまい

ひとまずの最終回です

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