今度こそ守り抜いてみせる今度こそ産んであげる
「御開祖様!お頼み申す!」
振り返り様に叫ぶアキヨリに応えるのは、乱立する筍の隙間に覗く青白い炎。
「やっておる!娘の名前、確かに先程申した通りなのだろうな!」
ヨシサダがやっていると言うのは、名を知った相手を意のままに操る術である。
アキヨリがピリカの所に辿り着くに、筍を掻き分け一苦労を要した。
ピリカを連れ戻すにも一苦労を要するだろう、怨霊供の抵抗も予想される、ピリカを操りヨシサダの超人的な体術で脱出させようと言う魂胆である。
ピリカの名を確認する様な文言は、術が上手く行っていない事を意味し、
ピリカとはっきり言わないのは、土中から湧いて出る筍怨霊供に名を知られぬ為である。
他者を呪うと言う行為に、相手の名を知る知らないは重要な因子となるのだ。
「何故 上手く行かぬ?!御開祖は聞き間違えたか?!」
アキヨリはヨシサダの神通力に絶対の信頼を寄せているが、異文化への理解力には疑問を抱いている。
ピリカという聞き慣れない名前を、聞き間違えたとの疑念を呟いた。
「違うんだ…」
夾竹桃の仄かな白い灯りに照らされたピリカの顔色には、赤の要素は全く無かった。
「何が違う…そうか!自己暗示か!」
人を操る術を破る方法の一つである、操られる前に自分で自分を操る自己暗示が有効なのは、自分の身を以て立証済みである。
アキヨリはそれで間違いないかと、ピリカの目に自分の目で訴え、ピリカは分かっているなら、さっきの願いを聞き入れろとアキヨリの胸に赤ん坊を押し当てた。
「私はこの方法で人の世を憎む人間に付け入って、火の鳥に取り込んでは縛り付けて来たんだ。
大昔の人間が、人間の脳の仕組みを解き明かして編み出した方法なんだ。
そうやって何億って人間を全て火の鳥に取り込もうとしたんだ。
絶望が深いほど強く作用する、助けようとした人にも伝染する!
片腕で軽々持ち上げられる私が、岩みたいに重く感じられたんじゃないか?!
あんたも ここから動けなくなってしまう!
今ならまだ間に合うかもしれない、私から離れて!赤ん坊を連れて逃げて!!」
アキヨリに突き付けられる選択肢、それはピリカを置き去りに浮島を去るかどうかでは無い、赤ん坊を受け取りピリカを身軽にするかどうかである。
しかし受け取ってしまっては、赤ん坊をどうしても守ると言う一踏ん張りを妨げる事になる。
「よく聞け、自己暗示などあくまで自己暗示であって自分でどうにでもなる。
お前は数多の人間を誑かし、火の鳥に取り込んでしまった罪に苛まれ、その罪を清算するには怨霊供と供に消える他無いと思い込んでおる。
だがな、怨みを晴らす為に人の営みを破壊せんと願う、手前勝手な敗残者など、お前が手を出そうが出さなかろうが辿る道など似通ったものだ。
正信の意味で罪を清算すると願うならば、生きろ!
より苦難の道を行くのが贖罪の道だとするならば、生きろ!
お前は力を持って生まれた人間だ、人間の薄汚さに塗れる前に、母御膳の愛情に育まれた人間だ!
お前の本質は愛だ!その愛情と生まれ持った力でこの赤ん坊を守り抜き、陥れたとする人間の数百、数千、数万の人間を救ってみせろ!」
ピリカの頬に見る見る赤みがさし、その瞳を彩る輝きは思い描く様々な未来の出来事だった。
「ここを抜け出したなら、本当にそんな未来が私を待っているの?!」
アキヨリが感じる岩を抱え動かす様な感触が、一人の娘を抱える感触に変わった。
「そうだ!その調子だ!そして一歩を踏み出すのだ!」
ピリカは導かれるように筍の隙間から瞬く篝火を見た、船に焚かれた篝火である。
そう遠くは無い、一息走ったら 灯りだけでなく熱も感じられるだろう。
それにはまず最初の一歩を踏み出さねばならない。
「生きる!私は生きる!!」
古代人が脳の仕組みを解き明かしたと言うならば、今のピリカを操る手段は皆無だと判断するだろう。
強い意思などではどうにもならない支配を、生き抜く本能が打ち砕き、ニカワで貼り付けた様な足が弾ける感触と共に地から剥がれた。
「ああああああああああ!!」
しかしピリカの口を突いて出たのは絶望の感嘆だった。
土を巻き上げ無数の筍が壁の様に立ち塞がったのだ。
「ふぁっははっはっはああ!源家の末孫よ、飛んで火に入る夏の虫とは貴様の事!
我等一族の怨み侮るでないぞ!
ヨシサダめの声も聞こえたな、貴様の大切な小倅の命が消え行く様を指を咥えて眺めるが良い!」
笑う怨霊をアキヨリが笑う。
「何が我等一族の怨みだ!筍を生やすしか能の無い三下が!それで俺を捕まえた積りか!!」
アキヨリの眉間から炎の刃が噴き出し筍を焼いて砕く。
赤く染まる浮島に高揚するアキヨリの視界だが、額から覆い被さる冷たい感触と、川底の泥をほじくり返した様な生臭い臭いと共に真っ暗になった。
「はははは!ああはははは!!この時を待っていたぞ!シジマ アキヨリ!!」
次いで右肩の激痛、それらがアキヨリの記憶を刺激し、胸に蘇らせる景色はサカイ南門の激戦、そして肩に重傷を負わせた一人の人間の名を叫んだ。
「イシカワ ヒサハル!!」
右肩が嬉々として笑った。
「ひゃっはっはっはああああああ!!
嬉しいぞ!儂を覚えていてくれたか!痛みが引いたとて、腫れが引いたとて、消えぬ穢れがあるのだ!
無様にサカイの川底で溺れ死んだ儂だが、貴様の額を覆う力しか残っておらぬが、大斧で頭を叩き割られた心地であろう!
自慢の火炎は出せるか?小娘の術が伝わりままならぬ体で、怨霊供に捕まる前にこの壁の様な筍を打ち破れるか?
さあもがけ!さあやってみろ!」
「やってみましょう、りようちゃん!!」
筍の壁が燃える、そして吹き飛ぶ、筍の壁は火炎の壁と化した。
「ああ!熱い熱い!!」
怨霊供の呻きと、燃え盛る火炎を貫いて現れたのは、翼を畳んだ突進態勢のリヨウと、その背にしがみ付いたトウカだった。
「りようちゃん!うえです!」
トウカの放った火炎は上昇気流を起こし、一撃離脱を可能とした。
しかし一撃離脱を不可能とする力もあった。
「源家の末孫!可愛いのう!可愛いのう!この童が苦しみ生き絶える様は、貴様等一族にとってどれ程の苦痛であるかのう?
足止めしか出来ぬ我等だが、それさえ叶えばそれで良いのだ!」
上昇気流を掴んだリヨウの広げた翼に纏わり付いた、筍が燃える白い煙が、墨流し状に赤と青の入り混じった濡れた質感に変わり、遂には血濡れの青白い無数の腕に行き着いた。
ビィイイイイキキイ!!
悲鳴じみた雄叫びを上げたリヨウは、辛うじて体を反転させ、翼でトウカを包みながら、無数の腕に背から筍の燃えかすの上に叩きつけられた。
「リヨウ!トウカ!!」
すぐ様二人へ駆け付けられずに もがきながら、ヒサハルに目隠しされた目にアキヨリが感じるのは、トウカとリヨウが切り開いた道の向こうに吹き荒れる吹雪と、とぐろを巻く火炎。
それはリッカとニリカが間も無く ここに来る事を意味していた。
「間に合うかのう!間に合うかのう!子を思い遣る母の願いは間に合うかのう!
ひゃっはっはっははっはっはああ!!」
笑う右肩を目隠しされた目で睨んだ。
「外道に堕ちたかヒサハル!在りし日の誉れ高き忠臣が見る影も無いぞ!
貴様の如き腐れた輩が取り憑いた右肩など要らぬわ!!」
ピリカは自分の目を疑った。
肩には届かずとも、自分の右腕の付け根に噛み付いたアキヨリが、食いちぎろうと首をねじっているのだ。
「りようちゃん!りようちゃん!」
アキヨリの度を超えた覚悟と形相に、恐れおののき動けずにいると、リヨウの翼から這い出たトウカが、足を引きづりながら項垂れる大きな首にしがみ付くのを見た。
「沢山の命を守る未来より、私は今ここにある命を守りたい。」
激した抑揚も無く、悲壮な金切り声でも無い、澄み切った覚悟が込められた美しい声だと、自分の腕に噛み付きながらアキヨリはそう感じた。
耳でそう感じると同時に、焼け焦げた着物の胸に小さな温もりを感じた。
「赤ん坊!」
こぼれ落ちぬように噛み付くのを止め、咄嗟に抱き抱えた。
「ヨシサダ!操るのは私じゃない!どうせ言っても聞いてくれないアキヨリを操って!!」
「承知した!!」
ヨシサダの声を聞き、待てと言う事も叶わず、アキヨリはドーマンの術も忘れ胸に増える温もりを感じるだけだった。
トウカ、そしてリヨウを抱えたようだった。
「無念!消える!我が怨み!我が復讐が消える!」
右肩が喚くと川底の生臭さも消え、暗闇を映していた目が真っ白な光を映した。
「ピリカァアアアアアアア…」
振り返りピリカの名を呼ぶ声を途中で止めた。
自分にかけられた呪いを跳ね返し、一歩を踏み出す代わりにアキヨリに赤ん坊を託した、ピリカの満足気な微笑みが遠去かって行く。
叫ぶのはそこまでだった、満足気な微笑みは安らぎの微笑みに変わったのだ。
乱立する筍を一つ残らず木の根が踏み付け、横倒しに這い蹲らせていた。
竹の根では無い、それは一見で判別出来る、それは夾竹桃の根だった。
そして安らぎの微笑みは、真っ白な夾竹桃の花に包まれていた。
「私の娘、可愛いピリカ、守ってあげられなくてごめんね、醜い母でごめんね。
だけど今度こそ、今度こそ守り抜いてみせる!!」
「お母さん!!」
言語は違っただろう、しかしアキヨリの心は真っ白な光とピリカがそう言ったと、確かに聞いた。
次いで真っ白な光が自分に向かって告げる言葉も、難なく胸に染み込んだ。
「ありがとう、アキヨリさんありがとう、娘に人の温もりをありがとう、私をここまで連れて来てくれてありがとう。
私は十月十日の間 娘を守り抜きます、今度こそ守り抜いて、今度こそ産んであげます。
来年の十月七日、新たに私の娘として生を受けるピリカを迎えに来て下さい。
あなたの治める国に町に娘を受け入れて下さい。
どうか、どうかお願いします。」
「家の子として迎える!!」
義理の父ゴクラクサイから受け継いだ決まり文句を叫んだ。
「ありがとう…ありがとう…ありがとう…」
どうせ目をつぶっていても勝手に足は走るのだと、アキヨリは閉じた目にピリカの母親の言葉を噛み締めた。
閉じた目に染み入る夾竹桃の真っ白な光が心地良かった。
どうせ眠っていても勝手に足は走り、腕は赤ん坊とトウカとリヨウを仲間の元まで運ぶのだと、ヨシサダの術に疲れ果てた体を任せ眠った。




