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六角の花   作者: フミ
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たまたま勝った負けた

盛り上がる土が割れ人間の鼻が現れた。


「ヨシツネめに捕らわれ、畜生の如く繋がれ引き回された余に、人の世が憎いかと問うたな。

余は何と答えたかのう?

憎いと答えたか、憎むと答えたか、憎らしいと答えたか…」


割れた土が左右に分かれ、黄色く淀んだ白目に灰色に濁った瞳の左目が現れた。

土が乗ったままの右目は、真っ白な白目に虹彩も鮮やかな瞳があるのかも知れないが、瞬きもしないので土は退かず確かめようがない。


「ムネモリ!」


土中から現れた、腐った果物の様に赤紫色に爛れ、膿が滲み出る肥え膨らんだ頬の人物に心当たりがあるのか、ピリカはたじろぎながらも淀みなくその名を口にした。


「おお!如何にも余はムネモリ!郁年月ぶりだろうか我が名を思い出したのは。

娘、お前に預けたのであったな。

ヨシツネめを祟り殺し、ヨリトモめの世を焼き尽くすには、余の命と知能が必要だと申したな。

しかし驚いた。

いやいや見間違いかも知れぬ、有り得ぬ事だ、勝者の代表である彼奴等の一族の小倅…

名は何と申したかのう?」


土の中から出で来たくせに、ゆったりとした都の貴族が言う様な雅な口調だった。

そして小倅の名を明らかに知っていて惚ける口調だった。


「シジマ アキヨリと馴れ合っておった様に見えたが見間違いか!娘!見間違いか!娘!娘!!娘!!」


肝心な部品に支障をきたした機械の様に、ひたすらにガタつく顎が娘娘と連呼した。


「違う!私は この赤ん坊を助けたかっただけだ!」


この赤ん坊と言ったなら通常、これが今言った赤ん坊だと差し出して見せるものだが、ピリカは背を向け赤ん坊を隠し、更に土から生えた顔から離れる予備動作として体を傾けた。


「足が動かない!」


体を傾けたが足が出ない、そうしたならば転ぶ他無い。

そうしたならば胸の赤ん坊が無事では済まない。

ピリカは必死に身をよじりながら、踏ん張り堪え転倒は免れた。

しかし それは、ただ単に足が出ないだけでなく、地面に固定されている事を意味した。


「娘、人の世を焼き尽くすと申していた炎の翼が見当たらぬが如何した…」


「ノリツネ!!」


足を固定するのは地面に生える筋張った太い腕だった。

この腕は私の腕ですよと言わんばかりの、痩けた頬に切れ長の目が腕同様に土を割ってピリカを見上げた。


「我等一門の怨み晴らすには、お前に従う他は無いと、浄土へ向かう道を絶ち、身を焼く鳥の身中に魂を止まらせたが、その代償がこれか?

お前だけ陽の光を浴び、その赤ん坊と暮らすつもりか?」


ノリツネと呼ばれた屈強な男は、ピリカの脛を掴み膝を掴み這い上がって来る。


「違う!違う!」


ガタガタ娘娘と連呼していたムネモリが、何かに気付いた様に口を開けた。


「….そうだ、代償だ…

弟も叔父も従兄弟も妻も…息子も…おお!息子!キヨムネ!キヨムネ!キヨムネ!」


娘娘と連呼していた口が、おそらく息子の名前であるキヨムネを連呼した。

すると連呼する口を持ち上げ、火にに炙られ中途半端に溶けた鎧武者の蝋人形が土中から伸び、見上げていた濁った瞳はピリカを見下ろした。


「父上…お呼びで御座いましょうか…」


少し離れた所でも土が盛り上がり、溶けた蝋人形の鎧武者を筒に入れて固めた様な棒状が生え、夾竹桃の枝に引っかかって折れ曲がった。


「儂も子を捧げたのだ、その赤ん坊を娘と申すなら、お前も捧げんかぁ…」


ムネモリが死臭を漂わせる口で生贄を要求すると、また土が盛り上がり割れ現れたのは、膝を抱え丸まった蝋人形の鎧武者。


「火が消えておるぞぉ、終わったのかぁ、源家の世は燃え尽きたのかぁ?」


次いで仰け反って腕が胴体と同化した蝋人形。


「カマクラへ飛ぶのじゃぁ!火の鳥よカマクラを焼き尽くすのじゃあ!」


次々と盛り上がり割れる土は既に数えきれず、辺りは群れ咲く夾竹桃の隙間に、土中から生えた蝋人形が、幾百、幾千の口で怨嗟を叫んだ。


「そうだ、赤ん坊を寄越せ、我等一門を籠絡(ろうらく)し利用したお前が、人として生きて行けると思うなよ!」


ピリカの膝を掴みよじ登るノリツネの腕が、赤ん坊の頭へと鷲掴みに伸びた。


「やめろ!怨霊!今更何にもならない!火の鳥は死んだんだ!私達にはもう何にも出来ない!

終わったんだ!何もかも!あんたらも自由になったんだ!消えろ!成仏しろ!」


振り解こうとするが太い腕に固定され身動きが取れない。


「怨霊?お前もそうだろう?終わったと申すならお前も消えるのが道理であろう!」


ぐいと太い腕に引き寄せられピリカは跪いた。

ノリツネの顔が目の前にあった、切れ長の細い目から無数の船虫が湧いて出た。

磯の匂いと血の匂いが、もう逃げられないぞと近付いて来る。

赤ん坊が泣き叫んだ。


「この子だけは!私は消えてもいい!この赤ん坊だけは助けて!!」


目を固く閉じ赤ん坊の命乞いを叫んだ。


「申したな、確かに申した!な!!」


な、と言ったきりノリツネの気配は消えた。

磯の匂いも血の匂いも消えた。

恐る恐る目を開けると、片足を蹴り上げた長身の男が立っていた。

靡く髪から椿油の匂いが鼻をかすめた。


「怨みだと?!復讐だと?!武士では無いこの娘を、ましてや生まれたばかりの赤ん坊を道連れだと?!

武力によって政権を簒奪し、専横を極めたお前等が口にして良い言葉では無いわ!!

我等は武力によって政を行う武士であろう!

栄枯盛衰は武家のならい。

ならば時勢に取り残され見放され、武力によって排除されても是非に及ばず!

たまたま勝った我が一族が、身命を賭して民の安寧を守り続けるならば、

たまたま負けたお前等は、極楽か地獄か行った先で得意の詩歌でも詠んでおれ!!」


蹴り上げた勢いそのまま振り返り、長身の男はピリカを抱え立ち上がらせた。


「アキヨリ!」


アキヨリは蹴り上げた先を指差した。


「筍だ!」


回転して飛び去るノリツネの頭は、落ちて転がると、葉を撒き散らす折れた筍になった。


「雷の多い年は豊作となる、只でさえ竹の成長を早める火の鳥の血肉に雷が落ち、筍がわんさと生えて来ておるのだ。

火の鳥の中におった怨霊どもは、これに乗じて化けて出たのだ。

しかし それもまやかしだ、此奴らは足止めしか出来ぬ只の筍だ、一々構うな!行くぞ!」


腕を引いたなら赤ん坊が落ちる、アキヨリはピリカの肩を包む様に引き寄せた。

しかし巨岩を引き寄せる様な手応えに足だけが前にでる。


「ぬぬぬぬぬぬ!」


よろけ様に振り返ると、泣いている様な諦めた様な顔で、赤ん坊を差し出すピリカが懇願した。


「呪いをかけられてしまった…私は消えてもいいと言ってしまった…

でも そうなって当たり前の事をしてきたんだ。

でも この子は違う、あんたに託したらきっと幸せになる!

お願いします!この赤ん坊に私が欲しかったものを、人の温もりを与えてやって下さい!!」


しかしアキヨリの腕は離してくれなかった。

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