だって俺 頭がバカだから
新装開店のリュウキュウ屋は、無数の柱は取り除かれ、
店内の敷地面積は変わらぬものの、開放感は以前とは比べ物にならず、倍の広さになったかの様な錯覚を来店者に及ぼしていた。
しかし客の評判はかんばしくなく。
「広過ぎて落ち着かない。」
「前の安っぽい感じが良かった。」
などといった御意見を反映し、店内をついたてでわざと乱雑に仕切り、
半ば迷路の様になった店内は、落ち着く狭さと安っぽさを取り戻し、以前にも増した盛況ぶりだった。
しかしサカイ周辺の集落の村長を待ち受ける店内は、仕切りは取り除かれ議長席を前に整然と椅子が並べられていた。
招かれる側の姿はまだ無く、議長席の横に居並ぶ、招く側のいつもの面々は既に一つの議題について論争を繰り広げていた。
「若様、確かに面白い話ではありますが、伊勢物語と杜若に何の関わりがあるのです?」
城壁となる土蔵に渡り廊下の工事に従事していたダンザは、
ワシノミヤ組の大工着姿でアキヨリの肩透かしの象徴となっていた。
「先ずそからか…
杜若と菖蒲と菖蒲について、無駄な論争をして村長達を待つ時間を楽しく過ごす積もりだったのだが…」
「申し訳ありません。
しかし伊勢物語といえば、好いた惚れたの女子供の為の読み物。
武士である俺が知らぬとて別に恥じるものではないと存じます。」
「そう毛嫌いするものではないぞ。
人の心情を美しい文章で表す名作であるぞ。」
するとキリュウがやおら立ち上がった。
「からころも
着つつなれにし
つましあれば
はるばる来ぬる
旅をしぞ思ふ…」
そう句を詠むと目を瞑り、得意気にシャクれた顎を突き出した。
「何だキリュウ腹に虫でもわいたのか?」
とフジオカがからかうと。
「客人に上着の衣紋掛けとしてアゴを提供しようと言っているのだ。」
とダンザがトドメをさした。
「なんだとおめえら!!
誰が虫がわいただ!誰が衣紋掛けだ!
東下りだ!東下り!
アキヨリ殿 この無知無学共に このキリュウ マサナオがいかに知識人か教えてやってくだせえよ。」
「ほぁ…ほぁああああああ!!」
アキヨリは目と口を開くだけ開き、脂汗をかきだした。
「そんなに感動されたら照れ臭えや。」
「キリュウが知っていた!嘘だ!嘘だと言ってくれぇ!」
「ちくしょう!!どいつもこいつも俺をバカにしやがって!」
そういきり立つキリュウの肩にジョスイが手を置いた。
「落ち着けよキリュウ。
ダンザ フジオカ こいつは確かに馬鹿だが古典には何故か詳しいんだ。
伊勢物語の九段 東下りの一節さ。
さっきキリュウが詠んだ句の五七五の頭を並べると(かきつはた)になるんだ。
都が嫌んなってミカワ国まで来た男の話さ。
なあキリュウ。」
「へっ?そうなんですかい?
そういう話だったんですかい?」
「こいつはガキの時分に無理矢理丸暗記させられたクチだな。」
「それが嫌で俺は家を出たんだ…」
キリュウの顎は常人並みに引っ込んだ、
あまりのしょんぼり具合に、追い討ちをかけようとしていた ダンザもフジオカも気の毒になり、
よく知らないキリュウの生い立ちが気になったが今は聞かずにおこうと示し合った。
そのしょんぼりの肩にアキヨリも手を置いて、反対側のジョスイに問うた。
「ところでジョスイは分かるか?
カキツバタとアヤメとショウブの違いを。」
「生えてるもんを これはカキツバタ これはアヤメと当てられるかもしれねえが、
毎日草木ばっかり見てる訳じゃねえんだ、どこがどう違うとは説明出来ねえよ。」
「ジョスイも知らぬか…」
するとドウゼンが立ち上がり真っ正面を向いたまま いつもの地鳴りの様な声で言う。
「ところで皆の者、花菖蒲もあるが如何いたす?!」
「ああ もう駄目だ。
みんなこの話は忘れてくれ、俺達の生きている間には解決せぬ話だ。」
アキヨリが諦め顔で項垂れると 良く通るリンタロウの声が店内に響いた。
「村長様方の到着でございます!」




