三人の父
「選択がどうのと申したばかりですが、俺の選択は正しかったのか…」
急に神妙な面持ちを表し、自問自答するアキヨリだが、
二つ目の握り飯をたった二口で平らげていた。
「何の選択かは分からぬが、選択の後の行動が重要なのであろう?
自信を持たぬかアキヨリよ、
これ迄のお前の歩みは誰もが真似出来るものではなく、
誰もが認めるものだ。」
「いや 親父様、俺がいう選択とは昨日したばかりのものです。
少し手を伸ばせば仇敵ヒデミツの命脈に手が届いたのです。
陣を構えた訳でも無い一万の兵など、わが精鋭達はわけも無く屠り去ったでありましょう。
然る後 彼奴等の暗部を曝露し、諸大名に号令したならば、味方になる者もいたに違い無い。
すかさずアキ国をスミトモ率いる水軍で急襲したならば、容易く落城せしめた。
最短で最小の犠牲で、我が本懐は遂げられたのではありませぬか。」
「その策はどちらに転ぶが分からぬ、大乱世の第一歩となりかねない危うい策と言ったのは誰だったかな?
アキヨリよく聞きなさい。
国を治めるに必要なのは、他者を打ち破る事ではない、
他者から認められるという事だ。
国に住まう人間ことごとくが国の主と認めてくれたなら、わざわざ辛い思いをして戦などしなくてよいのだ。
暗殺などで敵を除いたところで誰が国主と認めるか。
古今東西 暗殺やら姦計のはびこる乱世は、暗殺やら姦計では終わりはしなかった、ただ乱世は深くなり闇の暗さを増すばかりだ。
突如現れた一人の英雄が示す光の道に皆が夢を見て、突き進む事により乱世とは終結するものなのだ。
だがそれは綺麗事でもある。
力ずくでねじ伏せねばならぬ相手も必ず現れる。
その時は天下万民の目の届く場所で、互いの天命を懸け戦う他はないが、天下万民の望まぬ者は決して勝てぬもの、合戦とはそういうものだ。
戦わずして勝利するは上、
合戦にて勝利するは下、
姦計にて敵を除くは下の下、
お前も分かり切っているだろうが、他者の言葉として記憶したならば、その迷いを絶つ手段の一つにもなろう。」
「はっ、親父様のお言葉 胸に刻みます。
俺の迷いは兵にも伝わり、勝てる戦にも勝てぬというもの。
もう迷いませぬ、勝利への策を具現化するのみに邁進いたす。」
「ふふ、それでよい。
しかしアキヨリは感情が激すると、言葉遣いがかたくなるようだな。」
「はっ!…言われてみれば確かに。
自分でも気付かぬ癖を見抜かれるのはなんとも気恥ずかしい。」
「いやいや格好の良い癖だ。
若き頃のお前父アキナガにそっくりだよ。」
「父上もその様な癖が?!
親父様 今思い出された事なんでも構いませぬ、若き頃の父上について一つ聞かせて下され。」
「そうだな、先ず始めてアキナガを見たのは私の守るフナナオカヤマ城の城門へ一直線に向かって来る勇姿だった。
サナガ ナリカワに味方されてはいたが、東西両軍に包囲され、最早これ迄と腹を括った時だった私は目を見張った。
遅れるまいと必死に付き従う家臣達と、アキナガを守る様に暴れ舞う炎の龍に、城を囲んだ敵は呆気なく道を開け我等は九死に一生を得たのだ。」
「炎の龍?!」
「そう アキナガとナガヨリ、二人の猛者を私は同時に目にしたのだ。
城門の真ん前まで来るとアキナガはやおら雄叫びを上げた。
余りの音量に隣のナガヨリは耳を塞いでいたよ。
私もいつ迄続くのかと数を数えて見ていたが、百八十も数えるはめになった。
策と計略に長じたアキナガを策士 ペテン師と称する者も多いが、それらはアキナガの本質を知らぬ。」
「そうです!父上はペテン師などではありませぬ!
しかし義父上がフナナオカヤマでシジマ家に御加勢下さっていたとは初耳でした。」
「ナガヨリは影仕事に徹する心積もりであったのだ、お前達世代に伝わらぬのはナガヨリの意向であろう。
しかし傑作なのはその後。
入城した彼等は、伊勢物語について論争を始めたのだ。
余りに荒々しい彼等の意外な一面をいきなり突き付けられ驚いたが、
論争の内容は物語の解釈では無く、杜若と菖蒲はどう違うのかと言うものだった。
更に家臣の一人が菖蒲は菖蒲と同じ字で表す訳だし、どれも結局同じだなどと言うから、
明確な違いを提示出来ないアキナガはただムキになって違うと言い張り。
ではフナとコイの違いを十とすると、三者の違いは一体いくつかなどと訳の分からぬ質問をすれば、
一にも満たぬと馬鹿正直に答えるものだから、遂には殴り合いの喧嘩となり。
慌てて出て来たミナヅネがとりなすといった変事が我等の出会いであった。」
「あははあはは!その様な事が!あははあははあはは!」
「はははは!これぞ目くそ鼻くそを笑うだ!
我が家の門前で殴り合うアキヨリとダンザを見て私はあの一件を思い出したのだ。
本当にお前達親子は似ておる。
はははは!はははは!」
「くあー!面目次第もありませぬ。
しかし父上に似ていると言われるのは決まって兄上でした。
嬉しゅう御座る…
いかん 今頃になって兄上や兄者 タキや死んだ家臣の事を思い出すと…その…なんだ…涙もろくなりまして…」
「其方の心がやっと受け入れたのであろう。
しかし私はミナヅネの事を思い出しても不思議と涙が出ぬのだ。」
「それは俺も同じです!
火急の事変に追い回されていたのが原因と思っていたのですが、そうでも無いようです。
恩知らずな事ではありますが自分でも分かりませぬ。」
「そうかアキヨリもそうか…
ミナヅネの訃報を聞いてからずっと、
「やあ」 などと言いしれっと そこの木の裏から現れそうな気がしてたまらんのだ。
存外どこかで厄介事から解放されたと自由を満喫しているのかもしれんな。」
「それはいかにもミナヅネ様らしい、
俺もそう思う事にします。」
「今更現れたとて、今迄何をしていたとダンザのように殴り付けてやる積もりだかな。」
「むう、またそれに繋がりましたか。」
「ところでアキヨリよ 皆にも言ってあるが、
夕刻には仕事を切り上げリュウキュウ屋に来てはくれぬか。
サカイ周辺の農村 漁村の集落の長に集まってもらい、此度の経緯を説明し味方してもらよう説得する積もりだ。
其方の姿を見れば皆快く応じてくれるであろう。」
「ははっ、心得ました。」
そんな遣り取りを木の影から見守る、殴られてはたまらぬと出るに出られぬ思案顔が有ったか無かったか。




