道無き道も道
「汚点と聞こえたが、聞き違いだろうか?
フナオカヤマでの親父様の失態など俺は知らぬ。
しかし俺の伝え聞く事などほんの一部であるに違いない。
本来ならばミナヅネ様亡き後 この日の本を治めるべき武士であった親父様が、このサカイで商人となった理由がそこにあると言うのだろうか?」
アキヨリは咳き込んだ際に噴出した鼻水を拭きながら、そう思いを巡らせたが言葉にはせず、ただニザエモンの次の言葉を待っていた。
待ち時間はほんの僅かだった。
「東軍の居城であったフナオカヤマ城は京の都の北部に位置していたのは知っているな?」
「もちろんです。
オウミ国のカガ家との戦では、フナオカヤマ城を拠点とする案もあり、
幾度も検分に訪れました。
それが何か?」
「そう、京の都とオウミ国の交通の要所にフナオカヤマ城はある。
つまりフナオカヤマ城で戦などあったら都の中心部からオウミ国へ行くことなど到底出来ぬ。
お前の様な並外れた武辺者のことを言っているのではない。
お前ならどこでどんな戦があろうと知らぬ顔で通り抜けるだろうが、殆どの者はそうは行かん。
ましてや大人数でなど行くなど正気の沙汰ではない。」
「あの戦の最中 京の都からオウミ国へ向かう一団があったのですな。」
「ああ、度重なる戦乱に京の都から逃れようと五千人の民がオウミへと向かっていた。
当時オウミ国はビワ湖周辺に大規模な農地の開墾に成功し、多くの民を受け入れていた、
いや必要としていた。
そこでビワ湖の水運で商うオウミ商人とサカイ商人は、戦乱で荒れ果てた 都周辺の
ヤマシロ国
セッツ国
カワチ国の民を移住させる計画を立てた。
手始めに都の民五千がフナオカヤマ城を東軍が空けた隙にオウミへと向かった。
しかしその計画は我等の計画とかち合ってしまった。
フナオカヤマ城を奪取した我等に気付いた東軍は即座に取って返し、
そして五千の民と遭遇した。」
「なんと!なんと!そのような…」
「城を奪われた奴等にとって最大の問題は十万の大軍を養うことだった。
兵糧の大半は城に残してあり一刻も早く食料を確保せねばならぬ奴等が、なけなしの家財を携えた五千の民を目の前にしたのだ…」
「親父様のせいでは御座らん!」
「私の責任だ。
一命を以って日の本中の武士の目を覚ます。
そう言ったミナヅネの当初の計画では、
我等の拠点であったヤマト国はトツカワに砦を築き、全国に檄文を発した後、
行軍中の東西両軍を奇襲し挑発したなら、
砦に籠り出来るだけ長期間持ち堪え、終戦を訴え続けるというものだった。
京の都にも近く古都のあった、東西両軍の拠点の中間に位置するヤマト国に、何者か定からぬ一団が現れたなら東西諸将も捨て置けず、
その中には義心を忘れぬ者も必ずいる。
我という一石が及ぼす波紋はやがて日の本中に広がるであろう。
そう言ったミナヅネに私は、
どうせやるなら 奴等が居城を奪ってやろうと提案したのだ。
私がいきがった案を出さねばあの悲劇は無かったのだ。」
「到底同意など出来ませぬ!
検討違いに責任を感じたとて何の解決にもなり申さん!」
「ミナヅネもそう言った。
しかし多くの命が失われたのだ、運が悪かったでは済まされはしまい。」
「豪商となり、多くの飢民を引き受け、権力にも屈しない街を作り上げるのが親父様の償いだったと申されるか?!
親父様の武勇を以ってすればその何倍もの民を救えたのではありませぬか?!」
「やらなかったのではない、出来なかったのだ。
フナオカヤマで東西両軍を打ち破った私が目にしたのは、
灰燼となった都と、戦火を免れたサカイに押し寄せた幾万の流民だった。
己の罪におののく私はもう槍を持つことなど出来なかった。
剣聖 武神などと持て囃されたキラの名で呼ばれることなど出来なかったのだ。」
「いや違う!
親父様は背負ったのだ!
フナオカヤマで勝利し天下人へと歩み出した、ミナヅネ様に向けられる犠牲になった民の怨嗟を引き受け、ミナヅネ様を陽光の下へと押し出したのだ!」
「買い被ってくれるな息子よ。
真の武士ならば大罪を犯したとて
目的を果たす迄はそれでも前に進まねばならぬ。
私は己の道を貫け無かっただけだ。」
「いや親父様は貫いて来られた。
先程は商人の道を選んだ親父様に異を唱えるが如き物言いをし申したが、
道を選ぶは人の勝手、問題はそれより先の行動で御座る。
選択が正しかったか誤りであったかは、それより先に何を成し遂げたかで決まるものと存ずる。
サカイの街を見渡したならば一目瞭然、親父様は正しかった!」
「救われる…
アキナガはつくづく良き子を遺してくれた。」




