俺 棟梁 大工上棟 喧嘩上等
「ふっへっへっへ…痛え、ふっへっ腹が痛え…へっへっ!」
「笑い過ぎです!」
羞恥と怒りでフミの顔は真っ赤である。
その赤に水面に乱反射した陽光が映り、転げ回るスミトモはそれを見上げ美しいと思った。
「笑うなって方がおかしいよ。
親分が引き戸を開けたらフミがいたなんて、ふっへっへっへ…駄目だ!もう駄目だ!」
「それよりも先程のジョスイ様とギンザブロウ様のお芝居や、
アキ様のおふざけの方が大掛かりな上に上質で面白いですわ!」
「へっへっ、そりゃそうだが、どっちかって言えば面白いって言うより痛快よ。
今迄とんとん拍子に事が運んで、
天下のてっぺんに登った積もりが、こんな目に会うとは思ってもいなかったろうよ。
見たかよあれ、おっとっとってさ。」
最早体の一部である舟の上でスミトモは、
わざとらしく、たどたどしく一歩進んでよろけて見せた。
「危ない!もうおやめ下さい。
でも あたくし不思議ですの。
政権を維持する為なら、一部の民の人生なんて意にも介さぬナリカワ ヒデミツが、
あのお芝居を見て、なぜあんなに狼狽えたのでしょう?」
「ああ、フミには不思議だろうね。」
所変わって 芝居の出演者の控え室である土蔵の一室で、
フミと同じ質問をギンザブロウがジョスイに問うていた。
「腑に落ちねえ!なんであの野郎あんなにとっちらかってやがった?!
無様なあの野郎を見てスッとしたが、どっかひっかかる。
ヒョットコの面を取ってアキヨリさんが出てくるんじゃねえかとビクついてたのは分かる。
だが城をおっ建てたウチの舎弟共が、血を吹いてぶっ倒れた時から、あの野郎の顔は真っ青だった。
俺は あの野郎が親父や兄貴の事なんざ、
綺麗さっぱり忘れてやがるんじゃねえかとまで思ってたくれえなんだ。
どういうことなんでぇジョスイさん。」
気に入ったのか 鬼の赤いワサワサのかつらをつけたままのジョスイが答える。
「奴に良心の呵責がある…訳じゃあねえ。
まず一つ 奴は人の感情に鈍感な訳じぁねえのさ。
逆に人一倍敏感だ、他人の感情をいち早く察知して巧みに利用するのは奴のオハコさ。
だからてめえの為に犠牲になった奴は、どんな細けえ事も一々覚えてる。
だから自分の城を普請したワシノス組を忘れる筈なんてねえのさ。
二つ目は 奴は怨霊 怨念を異常に恐れる日の本の人間の代表格だ。
大国主の出雲大社に始まり
菅原道真の太宰府天満宮
後鳥羽院の隠岐神社
権力者に葬られ怨霊になったなら、恐れに恐れられ神様に祀り上げられ神社に住まわせられる。」
「ニリカ様は怨霊などではないぞ。」
ジョスイとギンザブロウがギョッとして見上げると、土蔵の明かり窓から赤い茶道技が飛び降りて来た。
「びっくりしたじゃねえか若大将!」
そう言うジョスイを気にもとめず、話をかっさらうアキヨリ。
「ヒデミツは恨みを根絶するなんて不可能だと知っているのさ。
誅殺した者の一族郎党を皆殺しにしたところで、
血の繋がりを辿ればとどまるところ無くどこまでも続いていく。
心の繋がりを辿るならその比ではない。
臆病者が本当に安心するまで、敵対する繋がりを消したいと望むなら、
日の本の人間全て殺し、最後は自害する他は無い。
だから怖いのさ。
ヒデミツをなだめていた黒ずくめの、フジカワと申す参謀に至っては恐れてすらいないだろうな。
さらにヒデミツには犠牲にした人間に対する謝意が無い!誠意が無い!
恨みを恐れるは単に己可愛さ!
自分を正当化して取り繕うだけだ。
だから心の既にケリをつけた事柄をしまっておく処にしまえずに、
いつ迄も昨日の事の様に追いたてられているのさ。
身内を誅殺し続けナリカワ家の当主にまでなったが、次から次と増え続ける、己を追いたてて来る亡霊から逃れようと、
亡霊を増やし続ける、安直な愚行を繰り返す日々に我等が手で終止符を打ってやろうではないか!
なあ、ジョスイ!」
「なあじゃねえよ!
突然出て来てこの野郎、俺の言おうとした事を いけしゃあしゃあと!」
「まあまあ穏便に、角を引っ込めてやって下せぇジョスイさん。
何と無くではござんすが、汚ねえ野郎の頭ん中の仕組みは分かった気がしやす。
くだらねえ そっちの都合を押し付けて来たなら、次はこっちの都合で おっ死んでもらうまで!
本日はこっちの都合を かましてやる第一歩でござんした。
後ほど皆さんの前でも述べさせてもらうが、
死んで行った親父と兄貴それとワシノス組の皆を代表して申し上げやす。
このはすっぱな大工なんざに、
今にも天下を治めようかって大 大名を相手に、
喧嘩を売る機会を与えて下さった事!
腹の底から感謝 御礼申し上げます!!
ありがとうごぜえやす!
ありがとうごぜえやす!」
深々と頭を下げるギンザブロウの右肩をジョスイ、左肩をアキヨリが起こし、
右胸左胸をそれぞれ景気よく叩いた。
「大工も武士も無い!
我等は同胞に御座る!」
「礼を言われるのは奴をぶっ飛ばした後だぜ!」
その頃リュウキュウ屋で待機する、出番の無かった武装集団は悶々と酒を酌み交わし。
櫓の上のダンザは、フミの額からの映像を頭の中で反芻し、
ひとしきり笑い終えるとむくりと起き上がった。
「思っていた以上の快事であった、ざまあないとはまさにこれ!
しかし このダンザの溜飲は僅かばかりも下がるものでは無いぞ!
全ては彼奴等を討ち倒した後だ!」
二度取り戻せはしないものもある、
しかし彼等の失ったものを取り戻す抗いは、戦いに姿を変えたった今幕を開けた。




