無明逆流れ では無く
それは何の前触れも無かった。
何の前触れも無く点前座に正座するアキヨリが、
凄まじい速さで半歩後ろに飛び退くと、
たった今 真っ赤な茶道着のあった畳を突き破り、
一瞬遅れて長さ四尺半 (約136cm)幅一寸刺 (約3cm)、
刺突を主眼に置いた為か、鍔の無い諸刃が突出しアキヨリの喉笛に迫った、
続いて凄まじい速さで立ち上がると、
諸刃は追尾して、やや仰け反り斜め上を向いた喉笛に触れるか触れないか既のところで静止した。
しかしアキヨリは静止しなかった。
今迄の動作とは逆に、足をたたみ上体を低く伏せ、
諸刃の下に肩の付近まで現れていた腕の手首を左手で掴み、
肘を関節とは逆に右手で捻じり上げ、
打ち損じた釘を釘抜きが引き抜くが如く、
大腿筋、広背筋、大胸筋などの主だった筋力を総動員して、
刺客という名の釘を、畳の下の荒板を破壊し畳 諸共引き抜いた。
「仕損じた!!」
刺客という名の釘は、そう焦り脂汗をかく間も無く、
畳に腕を突っ込んだまま、引き抜かれた勢いそのままに宙に舞った。
「無刀逆流れ!」
アキヨリの流れるが如き一連の動作を目にしたニザエモンは、自身が編み出した技の名を口にした。
すかさずアキヨリは空中の畳を踏み付けると先程は逆に上から、
刺客
畳
諸刃
の順に茶室の床に施工された。
刺客の腕は畳と畳の下の荒板に挟まれ身動きが取れない。
だがやっと脂汗をかく暇を与えられた。
「何故分かった!」
そう横たわる釘に問われたアキヨリの方が驚いた。
物音を立てず気配を消し、絶対の自信を持って放った一撃を何故躱せたか、
そういった意味の問いであったが、獲物を仕損じて捕らわれた刺客が声を発して良い筈が無い。
その前に何とか逃れる算段を試みる、
それが叶わぬなら自害するのが作法であり掟であり、
残された たった一つの道である。
絶対の自信をへし折られた驚愕故の問いだったのだろう。
そしてその問いに答えるなら
「見えていた。」
そう答えるのが、ドーマンの術により、
縁の下で腰を抜かすフミも視界に捉えたアキヨリにとって道理であるが、
手の内を明かすような馬鹿ではない。
「いやいや問うべきは我が方。
何故頭巾など被っておられるか?
イシカワ ヒサハル殿。」
イシカワ ヒサハル、
天下人ナリカワ ヒデミツの傍らには常にその姿があった。
調略、扇動、破壊工作、そして暗殺。
卓越した能力で、数々の裏仕事を完遂し側近に上り詰めた、ナリカワ家 乱破衆を束ねる苦労人である。
立派な肩衣姿で茶室を警護していた筈の彼が、顔を隠し、肩を脱臼し無様に横たわっている。
「拙者の勝手だ!ヒデミツ様の知らぬところだ!
しからば御免!!」
「それまで!!」
自由を残された左手を、ヒサハルは自らの喉へと急がせた。
しかし両者が触れる事は無かった。
ヒデミツの投げた、畳んだままの扇が両者を隔たり、
喉が受ける筈だった鋭利な金属片を受け、へし折れた。
「サシの会談に突如現れ、散々コケにしくさったおのれの無礼。
堂々と宣戦布告した、おのれに対しての闇討ちの無礼。
並べて帳消しになるものでは無いが、曲げて容赦せよ!」
ヒデミツはそう言い放ち、アキヨリの目を見据えたまま、茶を一気に飲み干した。
「おのれ等の宣戦布告、しかと受けたぞ!!」
「見届けた!
さてヒサハル殿、拙者を仕留めた暁には、腹切って始末をつける積りだったのであろう。
そなたの忠義 実に天晴!
我等が決着は戦場にて!
ヒデミツ殿、七万が軍勢 心よりお待ちしておる!
それまでおさらば!!」
懐からひょっとこの面を取り出し被り。
「フハハハハハハハハ!」
高らかに笑い、茶室の円窓を飛び越えくぐり、
何事かと驚く護衛の兵達をすり抜け、
オオグソアン ヒョットコサイは大通りの方へ走り去って行った。




